ルチア、仲間たちから祝福される
一通りの挨拶が終わると、セレスさんは陛下とマリアさんに挨拶をしに行こうと言いだしました。偉い方々との会話に疲れていたわたしは、一も二もなくその提案に乗ります。
ですが、セレスさんは二人とのおしゃべりが目的ではなかったようでした。
「いいよね、君たちは」
「すみません。皆、待っているので」
挨拶を終え、退出を告げるセレスさんに、陛下は少し笑いを含んだ声で揶揄しました。そんな陛下に、セレスさんは困ったような笑顔を返します。
「うう……あたしもルチアと一緒に行きたいぃ~」
「ごめんね、マリア。宴が終わった後なら行けるから、それまで待ってはもらえないかな? 僕も頑張るから」
「うー、がんばる~。ルチア、あとでね」
「はい。ごめんなさい、マリアさ……ちゃん。待ってますね」
繋いでいた手を不承不承離したマリアさんに、わたしは名残惜しい気持ちで別れを告げました。それにしても、国王と王妃であるお二人がこのホールから動けないのは仕方ないとしても、わたしたちは退出してしまっていいのでしょうか?
「俺らは二つかけ持ってるから、元からこの予定だよ」
「かけもち?」
ホールから退出しながら、セレスさんとそんな話をします。これからどこへ行くのでしょうか。
※ ※ ※ ※ ※
「ルチア!」
「ルチアちゃん、おめでとう~!」
「おめでとうございます!」
連れて行かれた部屋の扉を開くと、色とりどりのはなびらと共に、様々な祝福の声が降ってきました。
「こっちの披露宴も大事だろう?」
「……っ、はい! すごく、すごく大切です!」
ウィンクするセレスさんに、わたしは飛びつきたい気持ちを押さえて頷きました。
そこには、わたしの大事な人たちがいました。キッカさん、ロッセラさん、ジーナさんジーノさん姉妹、ガイウスさんレナートさん兄弟に、エリクくん……身分差で向こうのホールへ入れなかった皆さんが、この部屋には溢れています。
「隊長ぉ……」
グラスを片手に泣きながらやってきたのはフェデーレさんでした。アスカリさんに支えられていますが、大丈夫でしょうか?
「僕は、僕は認めませんからね! 辞めちゃうことも、結婚も! ずるいですよ! 追いつけないじゃないですか! 攫ってくなんてずるい! 隠してたくせに! 独り占め反対!」
相当セレスさんを尊敬していたのでしょう。フェデーレさんは騎士団を辞めて王都を去るセレスさんに、泣いて抗議をしています。ぽかすか胸を叩かれながらも、セレスさんは笑みを絶やしません。
「すまない、全部と引き換えにしても譲れないんだ」
「譲ってくださいよ! チャンスすら与えられないとか、ひどすぎます!」
「すんません、隊長。こいつ酔ってて……」
「うん、もとはといえば俺が悪いから平気。ていうか、俺、もう隊長じゃないよ」
「隊長は隊長でしょうっ!?」
「オレらにとっては、隊長はいつまででも敬愛すべき隊長ですよ」
フェデーレさんとアスカリさんの言葉に、騎士団の方々が同調します。セレスさんの慕われっぷりははんぱないですね!
誇らしい気持ちと同じくらい、そんな敬愛すべき隊長さんを奪ってしまったことに罪悪感を覚えます。ですが、わたしも譲れないんです。ワガママなことはわかっていますが、セレスさんと一緒にいたいんです。
「あの……この度は、本当にすみません。皆さんの隊長さんを連れて行ってしまって。許してほしいとは言えませんが、いつか認めていただけたら、と思います」
「! ルチアさん!」
謝って許してもらえるとは限りませんが、せめてもの謝罪として、わたしは深々と頭を下げました。頭上で、フェデーレさんの慌てた声がわたしの名を呼びます。
「ルチアさんが悪いんじゃないです! 悪いのは全部黙ってコトを推し進めた隊長ですから! それよりルチアさん、無事で帰ってきてくれてよかったです! あなたになにかあったら、僕……」
「だっ、大丈夫でしたから! 泣かないでください!」
ボロボロと涙をこぼすフェデーレさんに、今度はわたしが慌ててしまいます。相当心配をおかけしてしまっていたようです。
「ルチアさん……うぅ、すごく綺麗です。隊長ぅ~! なんで言ってくれなかったんですか! 早く教えてくれれば僕だって!」
「それについては謝る! けど、俺だってどうしても渡したくなかったんだよ!」
「フェアじゃない! フェアじゃないですよ! 騎士道精神に反します!」
「俺にとっては、騎士より彼女の方が大事なの!」
なんだか口喧嘩のようになってきたセレスさんたちを、第三隊の人たちがはやし立て始めて、あたりがカオスになってきた頃、そっとわたしの袖を引いてキッカさんたちが助けに来てくれました。
「キッカさん!」
「ルチア、おめでとう!」
キッカさんがわたしを抱きしめたのを皮切りに、皆さんがかわるがわる抱きしめに来てくれます。
「ルチア、おめでとう。綺麗だね、よかった」
「ルチアちゃ~ん! 結婚おめでとう~! いろいろあったけど、セレスティーノ様と結婚できてよかったね」
「ルチアちゃん~~! 花嫁姿、すっごく綺麗! てか、やっぱり“セレスさん”ってセレスティーノ様だったんだね! もう、どこであんなイケメンと会ったの~!?」
騎士団洗濯部の皆さんの変わりのない愛情に、思わず涙腺がゆるみます。帰ってきたかったところに、ようやく帰ってこれた。アールタッドに戻ってはきていましたが、洗濯部の皆さんとは帰ってきた際に一度会えたきりだったので、こうやってお話しできるこの時間が嬉しくてたまりません。
「生きることを諦めなかったから、今があるんだね、ルチア。つらかったろうに、よく耐えたよ。今まで頑張りすぎるくらいに頑張ったんだから、これからは英雄様に甘やかしてもらって、幸せになるんだよ」
「キッカさん……」
「見守ってるからね。なにかあったらいつでもあたしに言いな。このキッカさん、何肌でも脱いであげるよ! あんたは……そうさね、あたしの娘みたいなもんなんだから」
キッカさんの言葉にたまらなくなったわたしは、キッカさんのあったかい胸に顔を埋めて、泣いてしまいました。皆さんの前では泣かないと頑張っていたのに、台無しです。
「泣くとせっかく綺麗にしてもらったのが台無しだよ。花嫁さんには笑顔が似合うよ」
「はい!」
セレスさんが騎士団の方々に囲まれているように、わたしも下働きの仲間たちに囲まれ、祝福を受けました。
「ノッテ」
そんな中、遠慮がちにかけられた声に、わたしはびっくりして振り向きました。皆さんの輪から少し外れるようにして、オルガさんと、寄り添うようにして立つビーチェさんがいます。
「! オルガさん!」
「ノッテ……いや、なんだっけね、本当の名前は違うんだったよね。いやだ、本当に綺麗になって……よかったねぇ」
泣きながら話すオルガさんへ駆け寄ると、両手を握られて何度もおめでとうとよかったねを繰り返されました。
「オルガさん、きちんとお礼も言えないまま出てきてしまってすみませんでした。わざわざ来てくださったんですか? ありがとうございます」
「そりゃ、あんたが幸せになったって言うから……王様から直々に招待状もいただいたし」
なんと、オルガさんを呼んだのはエドアルド陛下のようでした。陛下からの招待状が迎えの馬車と共にやってくると、リウニョーネ村は大騒ぎになったそうです。オルガさん夫婦と村長さんとビーチェさん親子を乗せた馬車が王都に着いたのはつい昨日のことだそうで、そんな忙しい中に駆けつけてくださったのはとてもありがたいことでした。