ルチア、一旦区切りをつける
それからわたしたちは、これからの話をたくさんしました。わたしとセレスさんの結婚式のこと。そしてマリアさんが無事に帰れるのか、また戻って来れるのかも含めて、たくさんたくさん話しました。
恐ろしいことに、マリアさんが来たときと同じ時間に帰れるのかは、確証はないそうなんです。リモラの神殿やバチス王家に残されていた魔法陣や口伝では、一応“理論上は同じ時間に帰れる”ということでしたが、それを確認する術がないのだと、エリクくんはしょんぼりと告げました。
招ぶときも無理やりでしたが、帰すときも確証がないだなんて、と、わたしは言葉を失いましたが、わたしがいない間にその説明をされていたのだというマリアさんは、静かにほほ笑むだけです。
「ちゃんと、それもわかってるから、平気よ」
「マリアさん……」
「聖女様はそれでもお帰りになるのですか?」
セレスさんの問いかけに、マリアさんはコクリと頷いて見せました。その様子にためらいはありません。
「帰る。そして、今度は自分の意思で来る。大丈夫よ、シロがいるもの。あたしが困るようなこと、しないわ」
「あのね! 一応、ボクも頑張ったの! 聖女さまがこっちに帰ってくるのは、確実に戻って来れるように魔法陣編んだんだよ! 聖女さまが魔法陣発動した同じ時間にアールタッド城に移動するようにしたの!」
マリアさんの隣で、エリクくんが胸を張ります。マリアさんはそれでいいのかと尋ねると、いいのだと返答が返ります。
「ここには戻って来れるんでしょう? なら、あたしは試してみたい。ここに来るのは自分で選んだ結果でありたいの。誰かに強制された結果でなく、自分で来てみたい。だから、これはあたしのワガママね」
わたしの手を握ったマリアさんは、いつもの快活な笑みを浮かべました。わたしを力づけるかのような微笑みに、けれどもわたしは笑顔を返すことができません。
「大丈夫よぉ! あたしはエリくん信じてるもの。あんたが帰る先がセレスのとこなのと同じく、あたしが帰る先もここなの。自分で決めたの。自分で選んだの。誰かに強制されたわけじゃなくて、あたしは自分で、あんたやエドのいるこの世界で生きるって決めたの。ただ、一度帰ってお母さんたちにさよならを言いたいだけ。仕切り直しってやつ? このままここに残るのは、ちょっとね、ヤなんだ」
「僕は、いつまででも待つよ。セレスティーノのように迎えには行ってあげられないけれど」
「そんな無茶なことは頼んでないわ。ただ、帰ってきたときに他に奥さんいたら許さないから」
「僕の妃はマリア、君だけだよ。誓ったろう?」
「そうね。でも、改めて釘を刺しときたいのよ。たくさん刺した方が効果があるような気がするから、ガガガガガン! っと刺しときたいの」
エドアルド陛下とマリアさんの仲睦まじいやり取りに、ガイウスさんが吹き出します。それをきっかけにして、あたりは華やかな笑い声に包まれました。
※ ※ ※ ※ ※
話し合いが終わった後、わたしたちは用意された部屋へ通されました。わたしの部屋は、マリアさんの希望で彼女と同じ部屋です。
「じゃ、オレは自宅に戻るから。お疲れ、嬢ちゃん。しばらくゆっくりしろよ。自分の家だと思ってのびのび羽伸ばしてろ」
「ガイウスさん、長い間ありがとうございました」
「迎えに来てくれて嬉しかったです。奥様にすみませんと伝えてください」
荷物を再び手にしたガイウスさんは、わたしとセレスさんの頭を順番にわしゃわしゃっと掻き混ぜると、笑顔で帰路につきました。後日、奥様にご挨拶に伺うことを約束したわたしは、その背中を見送ります。
「ボクもアカデミアの研究室に戻るね!」
「私も、執務室に戻る。ルチアさん、本当にすまなかったね。式までゆっくりと過ごしてほしい」
「私も仕事があるので、戻ります。ルチア嬢、また改めて伺いますので、今は旅の疲れを癒してください」
ガイウスさんが帰ったことを皮切りに、皆さんは自分のあるべき場所へと戻って行きます。
「ルチア、一旦俺も騎士団に戻る。辞めるにしても引継ぎとかしなきゃいけないし、留守を守ってくれた礼もしたいから」
「はい。セレスさ……セレスも長旅を終えた後ですし、無理はしないでくださいね」
「うん。ちょくちょく会いに来る。それと、まとまった時間を作るから、ちゃんとした腕輪を一緒に見に行こう」
名残惜しそうな様子を見せて、セレスさんも荷物を手に取りました。離れ離れになるのは少しさみしいですが、ずっとお別れということではないので大丈夫です。
「ルチアはあたしに任せて、セレスは自分のすべきことしてらっしゃいよ。あんた旅の間ルチアをひとり占めしてたんでしょ? 今度はあたしの番だから!」
わたしに抱き着くマリアさんに、セレスさんはその整った顔に苦笑を浮かべ、静かに頭を下げました。