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【挿話】エドアルド、反旗を翻す(2)

 思わず言葉を失ったのは、僕だけではないようだった。背後で息をのむ音が聞こえたからだ。


「あの娘が力を失わなければ、あるいは、そなたが聖女を国に返すと言わなければ殺さなかったかもしれない。力が残っていればそなたと娶わせたし、そなたが聖女を王妃とするならば、力を失ったあの娘はクレメンティにくれてやっても構わなかった。だが、聖女が消えたあと、あの娘だけが残るのは危険だ。この世界において、天晶樹を浄化した“聖女”の存在は大きい。聖樹教の教えを思えばそなたもわかるだろう? 聖女を得なかった王と、聖女を得た英雄。もし、クレメンティが思い上がったら? 貴族たちが奴を抱え上げたら? そう思えば、排除するしかなかった」


 父上は、疲れたような重い溜息をもらすと、瞼を伏せた。


「セレスティーノは……そんな男では」

「あの娘の力は突発的だった。特殊な力だ。クレメンティとの間に子ができても引き継がないかもしれない。だが、もし引き継いでしまえば? あやつに王位を狙う野心がなくとも、その子孫は? 王家は絶対でなければならない。の脇に力がある者が侍るのは幸いである。クレメンティに強い子が生まれ、その子がこの国を支えてくれるならばよい。だが、そなたの子に力がある者が生まれなければ、この国を支えるかもしれないあの娘の子は、“聖女”という一言のせいで害にしかならないのだ。クレメンティの子は力があるものが望ましいが、過ぎたる力を持つことは望ましくない。そなたの治世を脅かすものは、余が連れて行く」

「…………」

「クレメンティのあの娘への執着はただ事でなかった。できれば穏便に済ませたかったが、あの娘も引かなかった。二人を引き剥がすには、ああするしかなかったのだ。あの娘が生きていればクレメンティは探すだろうし、あの娘も声を上げるに違いない。“聖女”が一人しか残らないのならば、他の誰にも渡すわけにはいかぬのだ」


 そこまで告げると、父上は激しく咳き込んだ。背中をさすろうと手を出しかけるが、自分がこの後にしようとしていることを思い出し、そのまま握りこむ。


「あの娘のことは諦めよ。すでに済んでしまったことだ。恨むなら余を怨めと、クレメンティには伝えよ」


 父上は閉じた瞳を再び開けると、僕を見た。同じ色の瞳は、濁っているのに鋭かった。


「父上……いえ、ランベルト王。それでも僕はあなたのやったことは間違っていると思う。王のために国があるのではない。我々は、私利私欲のために罪なき者を手にかけていい存在ではない。王が変われども、国は存在する。あなたは王家と恩人を秤にかけるべきではなかったんだ」

「父を、殺すというのか? エドアルド」

「初めに聖女を殺したのはあなただ、ランベルト・メルキオッレ・バンフィールド。彼女に報いるためならば、僕は父殺しの王の名を冠しよう。これ以上、王家のために血を流させはしない。あなたで終いにする」

「お待ちください」


 懐から出した懐剣の鞘を払おうとしたところで、フェルナンドの制止が入る。


「邪魔をするな」

「エドアルド殿下、あなたが汚名を切る必要はない。陛下をおとめできなかった私にも咎はある。新しい治世に荊の冠は不要です。……陛下、お赦しを」


 するりと懐剣を奪うフェルナンドに、僕は焦って飛びかかった。違う、そういうことを望んでおまえを連れてきたんじゃない!


「待て、フェルナンド!」

「待てません。私も怒っているのです。陛下をおとめできず、恩人である彼女を守り切れなかった。騎士として、人間として、私は自分が許せない。陛下が聖女殺しの罪を背負って逝くのなら、私も王殺しの罪を背負って逝きます。未来を拓くあなたが背負う罪ではありません」


 歴戦の勇者であったフェルナンドに、護身術程度の腕しかない僕ではかなわなかった。呆気なく剣を奪われると、扉の方へ押し出される。


「お戻りください、殿下。あなたはなにも知らなかった。よろしいですね?」

「待て、待てフェルナンド! それはダメだ! 僕はお前を失うつもりはないぞ!」


 緊迫する僕らの間に、突然哄笑が入り込んだ。場違いなほど大きな笑い声に、僕とフェルナンドは一瞬もみ合う手を止める。


「エドアルド、フェルナンドの言う通りにせい。新しき王が背負うには、簒奪の罪は重い。人々はついてこなかろう。それこそ、国家転覆の危機ぞ。魔物の脅威が去って平和になった国に、さらに火種を蒔くつもりか」


 平和になった国の火種。その言葉に僕は唇を噛みしめた。天晶樹が浄化され、魔物がいなくなったこの世界は、新年を前にしているのもあってお祭り騒ぎだ。その中に聖女の謀殺と王位簒奪という血腥い話題が伝わるのは、得策ではなかった。

 だが、このままにするわけにもいかなかった。せめてひそかに埋められているルチアの亡骸を取り返し、きちんと葬らなくては。


「では、父上」


 僕は改めて父上の顔を伺った。どす黒く変色したその顔は、もうその命の火が永くはないということを僕に知らせる。


「母上の眠る、南の離宮へ行ってください。王太子が帰還し、病身の王は静養のため離宮へ移った。そういう体裁をとります。フェルナンド、譲位の手筈を整えよ。おまえが指揮を執り、離宮には何人たりとて近づけるな。王は重い病気である。見舞いは不要。世話をする者も人数を絞れ」


 フェルナンドは僕の宣言に苦い顔をしたが、黙って床に落ちた鞘を拾うと、手の中の懐剣をそれに納めた。膝を突き、恭しく懐剣を捧げると、深く首を垂れる。


「仰せのままに」

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