セレスティーノ、旅立つ
控室に置き去りのままの荷物を再び背負い、俺は厩に向かった。
可哀想だが愛馬は置いていくことにする。さすがに長旅の疲れも癒えぬまま再び連れ出すのは躊躇われた。固定の所有者がない馬を一頭借り受けようと心に決め、大理石の廊下を駆け抜ける。
「おい、どこ行く!」
駆け抜け様、腕をつかまれ引き戻される。見ると険しい表情のままのガイウスだった。
「副団長を見張るんじゃなかったのか」
「そんなもん、王太子殿下と団長命令だっつって牢屋に突っ込んで、任してきたわ。あんな奴の面倒なんざ見る気はない。それよかおまえ、どこに行くつもりだ」
「ルチアを探しに行く」
ルチアの名に、ガイウスの表情が痛まし気に変わる。飄々とした彼には似つかわしくない表情だったが、人一倍ルチアを可愛がっていた彼が、彼女の訃報に傷ついていないわけもなかった。
「嬢ちゃんは──」
「生きてるかもしれない」
「は?」
「俺たちは、ルチアの死を確認していない。髪だけじゃ納得できない。彼女の生死を自分の目で確認しなければ、俺は諦められない。いや、たとえ二度と会えないとしても、彼女を諦めることなんてできないんだ」
鳶色の目に浮かんでいた表情が、俺の言葉を聞くにつれて変わっていく。それは、見慣れた彼のふてぶてしい顔だった。
ニヤリとしか表現できない笑みを浮かべると、ガイウスは俺の肩をバンと力強く叩いた。
「了解。同感だぜ、隊長サンよ。ただ、頭に血が上ったおまえを一人にするのは不安だ。オレも行く」
「同行は不要だ。待つ人がいる人間が、来るべきじゃない」
既婚者である目の前の男は、待つべき人という言葉に一瞬躊躇いを見せたものの、すぐに首を横に振った。
「レナートを通じて事情は話す。アーシアはむしろこの状況を聞いてオレがおまえを放り出したと知ったら、どやしつけるだろうさ。そういう女だ」
揺るがない視線に苦しくなった。言葉の端々から、配偶者への深い信頼が窺える。
「アーシアの両親は魔物に殺されている。一人残される怖さは、オレよりあいつの方が知っている。その上魔物を消して自分のような子どもを生まないようにした嬢ちゃんを探しに行くのに、賛成しないはずもねぇ。それに隊長サン、おまえ一人にしとくのは怖ぇ。鏡見てみろ、すげぇ顔してるから」
苦笑いを浮かべて、ガイウスは俺の頭に手を乗せた。よくルチアに対してやっていたように、そのままわしわしと掻き混ぜる。そこまで身長の変わらない背丈のせいでやりづらそうにしているところで、その行為をわざとやっているのがわかった。彼は彼なりに元気づけようとしているのだ。
「年長者の言うことは聞いとくもんだ。ほれ、一度控室に戻るぞ。オレも荷物取ってくるから。あと、念のため王太子ドノに一筆もらっとこうぜ」
──お父さんって、あんな感じなのかなぁ──
いつか、ガイウスをそう評して笑ったルチア。
ルチアが、彼に懐いたのがわかった気がする。心細いときに力づけてくれるその掌は、少し癪だったが、たしかに幼い頃を思い出させる。
「お~し、それじゃバシッと準備してでるかぁ! 一人で逃げんなよぉ~。おっさんは執念深いんだぞ」
「逃げませんよ。同行、お願いします」
「いやに素直だな」
「あなたのおかげで少し冷静になりました」
「言ってくれるね」
思いがけないが、心強い同行者を得た俺は、手早く準備を済ませると、ガイウスと一緒に旅立った。
「嬢ちゃんと王都を出たときも、この門だったな」
人気のない北門をくぐりながら、ガイウスが笑う。
空を仰ぐと、雲一つない青空が広がっていた。
ルチア。
必ず、君を見つけ出すから、待っていて。