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ルチア、帰りつく

 海沿いの街道を通り、いくつもの街や村を抜けるとともに、景色は白一色ではなく、ゆっくりと色づいていきました。

 メーナールの天晶樹を浄化した後、アールタッドに戻る間にも思いましたが、本当に魔物の影すら見えなくなっていて、不思議な気持ちになります。そして、そのときには見かけなかった馬車や人影がちらほらと見かけられて、浄化から時間が経ったのだと、改めて思います。


「平和に、なったんですね……」


 思わず呟くと、セレスさんが胴に回した腕に力を籠め、軽く抱きしめてくれました。


「君が、平和にしてくれたんだ。君と、聖女様が」


 街道を行く人たちの表情には、怯えたところは見えません。街にいるように普通にしています。行き交う馬車も、物々しく護衛を連れたものではなく、もっと簡素なものもありました。

 魔物の恐怖が去ると、こんな風に人は自由になり、活気に溢れるのだと、肌で感じました。


 そうこうしているうちに、あたりは見慣れた風景に変わります。

 遠くに懐かしいお城が見えたとき、わたしは思わず息を止めました。

 帰ってこれたのだと。

 もう、ひとりで悪夢に怯えなくてもいいのだと、そう改めて思いました。

 この旅の間、昼も夜も側にはセレスさんがついていてくれて、目が醒めても一人でいることはありません。目が醒めて、一番最初に大好きな人の顔が見れる日々は、確実にわたしを癒していってくれましたが、帰ってきたという実感はまた、格別なものでした。


     ※ ※ ※ ※ ※


「あっ!」


 街道に面した南門の前に立つと、そこにいた兵士隊の方がセレスさんの顔を見て大きな声を上げました。片方の方が「呼んでくる!」と叫んで走っていくと、残されたもう一人の方が恭しく中へ通してくれました。身分証の確認とか、大丈夫なのでしょうか? 騎士団の隊服で免除なんでしょうか。

 そんなことを考えつつ、南門をくぐります。すると、門番をしていた兵士隊の方がザッと地面に膝を突きました。


「おかえりなさいませ! ご帰還を、お待ちしておりました!」


 こんなに待たれているなんて、セレスさん、すごすぎます!

 そう思って隣のセレスさんを仰ぐと、優しい微笑みが返ってきました。


「ルチアにだよ」

「え?」


 意味をうまく飲み込めず訊き返すと、ポンと防寒着のフードをかぶった頭に掌が載りました。


「俺からも言わせてほしい。ルチア、おかえり」

「だな。おかえり、嬢ちゃん。お疲れさん。皆きっと待ってるぞ」


 改めての「おかえり」に、涙が出ます。本当に、セレスさんと再会してから涙腺がゆるんで仕方ありません。


「ありがとうございます。ただいま帰りました!」


 門番さんに会釈をして王城の方へ歩き出すと、いくらも行かないうちに、ざわついた街の人たちに囲まれます。


「おかえりなさいませ! 聖女様!」

「お帰りをお待ちしておりました!」

「今度こそ、英雄様とお幸せに!」


 思わない大歓迎に面食らいましたが、そういえばビーチェさんが王都でわたしたちの話がお芝居になっていると言っていたことを思い出します。どういう話が流布しているのかわかりませんが、少なくとも歓迎されているのは間違いありません。ですが──ひどく恥ずかしいです。

 わたしは防寒着のフードが外れないよう、襟元をぎゅっと押さえました。歓迎されていますが、歓迎されているからこそ、短くなった自分の髪をさらすことを躊躇してしまいます。


「ああ、来たな。ほら、見てみろ」


 ぽかんとしていると、ガイウスさんが指さした方向から、わたしの名前を呼ぶ声がしました。


「ルチアっっっ!」


 これまた聞きたかった声を耳にしたわたしは、弾かれるように声がした方角を確認し、その人の名前を呼びました。


「マリアさん!」


 スカートの裾をたくし上げて、全速力で駆けてきたマリアさんは、人垣を押しのけるようにしてわたしの前までやってきます。


「ルチアっ! ルチア、ルチア……ルチアぁっ!」


 わたしの首に飛びついたマリアさんは、泣きながらわたしの名前を呼びますが──わたしは、そんなマリアさんの姿に目を瞠りました。だって──


「マリアさん、なんで!? どうしてマリアさんまで髪の毛が短いんですか!?」


 腰まであったマリアさんの髪の毛は、わたしと同様、ひどく短くなっていました。わたしより少し長いくらいでしょうか。肩を越したくらいの長さに切りそろえられています。

 マリアさんを抱きしめ返しながら尋ねると、ボロボロと泣きながらマリアさんは言います。


「だって、エリくんがこの世界は髪の毛を切られることがすごく重いことだっていうから、そんなことないって切ってみたの。ルチアが帰ってきたとき、わたしも短かったら目立たないでしょ? おそろい」

「そんなことで切ったんですか!?」

「大事なことでしょう!? ルチアが、ルチアだけが傷つくなんて嫌! あのね、髪を切ることなんてなんてことないんだよ。あたしの世界じゃ、おしゃれで切るの。もっと短い人なんていっぱいいるよ。だから、ルチアも短い髪を楽しもうよ。可愛いよ、短いのも。アールタッドで、今流行り始めてるの。髪を切ることが、イコール社会的に死ぬことなんて、そんなのナンセンスだから。女性だけそんなデメリットあるのもおかしいし」


 マリアさんは、わたしを思うためだけに大事な髪を切ってしまったようでした。

 その気持ちが嬉しくて、また会えたのが嬉しくて、わたしはマリアさんと抱き合って声を上げて泣きました。

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