ルチア、友を想う
「身体に気を付けて、元気でね。幸せにおなりよ」
オルガさんは、そう言うとわたしをぎゅうっと抱きしめてくれました。
「はい。本当に今までありがとうございました。オルガさんもお元気でいてください」
オルガさんをはじめ、村の皆さんにお礼を言うと、わたしたちは早々にリウニョーネ村を発ちました。
いくら別れを惜しんでも惜しみ足りませんが、今はなによりも帰れることが嬉しいです。
帰りたいのに帰れないことは、会いたいのに会えないことは、思っていた以上に苦しいことでした。
マリアさんは、この気持ちをずっと抱えて、知らない人ばかりのこの世界で過ごしていたんですね。
わたしは、王都にいる大事なお友達のことを思いました。マリアさんは、わたしのせいでまだ自分の世界に戻っていないそうです。わたしの無事を自分の目で確認するまではここにいるのだと、そう言い張ったというマリアさんの気持ちに、涙が出てきます。
「さみしい?」
馬上で、防寒着でぐるぐる巻きにされたわたしを抱えていたセレスさんが、優しく尋ねます。その問いかけにゆるく頭を振って否定を返したわたしは、マリアさんの名前を口にしました。
「マリアさんも、自分のいた場所に帰りたくて仕方がなかったんだろうなと思ったんです。帰りたくて帰りたくて仕方がなかったろうに、わたしのためにまだこの世界に留まってくれていると聞いて、申し訳なくなりました。だから、早く会いたいです。会って、安心してもらいたいです」
思えばわたしは、マリアさんを不安にさせてばかりです。守るって言ったのに、守れていません。
「お墓参りは後回しにしませんか? マリアさん、きっと心配してます。アールタッドに帰りましょう、セレスさん」
「そっか。そしたら先に帰ろうか。聖女様を見送ったら、君のご両親に挨拶に行こう」
「はい。ワガママを言ってごめんなさい」
「それくらいはワガママにならないよ。俺の方がワガママ言ってる」
「だな。嬢ちゃんは気に病む必要なんてないさ。さぁ、なんだったら飛ばすか!?」
轡を並べたガイウスさんが、わたしの発言を笑い飛ばします。旅の間と同じ空気を感じて、わたしはこの場所に帰ってこれたことをひそかに感謝しました。
※ ※ ※ ※ ※
リウニョーネ村からアールタッドまでは、山越えをしても十日近くかかるそうです。わたしがグイドさんに連れてこられたときも、実際はよく覚えていませんが、それくらいかかったように思いました。
ですが、今回は山越えをせず、迂回してアールタッドに戻るそうです。まだ雪が深いこの季節は、山越えするには危険なのだとか。たしかに村の外は雪が積もっていて、街道まわりだけが除雪されているような状況です。
「来たときのルートでいいか?」
「そうですね、となると、バルビかカンポスあたりで宿を取りますか?」
旅慣れた様子の二人は、手際よく今後の予定を組んでいきます。野営の準備はお手伝いできても、地理に疎いわたしはこういったことのお手伝いはできません。
そういえば、リウニョーネ村は北端にある村だということと、キリエストが近い山間の村だということしか聞いていませんでしたが、地図上ではどこらへんにあるのでしょうか。
それが気になって尋ねてみると、次の休憩のときに地図を見せてもらえました。アールタッドからキリエストへ向かったときは、テージョやアマリスといった街を経由して行きましたが、山を越えずに帰るとなるとそちらの街道は通れず、ぐるりと海の方を迂回して帰るのだそうです。
「海なんて見たことないです」
「まぁ、普通に生きてりゃ縁遠いだろうな」
海と聞いて目を丸くしていると、ガイウスさんがおかしそうに笑いました。たしかに、お母さんが亡くならなければ一生ハサウェスから出ることはなかったでしょうし、浄化の旅に同行することがなければ、わたしは多分アールタッドかハサウェスで一生を過ごしていたでしょう。どちらも内陸にあるので、海とは縁遠いです。
「オレらも任務がなけりゃなかなか行かねぇもんな。そりゃ嬢ちゃんも初めてだろう」
「海沿いはまた違った意味で寒いから、ルチア、風邪をひかないようにね」
雪深いここは、防寒着を身に着け、セレスさんと密着していても寒いのですが、それとは違う寒さってどんな感じなのでしょうか。
このときのわたしは、そんなのんきなことを思っていましたが、数日後、いざ海の近くまで行くとセレスさんが言っていた意味がわかりました。なんていうのでしょう、こう、風が身を切るように痛いんですよね。しんしんと染み入る寒さでなく、もっと攻撃的な寒さです。ざくざくと頬を切られているような気持ちになり、わたしはマントに顔をうずめました。