ルチア、計測される
「ふぅん、なかなかのもんじゃな。3,500といったところかの」
口に咥えた計測器の目盛りを確認したディ=ヴァイオ学園長は、ふんふんと面白そうに頷いてらっしゃいます。
魔力回復薬のせいでまだ涙目のわたしは、なんだか喜ぶに喜べません。だって、本当に! マズかったんですよ! あんなマズイもの、飲んだことも食べたこともないです。しかも4杯も飲むなんて、なんだか口が自分のものじゃないみたいにじーんとしています。
「数値でわかるんですね」
「さよう。1年前の竜討伐でな、魔力回復薬のあまりのマズさに飲み下すのに時間がかかってのう、結果死傷者が増えたんじゃ。なのでこの1年、これの数値化と、そのデータを元にこれを薄めて飲みやすくする研究を進めとるんじゃ」
ディ=ヴァイオ学園長は、空の瓶を眺めつつそうおっしゃいました。
それじゃ、その薄めたものでもよかったじゃないですか!
そう思ったのを見透かされたのか、ディ=ヴァイオ学園長はため息をつかれました。
「だがの、なかなかうまくいかんでなあ。飲める味にすると回復量がほぼないことがわかって、結果これのお世話になり続けてるのが現状じゃ。ほれ、水でも飲むがよかろう」
わたしは差し出されたお水を素直に受け取ります。今はお水でかまわないので、この口の中に残る後味をながしてしまいたいです。
「それよりルチア嬢、まずは団長不在の今、騎士団を預かるものとして礼を言う。貴殿の力により、アールタッドはさほど被害を出さずに守られた」
そうです、あれからどうなったんでしょうか!
わたしは水差しから注いだお水を飲みながら、アストルガ副団長のお話をお伺いしました。すみません、お行儀悪くて。
「ルフの攻撃により重軽傷者は出たが、死者は0だった。貴殿の魔法のおかげだと聞いている」
その言葉に、わたしは胸をなでおろしました。よかった! 勇気を出して本当によかったです!
「あの、あのあと、どうなったか……教えてもらえますか?」
わたしの問いかけに、アストルガ副団長は頷きました。
「ああ。貴殿が魔法を使ったあと、現れた大量のシャボン玉は大きなひとつとなり、オーガたちの群れを包み込んだんだが、それが消えるやいなや、奴らは突然反転して去っていった。まるで何事もなかったかのようにな」
「そしてあなたは魔力を使い果たして倒れ、ぼくのとこに運ばれたんだよ。もう、あいつらから隔離するの大変だったんだよ。女の子だし、なにかの間違いがあっちゃマズイでしょ?」
オーガとオーグリスの群れは、戦わずに去っていったんですか……。でも、そんなこと、ありえるのでしょうか? 聞いたこともないです。
「戦意をなくし、衝撃波などの手強い技すら使わなくなったルフに、急に襲う気をなくして去っていったオーガとオーグリスか……。貴殿の魔法は、一体なんなのだ?」
「汚れを落とす効果しかないと、今までは思っていたんですが……」
「汚れを落とす……奴らの凶暴さは汚れ--穢れだというのか? それをなくせば、奴らは鎮静化され、人間を襲わないと」
眉間にしわを寄せて、アストルガ副団長は考え込んでしまいました。
「聖女様の浄化の光に近いようじゃな。もっとも、聖女様の光はすべてを灼き尽くし、消し去る力じゃったが」
「似て非なるものだが、魔物の浄化を果たすというところは同様か。なるほど、これは陛下に奏上する必要があるようだ。ベッカリア医師、ディ=ヴァイオ学園長、ルチア嬢。私はこれにて失礼する」
険しい表情のまま、アストルガ副団長は足早に去っていきます。
「さて、わしはもう少し娘さんの魔法について調べるかとしようかの。娘さん、お主水晶はどうしたのじゃ? 昏倒した際破損したのかな?」
ディ=ヴァイオ学園長は、長いおひげをひと撫ですると、わたしの胸元に視線を這わせました。
この世界では、魔法は水晶の媒介を必要とします。すべての水晶は天晶樹と繋がっていて、水晶を通して魔法を発動させるのだそうです。
なので、アカデミアの魔法使いさんたちは皆、胸に自分の水晶を下げ、それに触れつつ魔法を唱えます。
けれども、わたしがそれを知ったのは、王都に来てからでした。わたしのまわりには魔法使いはいませんでしたし、魔法使いのことに詳しい方もいませんでした。
だから、媒介なしで“シャボン”を使うわたしは、当初ずいぶん不思議がられたものです。
「水晶は使ってません。そのままです」
「なんと!」
わたしの返答に、ディ=ヴァイオ学園長は相当驚いたようでした。
「小さい頃からなにもなくて使っていたので、水晶を使って発動させるとどうなるのか、わたしにもわかりません」
「媒介なしで魔法を駆使するとは……ますます聖女様との共通点があるの。ううむ……わしも一旦アカデミアに戻るとしよう」
聖女様と共通点があるとおっしゃられても、一緒にしては失礼なほど差があるように思えるのですが……どうされる気でしょうか。
困惑するわたしを眺めていたベッカリア医師が、不意ににっこりと笑いました。
「ふぅん……ねえルチアちゃん、ちょっと覚悟しといた方がいいかもしれないねえ」
「なにをですか?」
「陛下へ拝謁するの。まともな服、ある?」
ベッカリア医師の発言に、わたしはピシリと固まってしまいました。
陛下? 拝謁?
突然なんなんですか⁇