ルチア、騎士様のお手伝いをする
「ありがとう! シャボン玉の聖女、感謝する!」
「僕たちが守りますので、ご安心ください!」
わたしが頷いたのを見て、騎士様たちは嬉しそうでした。
それにしても……その呼び名、なんとかなりませんか⁇
「あの、その呼び名はちょっと……聖女様に申し訳ありませんし、よければルチアと呼んでいただけると嬉しいです」
「ルチア様ですね」
「様はいりません!」
なんだか騎士様たちの中で、わたしの扱いは相当なことになっているようです。
「では、お言葉に甘えるとして……ルチア、オレはジェレミア・アスカリだ。こっちの細っこいのがフェデーレ・ブリッツィ」
「ルチアさん、よろしくお願いします」
砂色の髪をした背の高い騎士様がアスカリさん、艶のある蜂蜜色の髪の騎士様がブリッツィさんとおっしゃるようです。
ブリッツィさん……そういえばセレスさんが実家がリリィ・ブリッツィの人がいらっしゃると言っていましたが、この方だったんですね。
「では、早速ですが城壁の方へいらしていただけますか?」
「このままだと濡れちまうか。一旦詰所に寄って雨具持ってくるか? いや……オレらのじゃ、ルチアにはおっきいか」
「いえ、このままで行きます。急ぐんですよね?」
雨はだいぶ小降りになっているようですし、多少濡れても構いません。
「そしたらこれを。濡れているので重いんですが、ないよりは雨を防げるでしょうから。それに、僕らの隊服はアカデミア特製なんで、防御力高いんですよ」
そう言うと、ブリッツィさんがご自分のマントをわたしの頭にかけてくれました。たしかに水を含んだそれは重いですが、洗濯婦は非力じゃつとまりません。これくらい平気ですよ!
「すみません、ありがとうございます。申し訳ありませんがお借りしますね」
ちょっと迷いましたが、素直にお借りすることにしました。
わたしがお礼を言うと、ブリッツィさんは嬉しそうに笑いました。
わたしたちはルフの死体の横を通り、壊れたバルコニーを抜けて庭園へ出ました。
アカデミア生さんたちは、怪我をおして兵士隊の方とホールの警護にまわるそうで、本当に頭が下がります。ありがたいです。
「一旦城から出るぞ。大丈夫か?」
「はい、頑張ります」
アスカリさんの気遣う声に、わたしは首肯しました。怖いですが、やらなくて後悔するのは嫌です。
外は、雨のせいもありますが、もうずいぶん暗くなっていました。今、何時でしょう。
固く閉ざされたお城の門の脇にある、衛兵用のドアをくぐり、わたしたちは街へ出ました。
普段は王都の名に相応しく賑わっている街は、今は死んだように静かです。元から雨だったこともあり、露店はひとつもなく、また人っ子ひとりいません。
わたしたちは無人の石畳をひた走りました。
大通りをまっすぐ駆け、城門のところまで来ると、さっきの静けさが嘘のように騒がしくなりました。時折、どぉん!という鈍い音とともに、地響きまでします。
あたりを見ると、たくさんの兵士隊の方々が、手に各々の武器を持ち、城門の守りにあたっていました。
騎士団の方と違い、彼らは鎧を身にまとっているので、その姿はずいぶん物々しく思えます。
「第3隊だ、通してくれ! 城壁へ上がる!」
アスカリさんが声を張り上げました。すると、門の脇にある階段の前がさっと割れます。すごい。
現れた細い道に、アスカリさんは飛び込みました。ブリッツィさんもそれに続きます。
「おまえなんだ」的な視線を受けつつ(そうですよね、騎士様と一緒に洗濯婦のお仕着せを着たわたしが通るとか、意味わからないですよね!)、わたしもおふたりの後を追いました。城壁へは騎士団の方か兵士隊の方でないと登れないので、わたしにとっては初めての経験です。でも全然嬉しくないです。
「状況はどうだ!」
「投石機で交戦中だ! 弓兵も射程距離に入り次第攻撃に入る! まだむこうからの攻撃は……って、誰だそれは」
アスカリさんの声に返答だけ返していた同僚と思しき騎士様は、振り向いてそこにわたしの姿を見ると、眉間に深い深いシワを刻みました。
「シャボン玉の聖女ですよ、グイド!」
ブリッツィさんがわたしの肩に手をやりつつ紹介してくれますが……え、その名前、そんなに浸透してるんですか⁇
「はぁ……ええっ!? なんでここに……ていうか、何故今連れてくる!」
グイドさんと呼ばれた騎士様は、困惑した顔をわたしに向けました。そうですよね、相当場違いですもんね、わたし。わたしもここにいていいのか、とても迷ってます!
「彼女のシャボン玉は魔物をおとなしくする力がある! ルフが戦意をなくしてただ屠られるだけになった。衝撃波も多用せず、魔法を受けてからは威嚇に羽を広げ、地団駄を踏むだけだった。賭ける価値はある!」
「僕らはこの目で確認しました。あの獰猛なルフが1発でおとなしくなったんです。ただの鳥のように。この城壁が破られる前に彼女は下げますから、一旦試させてください!」
グイドさんは品定めをするように灰色の瞳を眇めました。まわりの騎士様たちも微妙な顔をしています。
「本当か?」
「この切羽詰まったときに嘘ついてどうするんですか」
「商人は都合のいい嘘をつくもんだろ」
「誤解です! 顧客には誠実であれがうちのモットーですよ! ていうか、僕は騎士ですし!」
あたりのやりとりに、ドキドキしすぎて心臓がすごく痛いです。
「とにかく、彼女を前へ! ルチア、こっちだ」
アスカリさんは詰めていた騎士様や兵士隊の方を押しのけると、わたしの手を引いて前へ進みました。
「…………ッ!」
城壁から見た光景に、わたしは息を飲みました。軽く100は超えるでしょうか。結構な数のオーガとオーグリスが、ひたひたとアールタッドに近づいてきています!
時折降る岩に、彼らは怒りの声をあげていました。低い不気味なそれは、わたしの背筋に冷たいものを走らせました。怖いです!
ガタガタ震えるわたしの肩を、ブリッツィさんがそっと抑えてくれました。横目で見ると、気遣わしげな色を浮かべた榛色の瞳が、じっとわたしを見ています。
「ごめんなさい、女の子には怖いですよね、これは。それなのにあなたの力に縋る僕たちを許してください」
「いえ……わたし、わたしもできることを、したいです。少しでもお力になれるなら、頑張ります」
わたしはマントを掴む手に力を入れました。篝火に照らされて、あたりは明るいです。
セレスさん、わたしに勇気をください!
「やります」
わたしは落ちつくために深呼吸をしました。
もう、視認できるくらい近づいている魔物の姿に、覚悟を決めます。
「《シャボン》!!」
叫ぶように唱えると、目の前を埋め尽くす大量のシャボン玉が湧き上がり--それとともにわたしの目の前は真っ暗になりました。