ルチア、それぞれの今後について話す(1)
「その……ルチア」
しばらくマリアさんと無事を喜び合ったところで、陛下が恐る恐るといった様子で口を開きました。自信に満ちていた双眸は、今は力なく伏せられています。
「はい」
「許せと僕は言わない。言えない。君は僕と父を怨んでくれていい。僕は父を止められず、父がどう行動するかもわからず、君たちのことを安易に告げてしまった。すべての引き金は僕だ。怖いを思いをさせて、セレスティーノと引き裂いてしまって、本当にすまなかった。身体は大丈夫か?」
その静かな声に、わたしは笑みを返しました。恨んだりなんてしません。たしかに哀しかったし、つらかったけれど、それはすべて済んでしまったことです。
「恨んだりしません。それより……あの、ランベルト陛下は……」
わたしが気になっているのはそこでした。辺境にあったリウニョーネ村には、自国の王が交代した話すら入ってきませんでした。お亡くなりになったのか、単に退位されたのかすらわからず、わたしは言葉を濁しつつ尋ねます。
「……崩御なされたよ。退位後は亡くなった母上の眠る離宮に行ってもらったんだが、いくらもしないうちにお隠れになられた」
「そう……ですか」
視線を合わせずに告げる陛下に少し疑問を感じつつも、わたしはその言葉にうなずきました。
「ご冥福をお祈り申し上げます。天晶樹に、再び魂が実りますように」
わたしが死者を悼む言葉を告げると、エリクくんが「そういえば」と声を上げました。
「その言葉だけどさ、ボクら、だれかが死ぬと定型文としてそれ言ってたよね。でも、天晶樹に実るのって、魔物だったじゃん? どういうことなんだろうね? 神話だと、死者の魂は天晶樹に還るって話だったから、その言葉ができたんでしょ?」
「そういえばそうですね。考えたこともありませんでしたけど」
「死者の魂もあの樹に実るなら、魔物って元は人間の魂だったのかな? ちょっと探求心がうずくな!」
「うずいても、どう研究すんだよ」
「それ!」
エリクくんは、まぜっかえしたガイウスさんに指を突き付けました。
「ボクさ、天晶樹の研究をしようと思って」
「は?」
「え?」
皆の驚いた声に、エリクくんは満足げな声を出します。
「今まで天晶樹の研究が進まなかったのって、魔物がいたからなんだよね。アカデミアでも、魔法の根源である天晶樹の研究をしたいって声は、昔からあったんだ。でも、危険すぎるからってずっと倦厭されてきた。でも、聖女さまとルチアのおかげで魔物がいなくなったでしょ?」
「本当にいなくなったんですか?」
「そうなんだって。あれから、騎士団の人たちが各地を調査したんだけど、魔物の報告は一件もないらしいよ!」
わたしの疑問に、エリクくんは力強く頷きました。顎に手を当てたガイウスさんがそれを肯定します。
「ああ、たしかに旅をしてる間も遭遇しなかったな」
「でしょ!? だから、今がチャンスってわけ! もう、準備は始めてるんだ。ルチアも無事帰ってきたし、もうしばらくしたらボクをはじめとする、アカデミアの調査団がキリエストに向かうことになるよ」
ワクワクという言葉でしか言い表せない様子で、エリクくんはこれからの予定を披露しました。研究がとても好きだった彼は、新しい研究対象を得て、ひどく楽しそうです。
「ああ、楽しみ~」
「研究馬鹿か」
「お褒めに預かってなによりだよ」
「褒めてねぇよ」
相変わらずのやりとりをガイウスさんと交わすと、エリクくんは満面の笑みをわたしに向けました。
「ルチアの今後の予定は、隊長さんとの結婚式だよね。式の準備、だいぶ進めてるよ!」
「あ! エリくんそれ言っちゃダメ!」
「え、ダメだったの?」
エリクくんの発言にマリアさんが待ったをかけましたが、式の準備って……どういうことですか?
セレスさんのお願いなのかと、隣にいるセレスさんを振り仰ぎましたが、慌てたように首を振って否定されました。
「俺はなにも」
「まぁ、オレらはあのあとすぐに旅に出たしな。こいつはキレてたし、なにも言ったりする余裕はなかったず、嬢ちゃん」
セレスさんとガイウスさんは、なんだかすごく仲良くなったようで、以前より距離感が近いです。肩を叩くガイウスさんに、セレスさんも苦笑しながら頷きました。
「あたしよ」
バツが悪そうに、マリアさんが手を挙げます。
「ルチア待ってる間、あたしがルチアのためにできることっていったら、セレスと幸せになるための準備しか思いつかなくって。ほらぁ……セレス、人気があるじゃない? 他の女がうるさいから、ルチアの居場所を絶対のものにしたくて、ルチアの功績をオープンにしてくれるよう、エドに頼み込んだの。ごめん、勝手なことした」
「それって、もしかして劇のことですか?」
「知ってたの??」
どうやら、わたしたちの話を劇にしたのは、マリアさんの発案だったようです。