ルチア、家族ができる
マリアさんが下準備をしてくれていたおかげもあって、わたしとセレスさんの結婚式の準備はとんとん拍子に進みました。
マリアさんが見立ててくれたのは、純白のドレスでした。バンフィールド王国では特に花嫁衣裳は白と決められているわけではないのですが、マリアさんの世界では白一色なのだそうです。たっぷりとしたスカートの上に豪華極まりないレースがかけられ、さらにその上を斜めに流れるように、レースとチュールが優雅なドレープを作っています。
そんな純白のドレスの中、唯一ある色彩が空色のリボンでした。腰のところに花と共に飾られた大きなリボンは、わたしの大好きなセレスさんの瞳の色です。
「ルチア、よく似合ってるじゃない!」
「マリアさんも」
「そう?」
わたしのドレスを褒めてくれたマリアさんでしたが、同じく花嫁衣装を着けた彼女の方がわたしの何倍も綺麗です。それを指摘すると、マリアさんは頬を染めてくるりと回りました。ものすごく可愛いです。
「あたし的にはエンパイアの方がよかったんだけど、王家の結婚式はこの形だーってうるさい侍女連中に押し切られたわよ。もうちょっと露出度上げてくれてもいいのにね?」
「十分綺麗ですよ。すごく似合ってます」
わたしのドレスは白一色ですが、マリアさんは陛下の瞳の色に合わせたエメラルドグリーンのドレスでした。張りのある布地には細かな刺繍が施され、小さな宝石が縫い付けられているせいか、キラキラと光って見えます。わたしと同じレースが裾や袖に惜しげもなく使われていて、とても綺麗です。
「この刺繍ってルチアの水色のワンピの胸元にあるやつと一緒よね?」
「はい。この国古来の柄なんです。祝福の紋なんですって」
わたしがマリアさんの世界のドレスだとしたら、マリアさんはこちらの世界のドレスといったところでしょうか。使われているレースや花は同じものですが、かなりデザインが違いますね。
「ヴェールはおそろいなんだよ~」
「こんな豪華なもの、王族になるわけでもないのに、使えませんよ」
「あのねぇ、あたしたちのは聖女の結婚よ。相手が誰とか関係なくて、“聖女が”主役なの! 王都の人たちも、ルチアの姿を今か今かと楽しみにしてるんだから、おとなしく見世物になんなさい!」
ふふふっと嬉しそうに笑うと、マリアさんは胸元に手をやりました。
「ホントは襟元も詰まってるらしいんだけどさ、シロの魔石を飾るからって、胸元だけは少し開けてもらったの。可愛いでしょ?」
マリアさんの華奢な鎖骨の上には、天晶樹の雫と白の魔石が飾られていました。「本当なら、肩が凝りそうな重い宝石をつけさせられるところだったんだから!」と、マリアさんは不服そうな口調ですが、魔石に触れるその顔は優しい笑顔のままです。
「結婚式が終わったら、その足で帰るよ」
「はい……」
「でも、ちゃんと戻ってくるから! その頃にはルチア、お母さんになってたりしてね」
わたしは、思ってもみないことを言われて目をぱちぱちとさせました。お母さん……わたしが?
ですが、セレスさんと結婚するということは、そのまま家族になるということです。わたしたちが夫婦になれば、いつかお父さんとお母さんになることもあるんですよね。
ひとりだったわたしですが、セレスさんという家族ができて、さらにその人数が増えるとしたら、それはとても素敵なことでした。
「ルチア似がいいいなぁ。セレスに似たらヘタレになりそう」
「まだいませんよ、赤ちゃん」
「そりゃもういたら、あたしセレスをぶっとばしてるわ。八つ裂きよ」
「裂いちゃダメです!」
そんな風にこれからのことについておしゃべりをしていると、遠くで鐘の音が鳴りました。普段時刻を知らせている鐘の音とは違う音は、わたしたち二人の結婚式の始まりを知らせるものでした。
「そろそろ主役の登場の時間みたいね!」
「行きましょうか、マリアさん」
マリアさんを誘って歩き出そうとすると、「そういえばさ」とマリアさんが口を開きました。
「あんた、セレスのことを呼び捨てにするようになったじゃん? セレスのことを呼べるなら、あたしのことも呼んでよ。いつまでもさんづけとか、他人行儀でさみしいよ。マリアって呼んで? 無理なら、マリアちゃんでもいいよ」
「マリア……ちゃん、ですか?」
「そう。他の誰にも呼ばせない、あんただけの呼び方。うん、そっちのがいいな。ね? 結婚祝いってことでひとつ!」
拝むように両手を合わせると、マリアさんはパチンとウィンクして見せました。愛らしいその仕草に、わたしは思わず笑顔になります。
「マリアちゃん、ですね」
「そう!」
マリアさんが手を伸ばしてきたので、わたしは伸ばされた指先に手を触れました。
そうして、わたしたちは手を繋いで、それぞれの新しい家族の下へと向かったのです。
あともう少しで完結です。