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セレスティーノ、激怒する

 俺は手綱を目の前の厩番に押し付けると、エリク殿の肩をつかんだ。


「本当か!?」

「…………っ」


 ルチアがどうなったのか口にする前に、歪む幼い顔に背筋に絶望が奔る。琥珀色の瞳に水の膜が張るのを見て、頭の中が真っ白になった。


「た、隊長さぁん……」

「どこだ!」

「で、殿下の……部屋。今クマが押さえてるけど、副団長、陛下のところに行くって。ルチア……」


 最後まで聞かず、俺は走り出した。


 ※ ※ ※ ※ ※


「ッ……ざけんな!」


 エドアルド殿下の執務室に近づくと、ガイウスの怒鳴り声が聞こえた。普段フラフラしている様子と違って、激しく激高した声だった。

 礼儀もなにも放り出してドアを蹴破るように開けると、床に尻餅をつく副団長と、がなり立てるガイウスの姿があった。


「あいつが……っ、あいつがどんな思いで浄化の旅を続けてきたのか知ってんのか! たまたま変わった能力ちからを持ってたってだけで、普通の子どもだったんだぞ! 魔物に怯えてんのに、王命だからと懸命に頑張ってたっていうのに、おまえらはあいつにこんな仕打ちをして、恥ずかしくねぇのかッ!」

「……私にとって、王命は絶対だ。王が命じるならば、私はなんでもする。それが王家と我が一族とで交わされた盟約だ」

「馬鹿野郎っ! 王が間違ったことをしたら諫めるのが臣下てめぇの役割だろうがッ!」


 口の端から血を流す副団長と、大きな拳をぶるぶると震わせるガイウスを前にした俺の後ろから、少し遅れて団長と副官殿がやってきた。


「フロリード、どういうことだ」


 普段より低い声は、怒号を堪えているのだろう。あまり怒気を露わにしない団長の怒りを前にしても、副団長は表情を変えなかった。


「私は王命に従ったまで。彼女が、そこにいるクレメンティ隊長との婚姻を諦めていれば、こうはならなかった。……ガイウス・カナリス、どいてもらおうか。陛下に報告をしなければ。殿下、先ほどのものをお返し願えますか?」

「断る」


 こんな事態でも冷静さを失わない副団長の声に、部屋の奥から見たことのない形相のエドアルド殿下が進み出てきた。


「父上は間違っている。こんなこと許されるわけがないし、僕は許さない」


 エドアルド殿下の手で、見慣れた長い栗色が揺れた。それに絡まるように見える、淡いピンク。


 ──ルチア。


「人でなしッ! こんな世界、救うんじゃなかった……! あんたたち、鬼よ! ルチア返してぇ……っ」


 床に這いつくばるような格好で、聖女様が吠える。


 ルチア。


「セレスティーノ!」


 弾かれるような団長の声と、刃と刃がぶつかり合う音に、瞬間我に返る。


「落ち着け! さすがにそれはまずい! 奴にはまだ訊きたいことがある!」


 背中に副団長を庇うようにして俺の剣を受ける団長の姿に、けれども俺は冷静になんてなれなかった。


「どいてください。殺せない」


 ルチア。


「王命がなんだっていうんですか。そんなの俺には関係ない。どいてください」

「ダメだ、それではきみの命も危うい」


 交差する剣の向こうから、新緑の瞳が諭してくるが、その言葉は到底受け入れられなかった。


 ルチア。


「彼女がいない世界に未練はありません」


 君に綺麗にしてもらった世界が、その代償として君を奪ったというなら。


 俺はそんな世界はいらない。

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