ルチア、涙を零す
マリアさんの助けによって、わたしたちは街中から王城の中へと移動することになりました。
道すがら、アールタッドの皆さんが口々におかえりと言ってくれるのは、恥ずかしくもあり、また、嬉しくもあります。
ですが、ひとつだけ、ひとつだけ問題があります。
「セレスさん、下ろしてください!」
「セレス、だよ? ルチア。でもごめんね、そのお願いは聞けないなぁ」
王城に戻ろうとしたわたしを、セレスさんは再び抱きかかえたんですよ。どうして!? と焦るわたしに、セレスさんは無言の微笑みを向けました。
「セレス、きもい」
「お言葉ですね、聖女様」
「隊長さん、心狭い」
「エリク殿にもそのうちわかりますよ」
「まぁ、そうなるわな」
「そうなりますね」
「セレスティーノ殿、気持ちはわかりますが……」
「無理です」
セレスさんはマリアさん、エリクくん、ガイウスさん、レナートさんと笑顔で会話しますが、この状況、おかしいですから! 恥ずかしいです!
そんなわたしをよそに、エドアルド陛下を先頭にしたわたしたちは、ぞろぞろと連れ立って王城の廊下を歩いていきます。浄化の旅を終えて帰ってきたのと同じ道順ですが、なんだかあのときとは違っておかしな空気になっているのは、絶対セレスさんがわたしを下ろさないせいだと思います。皆さんの視線が痛いんですよ! セレスさんは自分が人気者だということを自覚すべきだと思います! ほら、騎士団の方も見てるじゃないですか!
「セレス、お願い、下ろして……」
いたたまれなくて、わたしはセレスさんの肩に顔を埋めて呻きました。恥ずかしすぎて、頭から湯気が出そうです。
「ちょっとセレス……」
「まぁまぁ。今度ばかりはとめてやんなって。な?」
そんなわたしの様子を見たマリアさんが、どうにもこうにも聞き入れようとしないセレスさんに声をかけようとしてくれましたが、なぜか間に入ったガイウスさんがマリアさんを止めてしまいます。
「マリアも嬢ちゃんといたいんだろうが、今だけは譲ってやれや。部屋に着いたら解放すると思うからさ」
「なによそれ」
ガイウスさんの発言に、マリアさんは不満げな顔をしました。
「ごめんね、ルチア。もう少しだけこのままでいて?」
困惑を隠せないわたしに、セレスさんは優しく言いますが、何故部屋までこの状態で行かないといけないのか、見当もつきません。
梃でも理由を話さないセレスさんですが、ガイウスさんはその訳がわかるみたいですし、あとで聞いてみましょう。
そんな風に思っている間に、目的地に着いたようでした。
ようやく下ろしてもらえたわたしのところに、マリアさんが駆け寄ってきてくれます。
「今度はあたしがルチアを独り占めする番だからね! ずっと待ってたんだから!」
「ごめんなさい、マリアさん。本当にごめんなさい」
「ルチアが謝ることじゃないでしょ」
「でも、その間マリアさんは帰るのを待っていてくれたんですよね? シロの魔石があるから、すぐに帰れたのに……」
わたしは、マリアさんの胸に下がる魔石に手を触れました。金色の雫のような“天晶樹の雫”と連ねるように鎖に通してある金色を帯びた白い魔石は、触れるとほんのりあったかいような気がします。気のせいかもしれませんが、なんだかシロもおかえりと言ってくれているようで、嬉しいです。
「見送ってくれる約束でしょ?」
魔石に触れたわたしの手に白い綺麗な手を重ねて、マリアさんがにっこり笑います。その笑顔にもう一度会えたのが嬉しくて、わたしはまた泣いてしまいました。
「も~、泣かないでよ~。あたしまで泣けてくるじゃ~ん!」
「そうだよ、ルチア。ボクも泣けてきたよ~! 泣かないでよ。せっかく会えたんだから、笑ってよ」
「そうですね、あんまり貴女が泣くと、またセレスティーノ殿が独占欲を発揮しますよ?」
お互いの肩に額を寄せるようにしてマリアさんと抱き合っていると、その横でエリクくんやレナートさんが笑います。
「だって……嬉しくて。会いたかったんです、すごく」
皆に、会いたかったんです。すごくすごく、会いたかった。
皆さんの笑顔を見ながら、また会えてよかったと、わたしは心の底から思いました。




