ルチア、春を寿ぐ
今秋に、アリアンローズ様から本作の書籍が出ます。
絵になったルチアやセレスたちを手に取って見ていただけると幸いです!
ビーチェさんの来訪に、村は沸き立ちました。無理もありません。彼らにとってそれは、魔物から解放されたということの証明でもあったのです。
普段、水を汲んだらその後ほとんど外に出ない村の人たちですが、この日は水場に出てきていた奥様達が家族に知らせを持って走ったこともあり、続々と外に出てきてはお祭り騒ぎになっていました。
「いやぁ、オルガの言ってた通りだったなぁ! 聖女様々だ!」
「グイドは仕事で外国なんだって? さすが騎士様だな、ビーチェ!」
酒盛りを始めた人たちは、口々にビーチェさんやオルガさんたちに話しかけて行きます。
わたしは、なんとなくその輪に入り損ねてひとりでいました。ですが、それをいいことにこっそり借家に戻ります。
頭が、ぐるぐるしていました。いろんな情報が一気に入って、パンクしそうです。
陛下が退位なされたこと。
殿下が即位なされたこと。
王都でのわたしの扱い。
そして──セレスさんがわたしを探している、ということ。
最後の話を思うと、急に胸がドキドキしてきました。もう隠れ住まなくてもいいということも嬉しいのですが、わたしにとって、なによりその一言が嬉しかったのです。
死んだものとして諦められてはいなかったのだと。まだわたしを必要としてくれているのだということが、胸が締め付けられるくらい嬉しくて。
わたしは床にぺたりを座り込むと、セレスさんからもらった腕輪を眺めました。せめてもの絆として、想い出として、どうしても捨てられなかった腕輪。我ながら未練がましいと思いつつも、外してしまったら本当に失ってしまいそうで、つけたままにしていた腕輪。
「本当に、探してくれてるのかな……」
あまりにもわたしに都合がよすぎる展開に、夢を見ている気持になります。
ですが、 物言わぬそれは、わたしの独白に返答を返してくれることはありません。
「セレスさん……」
今すぐ走って探しに行きたい気持ちに駆られますが、セレスさんがどこにいるのかもわからない状況では、それも叶いません。
そんな気持ちを、きっとわたしはセレスさんにさせてしまっているのだと思うと、すごく申し訳ない気持ちになりますが、反面ものすごく嬉しくもあります。
お願い、わたしはここにいます。
どうか、見つけてください。
木の腕輪に額を付け、わたしは祈りました。
※ ※ ※ ※ ※
翌日は、久しぶりの晴れでした。白い景色に、青空が映えます。
部屋の窓から外を見たわたしは、その光景がつらいものではないことに気づきました。
大好きだったのに、見るのがつらくなっていた青空。
セレスさんを思い出すのがつらくて、目を背けていた青空。
今は、その色がセレスさんに繋がっているように思えて、早く触れたくて仕方がありません。
外に出ると、井戸のある広場には、普段朝にはいない男性の姿が多く見受けられました。聞くと、お祭りの準備を始めるそうです。
本来は春の訪れと共に行うお祭りらしいのですが、今回は魔物からの解放を祝うお祭りにするのだと、皆さんは張り切っていました。
雪かきをするということなので、わたしも水瓶を片付けてお手伝いに回ります。力仕事だからと心配されましたが、お年寄りの多いこの村では、そうたいしたことができるわけではないわたしでも戦力になったようで、広場の雪が片付くころには雪かき班の一員として認められていました。
「やっぱり若けぇもんはいいなぁ! 助かったよ、ノッテ!」
「お役に立ててよかったです」
黒い地面が見えるようになった広場に、今度は他の男性たちが村の倉庫から巨大な柱を持ってやってきました。少々古びてはいますが、色とりどりのリボンを結わえたそれは、白い風景の中ではとても華やかに見えました。
「今年のリボンを結わえなきゃね! ノッテ、やってごらん。終わったらそのリボンは持っていて」
オルガさんがリボンを一巻手渡してくれたので、わたしはやり方を教わりながら慎重にてっぺんにそれを結わえました。ピンク色のリボンは、セレスさんからもらったリボンを思い出させてくれます。
「おーっし、立てるぞぉ!」
掛け声とともに広場の真ん中に建てられた柱から、色とりどりのリボンがはためきます。人々はその端を捕まえると、笑いながら丸く円を描いて歩き始めました。
人々が動き始めると同時に、音楽が流れだします。わたしが柱の準備を手伝っている間に、楽器を手にしてにぎやかな音楽を奏でる人たちの輪もできていたようでした。
まわれ まわれ 輪になってまわれ
春よ ながくここに留まれ
踊れ 踊れ 輪になって踊れ
春の妖精を 囲んでともに踊れ
曲が始まると、人々はリボンを持って廻りながら楽しげに歌い始めました。跳ねるようなステップを踏んで、後ろの人と手を繋ぎ始めます。
伸ばされた手を取ろうとしたときでした。
「ルチアッ!!」
半ば悲鳴のような、大好きで仕方のないその人の、懐かしい声がわたしの耳に飛び込んできたのは。