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ルチア、すべてを失う

「フロリード、連れていけ。処理は任せる」

「御意」

「待ってください! お願い、待って!」


 まったく想像もしていなかった展開に、わたしは御前なのも構わず声を荒げました。

 なんで? なにが起こっているの? なんで? どうして?

 そんな言葉がぐるぐると頭を駆け巡るのに、アストルガ副団長は待ってはくれません。わたしの腕を無造作に掴むと、引き摺るように入ってきたドアとは違うドアから出ていこうとします。


「陛下、わたしがなにをしたっていうんですか! 力を失ったことが罪だというんですか!」


 どんなに問いかけても、完全にわたしの存在をないものと見なしているのか、もはや陛下は視線を送ることすらしませんでした。


「放して! 誰か! 助けて!!」


 死に物狂いで抵抗しますが、アストルガ副団長の力は強く、振りほどくことも足を止めさせることもできません。

 身体の奥底から叫んでも、その声はどこにも届きませんでした。先程通った豪華に整備された廊下ではなく、絨毯もなく磨き上げられた大理石でもない、つめたく冷えた石造りの狭い廊下を引き摺られながら、それでもわたしは誰かに届くことを願って叫びました。


「助けて! セレスさん!」


 けれど、わたしの声はどこにも届きませんでした。


 長い廊下を引き摺られていくと、これまた石造りの階段があり、その先は外につながる小さなドアがありました。最初に入ったドアとは違って石で作られたそれは、ごとごとと不吉な音を立てて動きました。

 石の扉が開ききってしまうと、鬱蒼と生えた木々が目に飛び込んできました。王宮内なのに手入れされていないその木々の間に一本の道があり、そこには一台の馬車が置かれています。黒い車両は木でできていて、ドアの外に閂が見えるんですが……どうみても、それは罪人を乗せる馬車です。


 アストルガ副団長は無言でわたしを座席に押し込むと、座席にかかっていた黒いフード付きのマントを頭からかぶりました。


「待ってください、これでどこに連れて行くんですか!? お願い、やめて!」


 必死の嘆願もむなしく、非情にもドアは締められ、閂が下される音が響きました。

 馬車の中は真っ暗でした。旅の間に使った馬車のあったような大きな窓はなく、窓と呼ぶのも躊躇われる細い隙間から入り込む光では、内部の様子はよく見えません。その隙間もガラスで塞がれていて、どれだけ声を張り上げても外に届くとは思えませんでした。


 なんでこんなことになったんでしょう。


 ガタン! と大きな音を立てて動き出した馬車の中で、わたしはひとり途方に暮れていました。


 わたしはなにか悪いことをしましたか?

 力がないことは、そんなにいけないことですか?

 非凡な人たちの間に、力のないわたしがいてはいけないんですか?

 身分って、そんなにも大切なもの?

 同じ人間なのに、わたしは使い捨てられてもいいというんですか?


 わかりません。


 だって、皆さんは仲間だって言ってくれました。

 マリアさんは親友だって言ってくれました。

 殿下はわたしを認めてくださいました。

 団長様やレナートさん、ガイウスさん、エリクくんたちはありがとうって言ってくれました。


 セレスさんは、他でもない、わたしを選んでくれたのに。


 なんで?


 ※ ※ ※ ※ ※


 どれほど進んだのでしょうか。時間の感覚がなくなった頃、不意に馬車が停まりました。


「……降りろ」


 感情のこもらない声に、わたしは伏せていた顔をのろのろと上げました。ドアを開けているアストルガ副団長の顔は、フードに隠れて見えません。

 その背後に広がる空から、わたしは今が明け方だということを知りました。太陽が昇る直前の、なんとも言えない空の色がなんだか怖いのは、多分わたし自身がこれから起きることを感じているからなのでしょう。

 顔を上げたものの動けずにいると、力任せに引き摺りだされました。地面に落ちるように降りた際に脚や腕を強くぶつけましたが、痛みは感じません。


 果実月フリュクティドールの終わりの生ぬるい風が、わたしと副団長の間を抜けました。風は副団長のまとうマントをはためかせ、そのフードを攫います。

 フードの下から現れた瞳は、かすかに揺らいでいました。


「もう、ダメなんですか?」


 唇から滑り落ちた声は、ひどくかすれていました。咽喉が渇いたなぁ、と、場違いな感情が浮かびます。


「王命だ。アストルガ家は王から下されるどんな命令も受ける。それが、たとえ恩人の始末であっても」


 瞳とは違い、揺らぐことのないまっすぐな声音に、わたしはここが最期の場所なのだと悟りました。力なく地面にへたり込むわたしの目の前で、鞘から長剣が抜かれます。

 静かに振り上げられた刃を目で追いながら、わたしはぼんやりその向こうの空へ思いを馳せました。紫紺から薄紫へ、朱を織り交ぜながらもその間からうっすらと覗く青は、わたしの大好きな色でした。きっと、今日もよく晴れるでしょう。洗濯物も、からりと乾くはず。


 ──神様、この世界はこんなにも綺麗なのに、なんでこんなにも哀しいの?

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