ルチア、喜びを分かち合う
「ここ……です」
お借りしている家の前に来たけれど、セレスさんはわたしを下ろすことなく片手でドアを開けました。無人の家の中に、ドアが閉まる音が響きます。
「もう下ろしてもらえませんか?」
二人きりになったので下ろしてもらえないかと頼み込むと、ようやく地面に立つことができました。ですが、ほっと息をつく暇もなく、そのままきつく抱きしめられます。
「……夢じゃ、ないよね」
ぽつんと、不安げな声が耳元に落ちました。
それは、わたしの中にもあった言葉でした。
なによりも渇望していたその人が、今そこにいること。夢を見ているみたいで、現実味がありません。どれだけ触れても、抱き合っても、目を醒ましたら消えてしまうようで怖いです。
わたしは、震える手に力を籠めて、セレスさんの服をつかみました。
「夢じゃないです。だから、わたしにも夢じゃないって、言ってほしいです」
ここにいるって、言ってほしい。
ここにいることを、信じさせてほしい。
もう、悪夢はいらないんです。目を醒ましたらセレスさんがいないなんていう朝は、もう欲しくない。
触れたら壊れるシャボン玉と違って、手を触れてもわたしの目の前から消えてなくならないでほしいんです。
「夢じゃないよ、ルチア。俺はここにいる。君に触れてる」
「はい」
「夢じゃ、ない──」
短くなったわたしの髪に顔をうずめるようにして、セレスさんは押し殺したような声を出しました。苦しげなその声に、わたしもまた、涙が出てきました。
「ようやく、会えた。遅くなってごめん。本当に、ごめん」
「もう謝らないでください。迎えに来てくれて、本当に嬉しかったんです。ありがとうございます。探してくれて、とても嬉しかったです」
そっと頭を上げると、セレスさんの青空を映したような瞳がわたしを見つめていました。涙にぬれているその色は、今まで見たどの青より色鮮やかでした。
「ルチア」
名前を呼ばれて、心が歓喜の声を上げているのを感じました。
どれだけこの名前を呼ばれたかったでしょうか。
大好きなこの人の声で、ちゃんと自分の名前を呼ばれることが、こんなにも嬉しかっただなんて。
「はい」
ルチアと呼ぶ声とともに、髪に、額に、瞼に、優しいキスが降ってきます。
「ようやく見つけた。もう離さないし、離せないけど、いい? 今度こそ、必ず守るから、側にいてほしい。側に、いさせてほしいんだ」
はい、と頷く言葉は、空気を震わせることなくセレスさんの唇に消えました。