【挿話】ある夫婦の会話
書籍化という有り難いお話と、現行の欝々とした展開がかけ離れすぎているので、ちょっと挿話を入れてみました。
「そういえば、もう婿殿は帰ったのかい?」
夫に言われ、私は外に続くドアを振り返った。
「もう帰ったよ。もっとゆっくりしてけばいいのに、仕事が詰まってるんだってさ」
「まぁ、聖女様が天晶樹を浄化してくださったんだ。お城の騎士となったら忙しいだろうな」
私の娘婿は、王都で騎士をしている男だ。娘の幼馴染だった彼は、都で騎士になると言って幼い頃この村を出奔し、その夢を叶えて騎士になった。まさか騎士になったその足で妻問いに来るとは思わなかったが、彼の求婚を受け入れ王都に住まいを移した娘は、そこそこ幸せにやっているらしい。親としては嬉しい限りだ。
娘夫婦は里帰りするたびに都の珍しいお菓子や食べ物、布地なんかをお土産に持ってきてくれるのだが、今回単身でやってきた娘婿が持ってきたのは、よもやの人間だった。
驚く私たちに彼は頭を下げ、上司から預かったという金貨が詰まった袋と共に、恩人だという人を託した。
娘婿が三度も助けられたというその人は、どこにでもいそうな少女だった。若い身空で未亡人という、どう見ても訳ありな存在だったが、どこをどうすれば少女が娘婿を助けるシチュエーションが生まれるのか、皆目見当もつかない。よもやの浮気かと疑ったが、神に誓ってそれだけはないと娘婿は言う。
まぁ、娘婿は真面目一辺倒だし、婚家に浮気相手を託すほど馬鹿ではないので、たしかに彼女は恩人なのだろうと受け入れた。
「あのお嬢さんはどうしてる?」
「もう寝かせたよ。具合悪そうだったしね」
ノッテという名のその娘は、ひどく憔悴していた。今にも倒れそうな顔色をしているくせに、丁寧に挨拶をしたのが印象深かった。
「グイドの実家を使わせるんだって?」
「ああ。空き家になって何年も経ってるからね、アンタ明日修繕を頼むよ。私は掃除をするからさ」
純朴そうな雰囲気のその娘は、悪い人間には見えなかった。
短く切られた髪を見るに、連れ合いを亡くしてそう経っていないんだろう。あの憔悴ぶりからすると、もしかしたら送った直後なのかもしれない。
「可哀想にねぇ」
彼女の心境を思うとため息が出る。あの若さだし、新婚早々夫を亡くしたのかも。
「しばらく、そっとしててあげようねぇ」
「おまえ、なにか精のつくものをつくっておあげよ。元気になったら村の若いもんとの再婚を促してみてもいいし」
「アンタ、なに言ってるんだい。あの子にそんなこと吹き込むんじゃないよ。あの髪の長さを見ただろう? 肩まで届いてないし、どう見ても最近死別したばっかといった風情じゃないかい。それなのに再婚を薦めるなんて……女心のわからない人だねぇ」
デリカシーのない発言をする連れ合いを睨みつけると、慌てて両手を胸のところで振り出した。
「とにかく、今はそっとしとくんだよ。未来のことは本人が考えることだ。私らにできることは、この村に馴染むよう、口添えしてあげることだよ」
夫に釘を刺しつつ、私は彼女が眠る娘の部屋を見た。
どうか、今夜くらいはいい夢を見てほしいものだ。