ルチア、居場所を取り戻す
弾かれるように声がした方向を探すと、その人はすぐ見つかりました。
お日様色の髪、グレイの隊服。その青空の色の瞳は、まっすぐわたしを見ていました。
「ルチア!」
セレスさんってすごく足が速いんだな、と場違いな感想を抱いた瞬間、わたしはその腕の中にいました。
懐かしい香り。懐かしい人。
もう、この腕の中には帰れないと思っていたのに。
「ルチア、会いたかった……!」
絞り出すような震える声を聞いて、わたしの胸の奥も震えました。だって。
わたしもあなたに会いたかった。
なによりも誰よりも、あなたを失ったのが哀しかったんです。
あなたを失った事実がつらすぎて、空も見れないくらいに。
「セレス、さん……」
わたしはそっと、その広い背中に指を這わせました。気のせいか、少し痩せたような気がします。
指先から確かに感じるその人の存在に、わたしはようやく、これが自分に都合のいい夢ではないことを知りました。
「セレスさん……!」
再びその名を呼んだ途端、わたしの頬を熱いものが濡らします。
帰ってきたのだと、もう、ひとりで頑張らなくってもいいのだと、そう感じた瞬間、わたしは泣いていました。
怖かった。
哀しかった。
さみしかった。
会いたかった。
そんな感情が爆発したみたいで、わたしはセレスさんの腕の中で、子どもみたいにわんわんと泣きました。
「ルチア……」
きつく抱きしめられていた腕がゆるむと、セレスさんはわたしの頬に手を伸ばします。
「遅くなってごめん。待たせてごめん。守れなくて、本当にごめん。君が……無事でいてくれて、……よかった……!」
セレスさんは泣いていました。初めて見る男の人の泣き顔に、わたしは言葉を失います。
そうです。つらかったのはわたしだけではないんです。わたしが死んだのだと知らされただろうセレスさんは、きっと身を切るようにつらかったに違いないんです。
「ごめんなさい……」
思わず謝罪を口にすると、わたしの頬の涙をぬぐったセレスさんが首を振りました。
「君が謝ることなんてなにひとつとしてない」
「でも」
わたしも、同じようにセレスさんの頬に触れました。
「わたし、ずっとセレスさんに言いたかったんです」
「え?」
見開かれる青い瞳に、わたしは覚悟を決めました。伝えられるときに伝えられなくて、後悔するのはもうごめんです。
スッと息を吸うと、わたしはセレスさんの顔を見つめて口を開きました。
「セレスって呼べなくてごめんなさい。ずっと、後悔してたんです。恥ずかしがってないで、もっと早く呼べばよかったって。……セレス、迎えに来てくれてありがとう。生きてるって信じてくれて、ありがとう。わたしもあなたに会いたかった。すごくすごく会いたかったんです」
「ルチア?」
「大好きです、セレス。会えない間も大好きだったけれど、こうやってもう一度あなたに触れられて、わたしはすごく嬉しいです」
頑張ってそう伝えると、セレスさんはようやく笑顔を見せてくれました。わたしの大好きな、お日様みたいなあの笑顔を。
「ルチア……」
「ストーップ! そこまで! 二人とも、これ以上の二人の世界に入るのはちょっと待て!」
セレスさんの顔が近づきかけたとき、聞き慣れた大きな声が降ってきました。それと同時に、目の前のセレスさんが沈没します。
「おう、嬢ちゃん。探したぞ!」
「ガイウスさん!」
セレスさんに圧し掛かるようにして現れたのは、ガイウスさんでした。まさかガイウスさんまでいるとは思っていなかったわたしは、ぽかんと口を開けてしまいました。
ぽんぽんと頭を撫でられて、目の前のガイウスさんもまた、本物だと理解します。
「ガイウスさん!」
「しばらく見ねぇ間に随分痩せちまったな。大丈夫か? つらい思いをさせたな」
嬉しくなってその大きな身体に抱き着くと、こちらでもまたぎゅっと抱きしめられます。
「会いたかったです!」
「隊長サンにオレが殺されるから、そういうセリフを不用意に言うのはやめれ。嬉しいけどな?」
笑うガイウスさんにそっと下ろされると、地面につくかつかないかのタイミングで、今度はセレスさんに抱えあげられてしまいました。
「セレスさん!?」
背中と膝裏に手を入れられ、掬い上げられるように抱えられたわたしは、間近になったセレスさんの顔に驚きます。一旦冷静になると、ちょっと恥ずかしいですね。気が付けば、村の人たちが皆こちらに注目しています。
「それじゃ、二人きりになれるところに行こう」
「待て、オレを置いていくな」
「こういうときは遠慮するのが大人ってものじゃないんですか?」
「暴走する若者を止めるのも大人の役目だろう。落ち着け、隊長サン」
二人の掛け合いがおかしくて、わたしは泣いていたのも忘れて、声を上げて笑いました。こんな気持ちになったのは久しぶりです。
帰ってきたのだと、大好きなこの場所に帰ってこれたのだと、わたしはようやく実感します。
わたしはセレスさんの首に抱き着くと、全部の感情を吐き出すように告げました。
「ただいま、セレス!」
ようやく帰ってこれました。