ルチア、皆に結婚を祝われる
誓約書にサインをし、司祭様に祝福をいただくと、結婚式はおしまいです。
式を終えたわたしたちは、披露宴の入室までの少しの間、四人で話す時間を持てました。
「無事、終わったわね……」
マリアさんの感慨深げな声に、わたしは頷きました。
式を終えた今、これで正式に、わたしは“ルチア・アルカ”ではなく、“ルチア・クレメンティ”になりました。名前が変わった実感はありませんが、左の手首に嵌った真新しい銀の腕輪が、新しく家族ができたことを教えてくれています。
「ただ、指輪じゃなくて腕輪ってところが、実感薄れるのよねぇ」
わたしの隣で同じように自分の腕輪を眺めていたマリアさんは、ため息交じりにそんな呟きを漏らしました。マリアさんの世界では既婚者は指輪を嵌めると言っていたので、文化の違いに違和感を感じるのも仕方ありません。
「贈った指輪ではダメかい?」
「いや、そんなことはないけど……ほら、なんかね。文化の違いってやつ? ね!」
エドアルド陛下はマリアさんの世界での習わしに則って、腕輪だけではなく指輪も贈られていたようでした。
陛下に指摘されたマリアさんは、一瞬で真っ赤になって、慌てて弁明に走っています。ものすごく可愛らしいその様子に、陛下も満面の笑みを浮かべました。
「ま、あとはお披露目よね! これで“バンフィールド王国の正妃は聖女”ってことが周知されるから、安心して帰れるわね!」
「もうちょっと未練を持ってほしいと思うのは、ワガママかな……。ねぇ? セレスティーノ」
「えっ……いえ、その」
突然陛下から話を振られて、わたしの隣のセレスさんが目に見えて慌てます。
「セレスに返答困るような話題振ったら可哀想でしょ。エド、自分の立場考えなさいよ。王様でしょ!」
「そうだけど、今は他に誰もいないし、こういったときくらい仲間として扱ってほしいものだね。単なるエドアルドとして」
陛下は、無人の控室を見回してそうおっしゃいます。
少しさみしそうな色をにじませる陛下に、わたしは旅立つ前にセレスさんと話したことを思い出しました。
どんなに身分差があっても、わたしたちは同じ人間です。“エドアルド陛下”ではなく、“エドアルド”として扱ってほしいと願う陛下の気持ちは、わたしよりセレスさんの方がよくわかったのでしょう。陛下の言葉に、セレスさんは困ったように微笑みました。
「そうですね、同じくらいの強さで想いを返してほしいと思うことは、自然なことだと思います」
「だろう? どうもね、僕ばっかり想いを募らせてる気がするんだよね」
「ヤだ、あたしだってちゃんと好きよ? じゃなきゃ、名ばかりとはいえ、結婚なんてしないわよ!」
「名ばかり……」
マリアさんのとどめの一言に、陛下は目に見えて落ち込み始めました。
「違っ……その、あたしすぐ帰るでしょ? 新婚生活送れないし、まだ実質が伴わないじゃない? それでね」
「名ばかり……」
「ごめんって! エド! ちゃんと好きだから、ね? 機嫌直して~!」
マリアさんが陛下の腕に縋ると同時に扉がノックされ、披露宴の開始が告げられました。
※ ※ ※ ※ ※
わたしたちが通されたのは、ルフの襲撃を受けたのとは違うホールでした。
陛下とマリアさんを先頭に入室すると、途端に割れんばかりの拍手と祝福の声が上がります。
気圧されているわたしの背中に、セレスさんがそっと手を添えました。力づけるようなその掌に、わたしは背筋を正して前を向きます。大丈夫、セレスさんもマリアさんも皆さんもいるんです。怖いことなんてなにもないですよ!
部屋に入ると、怒涛のように偉い人たちから挨拶を受けました。その中には、旅の前にお会いしたディ=ヴァイオ学園長もいらっしゃいました。臙脂のローブの上の柔和な笑顔は、以前と変わりがありません。
「娘さん、久しぶりじゃの」
「学園長様」
「いろいろつらい思いをさせてしまってすまなかったの。お主の力に頼ったばかりでなく、酷い目に遭わせてしまった。なんの責もない娘さんに、無体なことをしてしまった償いは、わしにもさせておくれ。この後、ブランカの地に行くそうじゃな。そちらの方へ魔石や魔道具をいろいろ届けておいた」
「そんなこと、していただかなくても……」
「気になるのなら、爺からの結婚祝いだとでも思っておくれ。幸せにおなり、娘さん。“竜殺しの英雄”殿、娘さんを大事にしてやっておくれ」
「学園長先生。言われずとも、必ず」
ディ=ヴァイオ学園長とは、そのまま二、三言お話して、お別れしました。この場にいらっしゃるのは貴族の方ばかりなので、来賓の方でわたしが存じ上げているのは、この方とダル・カント国王陛下くらいでした。
それにしても、団長様はいらっしゃるのに、アストルガ副団長のお姿は見えません。お二人とも、騎士団を代表される方ですし、貴族出身の方なのでここにいらっしゃると思ったんですが……。
「あの、アストルガ副団長は……」
こっそりセレスさんに尋ねると、少し悲しそうな表情でほほ笑まれてしまいました。
「任を退いて、領地に戻られたそうだよ。蟄居されていて、今回もお見えにはなられていない」
「それは、その」
「自身で言いだされたことだ。君の話を陛下と団長にされた後、自ら動かれたと聞いた」
助けてくださったお礼を言いたかった相手でしたが、王都にはもういらっしゃらないとのことで残念に思っていると、セレスさんが「ハサウェスの後にカルデラーラへ寄ろうか」と提案してくれました。
「はい、お願いします!」
会っていただけるといいのですが、たとえ会っていただけなくとも、お礼の言葉だけは託したいです。あのときアストルガ副団長に助けていただかなかったら、わたしは再びセレスさんと会うことはできなかったのですから。