ルチア、再会を喜ぶ
マリアさんの気持ちが嬉しくて、わたしはかぶっていたフードを外しました。パサリという音と共に、短くなった髪の毛が露出します。
わたしの髪があらわになった途端、あたりからため息や小さな悲鳴が聞こえました。ざわざわとざわめく人々に、思わず俯きそうになったとき、わたしを力づけるようにマリアさんが手を伸ばしてきます。
「……短くなったね。でも、可愛い。ていうか、なんで髪染めてるの? びっくりなんだけど」
この髪を可愛いと言ってくれたのは、マリアさんで二人目です。わたしの短くなった髪を初めて見たセレスさんと同じ反応に思わず笑うと、同じようにマリアさんも愛らしい笑顔を見せてくれました。
「外見から行方をたどられないようにと、アストルガ副団長が」
「あいつか! おかしなところに気が回るんだから! でも、その色もいい感じよ! あたしは染めたことないけど、あたしの世界では染めるのは当たり前のことなんだよ」
優しく髪をなでると、マリアさんは再びわたしのことを抱きしめてくれました。
「ルチア、おかえり~!」
マリアさんと抱き合っていると、横から勢いよく誰かに抱き着かれました。びっくりして顔を上げると、燃えるような赤い髪が目に飛び込んできます。
「エリクくん!」
「おかえり! 無事でよかった! 帰ってきてくれてよかった!」
ぼろぼろ泣きながら、エリクくんはわたしが帰ってきたことを喜んでくれました。少し合わない間にエリクくんは背が伸びたみたいで、旅の間はわたしより少し背が低いくらいだったのが、今では若干わたしの方が小さい気がします。
「ただいま帰りました!」
抱き着かれたので抱きしめ返そうとしたら、にゅっと間から手が伸びて、半ば力任せに引き剥がされます。
「これくらいいいじゃん! 再会を喜ぶだけだよ、隊長さん!」
「ダメです。聖女様はいいですが、他の男はダメです」
「せっま! 心せっま! ルチア探す間になんか拗らせてる!」
「なんとでも。誰になにを言われようが、痛くもかゆくもありません」
わたしの肩に手を置いたセレスさんに、エリクくんが噛みつきましたが、セレスさんはどこ吹く風です。
「ルチア嬢、おかえりなさい。本当に無事でなによりです」
「レナートさん!」
マリアさんを皮切りに、懐かしい顔ぶれが目の前に揃っていきます。
エリクくんの次にわたしの前に現れたのは、ガイウスさんの弟・レナートさんでした。
「貴女が生きていて……本当に、よかっ……」
そういうと、レナートさんは唇を噛みしめ、下を向きます。片手で眼鏡を浮かせると、もう片一方の手で目元を覆いました。普段冷静でいたレナートさんの泣いている姿を見てしまったわたしは、思わずあわあわとしてしまいます。ですが、ガイウスさんが落ち着かせるようにレナートさんの頭をぽんぽんとしたのを見て、ほっと胸をなでおろしました。
「おう、泣くな泣くな」
「子ども扱いしないでください、兄さん」
ガイウスさんの掌はレナートさんにとっても特別のようで、目元をこすって眼鏡をかけなおしたレナートさんは、いつも通りの顔に戻っています。
「……ルチアさん」
再びマリアさんと抱き合っていると、遠慮がちな声がわたしを呼びました。団長様です。
「おかえりなさい。守れなくて、すまなかった」
少し離れたところに立った団長様は、わたしが振り向くのを見ると、地面に膝を突いて深々と頭を下げました。
「大丈夫です。探してくださって、ありがとうございました」
視線を合わすためにわたしも膝を突くと、困ったような顔の団長様と目が合います。
「わたしは、無事だったし、元気ですよ。アストルガ副団長とグイドさんが助けてくれたんです。たしかにつらかったけれど、セレスさんとガイウスさんが迎えに来てくれたし、もう大丈夫ですよ」
元気づけようとそう告げると、団長様はむしろもっと俯いてしまいました。
どうしようとおろおろしていると、ざわざわとした声がすっと引きます。突然静かになったことに驚いて顔を上げると、人垣が二つに割れて、王城から殿下──いえ、もう陛下ですね──エドアルド新王陛下が現れました。
「ルチア……」
わたしの姿を見たエドアルド陛下は、途端にほっとしたような、泣き出しそうな顔になりました。覚えている顔より幼く見えるその表情に驚いていると、陛下は走り寄ってきて、団長様の隣に同じように蹲りました。
「へ、陛下!? やめてください! ダメですよ、高貴な方がこんな人前でそんなことをしちゃ……!」
「いや、今回のことは父と、僕が原因だ。民の前で頭を下げることなどなんともない。君に謝罪する方が大切だ」
「ですが!」
「この都の人間は、僕と父のせいで聖女たる君が害されたことを知っている。君がどれだけこの世界に尽くしたかということも、父がそれを顧みず英雄から引き剥がすためだけに君を殺せと命令したことも、僕がそれを止められず、ただ父を玉座から追うことしかできなかったことも、全部知っている。今更何を恥じることがある。一番恥ずかしいのは、君に謝罪ができないことだ」
この国で一番偉い人が、そう簡単に頭を下げてはいけないと思うんですが、皆さんとめないんですか!?
「団長様、陛下をおとめください!」
「いや、これは私たちの総意だ」
「団長様まで!」
困り果てたわたしを助けてくれたのは、陛下に絶大な効力を持っているマリアさんでした。
「エドもフェルも、ルチアが困ってるの見てまで自分を押し通すのは違うんじゃない? もういい加減に頭上げなよ。で、お城に戻ろう! ルチア疲れてるんだから、早く休ませてあげないと!」
「マリア……」
「ほら、ルチアいこっ! セレスからこれくらいに帰るって知らされてから、毎日今か今かと待ってたんだよ? 話したいことたくさんあるの。今日は寝かせないからね!」