ルチア、セレスと話す
「なんだかわたし、セレスさんの前では泣いてばかりですね」
子どもみたいに泣いてしまったことが今更恥ずかしくなって、わたしは顔をこすりつつ笑いました。目元、腫れちゃってるでしょうか。久しぶりに会ったのだから、あんまりみっともない顔を見せたくなんですけれど。
「どんな顔も、ルチアは可愛いよ。それに、こんな可愛い泣き顔を他の奴らに見せたくないから、俺の前だけで泣くのはむしろ嬉しい」
セレスさんは歯の浮くようなことをあっさり言ってのけると、もうひとつキスをくれました。
「あと、名前。さっきさん付けなしで呼んでくれて嬉しかったんだけど、もうダメ?」
「あ!」
つい癖でセレスさんと呼んでしまいましたが、セレスさんはちゃんとそれに気づいていたようでした。ちょっといたずらっぽい笑みを浮かべて、もう一度呼んでほしいと乞われると、断れる気がしません。
「が、がんばります……」
こういうのは慣れですからね、多分。慣れればこの気恥ずかしさもどこかに行ってしまうでしょう。多分。
わたしは改めて勇気を出します。後悔するのはもうこりごりです。後で呼べばよかったと思うくらいなら、今呼ぶべきですよ!
「セレス……っ、……あの、ちょっとやっぱり恥ずかしいかも!」
「うん。ありがとう」
勇気を振り絞ったのですが、正体不明の恥ずかしさは消えてはくれませんでした。呼べたけれど、恥ずかしくて顔が見れません!
両手で顔を覆ってしまったわたしの手首を、セレスさんがそっと掴みました。
「腕輪、してくれてるんだね」
セレスさんが掴んでいる方の手首には、以前セレスさんがくれた手製の腕輪が嵌っています。見るのがつらくて、でも外してしまったら完全に絆が切れてしまうようで、怖くてそのままにしてあった腕輪。
「はい」
わたしは、空いている方の手で、そっと腕輪に触れました。外さなくてよかったと、改めて思います。
「本当は、つらくて外そうかと思ったんです。それでも、どうしても手放せなくて。これまで失くしてしまったら、もう完全に諦めなきゃいけないようで……でも、外さなくてよかったです。こうやって、またあなたに会えたんですから」
「ありがとう。もういらないって捨てられてたらどうしようかと思った」
「捨てませんよ。誰にもあげません。わたしの宝物なんです」
わたしは勇気を出したついでにもう一歩踏み出すことにして、目の前の腕に抱きつきました。今なら、許される気がします。
「誰にも、あげません」
「俺も、誰にも渡さない」
そのまま腕を引かれて抱きしめられます。人前では恥ずかしいですが、二人きりの今なら、これくらいしてもいいです……よね?
「そういえば、どうしてここがわかったんですか?」
ふと、そこが気になって尋ねると、笑顔だったセレスさんの顔がしゅっと引き締まりました。
「どこから話そうか」
逡巡した様子を見せたのはほんの少しの間でした。わたしを抱きしめたまま、セレスさんはあの日からのことを教えてくれます。
いなくなってすぐ、アールタッド中を探してくれたこと。アストルガ副団長を糾弾したこと。マリアさんがわたしの生存を示唆してくれたこと。騎士団を辞める覚悟で出奔したこと。ガイウスさんがついて来てくれたこと。
わたしの存在が起こしたいざこざが、この人の心だけでなく、皆さんの心をひどく傷つけたことがわかって、苦しくなりました。
わたしを探して、セレスさんとガイウスさんはいろんなところに行ったんだそうです。最初は、アストルガ副団長の行動範囲と思われる部分をしらみつぶしに。それでも手がかりすらつかめず、どんどん探索範囲を広げて行って。
「まさか、こんな遠くにいるとは思わなかったよ」
アストルガ副団長の帰還が早かったので、わたしは比較的アールタッドの近隣にいると思われていたんだそうです。
それもそうですよね、どこかに隠すとしても、隠した人が王城に戻っているんですから、その不在時間で隠せるところにいるだろうって、誰でも考えると思います。
「わたしをここに連れてきたのは、アストルガ副団長じゃないですから」
「みたいだね。副団長も君の行き先を知らないって言い出したと聞いて、俺はどうしていいかわからなくなったよ」
王都とは手紙でやりとりしていたそうです。次に探索する方向をあらかじめ知らせて、お城から情報をそこに送ってもらうという手段をとっていたと、セレスさんは言います。
戻ることはしなかったのかというと、わたしが見つかっていないのに戻るのは、諦めてしまうように思えてどうしても嫌だったと言い切られました。
「じゃあ、グイドさんから聞いたんですか?」
「直接じゃなくて、手紙だけどね。まさか、アラリーが関わってるとは思わなかったよ。あいつも、任務途中で副団長と遭遇して、君をここに送り届けてから任務に戻ったから」
グイドさんは、わたしを故郷に隠してから、再び任務に戻る前にセレスさんに手紙を書いたんだそうです。
ですが、他の人間にわたしが生きていることが発覚しては、また命を狙われる可能性もあると、その手紙は厳重に封をして、本人以外開封禁止と書き添えて騎士団宛に送ったようでした。
なので、セレスさん不在のため、その手紙はずっと第三隊の執務室に置いてあったのだと、セレスさんは言います。
「うちの副隊長がね、さすがに気にして団長に報告したんだよ。私的な書簡だったら開封するわけにもいかないけれど、俺がいつ戻るかわからないのもあって、このまま放置していいか悩んだんだそうだ」
グイドさんからセレスさんに宛てて書かれた手紙は、団長様とレナートさんの判断で開封されたそうで、そこでようやくわたしの行方がわかって、セレスさんたちに連絡がいったそうです。
「本来は他の騎士が迎えに来るべきだったのかもしれないけれど、団長は俺たちが行くべきだと、連絡を優先したんだ。だから、ルチアごめん。迎えに来るのが遅くて。王都から誰かが直行したなら、きっともっと早く君は帰れたはずなのに」
しょんぼりとセレスさんは言いますが、わたしは迎えに来たのがセレスさんでよかったと、心から思います。
「早いか遅いかより、迎えに来たのが二人でよかったです。だって、わたしが一番会いたかったのは、セレスだから」
マリアさんにも会いたかったですが、やっぱり、迎えに来てくれたのがセレスさんでよかったと、そう思うのです。