ルチア、別れを惜しむ
皆さんからの惜しみない祝福をいただいて、わたしとセレスさんの結婚式は終わりました。ホールから去って行く皆さんを見送ると、そこには王城に留まる予定のわたしとセレスさんだけになります。
また、同じ頃にあちらの披露宴も終わったようで、無人になったホールに、華やかな装いのマリアさんと陛下がやってきました。
「ルチア~! 疲れた~、労って~!」
「お疲れ様です。大変だったでしょう?」
「もうおっさんたちの相手疲れるよ~。顔が引き攣りそう!」
「ごめんね、マリア」
「エドが悪いわけじゃないでしょ。第一、これに慣れなきゃ、あたし戻ってきたときに困るじゃん。王妃様ってそういうのでしょ。王妃ならしっかりしないとね! 外面よくするのは得意なの、あたし」
「……っ、マリア!」
マリアさんの言葉に、感激した陛下が抱き着きます。なんでしょう、マリアさん、すごくかっこいいです。
「それに……さ、あたし、明日帰るでしょう? いろいろちゃんとしときたいの」
トーンダウンしたマリアさんの声に、わたしたちも自然と無言になります。
そうです。マリアさんは、とうとう明日元の世界へ戻るんです。喜ばしいことですが、同じくらい淋しくもあります。それくらい、マリアさんという存在は、わたしたちの中でかけがえのないものとなっていました。
「今までひきとめてしまってごめんなさい」
「あたしが待ちたくて待ってたのよ。ちょっと、泣かないでよ! 明日は笑顔で送り出してよね!」
笑顔という言葉と一緒に、マリアさんはわたしの頬をつまんで横に伸ばしました。地味に痛いですが、我慢です。
「笑え~! 笑うんだルチア~! 女は愛嬌よ!」
「……あの、もしかしてマリアちゃん、酔っぱらってますか?」
かすかにする酒気に、わたしはそう陛下に尋ねました。「少し……だいぶん」と、陛下は頷きますが、顔を赤らめたマリアさんはその間にセレスさんに絡み始めていました。
「セレス! あんたね! ルチアを大事にしなさいよ! 泣かせたら地の果てでも追いかけて追いつめて灼き尽くしてやる!」
「泣かせません」
「嘘ばっかり! あんたといるとルチア泣くのよ! なんであんたの前でしか泣かないわけ!? ずるい! あんたばっかりずるい!」
なんだか今日のセレスさんは、ずるいと詰られてばかりですね。
「ルチア返してよ~! あたしのたった一人のトモダチなの! 返して~! 連れてくから返して~!」
「それだけはダメです! 連れてかれたら耐えられません!」
「ルチアとシロ連れて帰るの~!」
とうとう泣き出したマリアさんは、セレスさんを突き放すとわたしのところに飛び込んできました。
「ルチア~! あたしのこと、忘れないでね! 絶対絶対忘れないでね!」
「忘れるわけありません。マリアちゃんがわたしたちにしてくれたことも、一緒に話したことも、全部きちんと覚えてます。大事な宝物ですから」
わんわん泣くマリアさんを抱きしめながら、わたしはつらつらとマリアさんに話しかけていました。
「生きてるって信じてくれてて嬉しかったんですよ?」
「うん」
「髪の毛、わたしのために切ってくれたのを見たとき、どれだけ感動したかわかりますか?」
「わかんない~」
「アールタッドに戻ってきてからも、たくさん話しましたね」
「もっと話したかった~」
「大好きですよ。どこにいても、いつまでも、わたしはマリアちゃんが大好きです。人のために泣いたり怒ったりできる、あなたのまっすぐなところが大好きです。見も知らぬこの世界の人たちのために、怖いのを我慢して頑張ってたあなたに返してあげられるものが少ないのが、とても歯がゆいです」
黒曜石みたいな瞳からこぼれる涙をぬぐって、わたしはマリアさんに笑いかけました。
「必ず帰ってくるって、信じて待ってます。マリアちゃんがわたしを信じて待っててくれたように、わたしもマリアちゃんが帰ってくるのを待ってます。どれだけ時間がかかっても、あなたを待ってますから」
手を取り合うわたしたちの後ろで、セレスさんと陛下が笑っています。その姿に、マリアさんもようやく笑顔になりました。
「待っててよね」
「待ってますよ、いつまでも」
そんな風に、マリアさんとの最後の夜は過ぎて行きました。
あと数話で完結です。
ただ、後日談的な話をもう少し続ける予定なので、もしよければお付き合いいただけると嬉しいです。