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ルチア、マリアとお風呂に入る

 お風呂は気持ちよかったですが、非常に居心地が悪かったです。王宮の豪華なお風呂に入れていただくのはファトナ城に続いて二度目でしたが、アールタッド城は顔見知りがいる中でなので、居心地の悪さはその比ではありません。向こうはわたしを知らないでしょうが、廊下でお見かけしたことがあるなぁって方が混じっていたりすると、もう……なんていうんですか? 本当にどうしていいのやら。

 そんなわたしを心配したマリアさんが一緒にいてくれなければ、もっとまごまごしていたに違いありません。


「ちょっとルチアとのんびりしたいから、皆下がってよ。マッサージとかいらないし。綺麗になればそれで文句はないんでしょ?」


 身体を洗おうと近づいてきた侍女さんたちから布と石鹸の缶を奪うと、マリアさんは手をひらひらとさせて彼女たちを下がらせました。


「えへへ~、一緒のお風呂、久しぶりだよね。やっぱ旅の間はお風呂がないのがキツイや」

「そうですね。野宿も多かったですもんね」

「これで最後かって思うと、野宿も楽しいもんだよね。キャンプみたい」


 お湯に浸かりつつあどけなく笑うマリアさんに、ぎゅっと胸が苦しくなります。そうです。アールタッドに戻ってきたということは、マリアさんとのお別れの時間が近づいたということで。

 さみしいです。マリアさんが元の世界へ帰れることは喜ばしいことなのに、離れ離れになることがとても淋しい。ハサウェスを出たときに幼馴染たちとお別れしたことを思い出して、わたしは思わず涙ぐんでしまいました。セレスさんの前で泣いてからというものの、涙腺が弱くなってしまっていて恥ずかしい。泣いてはダメ。マリアさんは笑顔で送るって決めたんですから。


「えっ、やだ、キャンプだった!?」

「いえ……あの、あの……わたし、マリアさんと」

「あたしと?」

「マリアさんとこうやってお話できるのももう最後なんだなって思ったら、なんだかさみしくて。ごめんなさい、マリアさんが帰れるのはいいことなのに、わたし」


 謝罪の言葉は最後まで言わせてはもらえませんでした。ざぶんとしぶきを立ててわたしに抱き着いてきたマリアさんの方が泣き出してしまったからです。


「あたしだってさみしいよ、ルチア~。もう帰りたくないぃ~」

「マリアさん……」

「でも帰りたいの。離れたくないのに。ルチア連れて帰りたいぃ~。セレス許さない~。はっ、そうだセレス!」

「!?」


 セレスさんを話題に出したマリアさんは、今までしがみついていたわたしの肩を、今度は両手でがしっと掴みました。


「考えたんだけど、あたし、ルチアの結婚式見てから帰ろうかと思って!」

「えぇっ!?」


 まだちょっと涙目のまま、マリアさんは思いがけないことを言い出しました。け、結婚式??


「するんでしょ? やらないわけがないよね。セレスの立場上からいっても」

「う、そ、そうですね……」

「天晶樹の浄化とあたしたちの凱旋。このお祭りムードなときにセレスの結婚とか、盛り上がるでしょ!」


 テンション上がるよね~とご満悦なマリアさんですが、多分世の女性陣のテンションは盛り下がると思いますよ……“竜殺しの英雄”の人気は高いですからね。


「あたしもエドと結婚してから帰ろうかな~……なんちゃって!」

「えっ、マリアさんも結婚するんですか??」

「しないわよ、多分。だってエドと結婚したら帰れそうにないもん。ここの王様、強欲そうだし。偉そうよね。何様だっていうの。あ、王様か」


 けらけらと明るい笑い声をあげるマリアさんですが、たしかにすんなり帰れるとは思えませんよね。殿下はきっとマリアさんの希望を優先して帰してあげると思うんですが、引き留める人がいないとは限りません。


「まぁあたしのことはいいよ。それよりルチアでしょ。あたし、ルチアの花嫁姿の写真撮って帰りたい! スマホの電池まだ生きてるといいんだけど。電源落としっぱなしで半年も放置したことないからさ~、あとで確認しなくちゃ。皆の写真も欲しいな」

「しゃしん?」

「うん。ああ、ルチアは見たことないか。エドとフェルには見せたんだけどね。あたしの世界の……なんだっけ、自画像じゃなくて……そうそう、肖像画みたいなやつ。あ、風景撮ることもあるのか。なんて言ったら伝わるかな……すごい精密な絵? この見た映像そのままが残るんだよ」

「それはすごいですね!」

「この世界、魔法があるわりにはそういうのないもんね。科学の進歩が遅れてるっていうか」

「エリクくんが見たら喜びそうですね、それ」

「あはは、エリくんなら“実用化する!”って研究材料に取り上げられそう!」


 わたしたちは、その後とりとめもない話を交わしながら、つかの間の休息を楽しみました。ここから出たらこんな風にマリアさんと親しく話す機会も取れないと思うと、すごく貴重で、かけがえのない時間でした。


 そんなわたしの予想は当たっていて、湯殿から出たわたしたちは別々に連れ出されました。


「ルチア・アルカですね。こちらの服に着替えてください。わたしたちは他に仕事があるので、これで」


 部屋まで案内してくれた侍女さんは、わたしに馴染み深い洗濯婦の制服を手渡すと、そそくさと部屋を出ていきました。謁見の準備で忙しいんでしょうね。


「なんだかちょっと懐かしいです」


 一人になったわたしは、半年前まで毎日袖を通していたグレイのエプロンワンピースを手に取りました。これを渡されたということは、復職可能なんでしょうか。それとも、単に馴染み深い服を用意してくれただけ?

 なんにせよ、これで問題ないというなら構いません。着慣れた制服を身に着けると、壁の大きな鏡で髪の毛を整えます。セレスさんからもらった花模様のリボンを結びなおすと、見慣れた自分の姿がそこにありました。謁見とかなしで、このまま水場に直行した気分です。


「支度はできましたか? 皆様がお呼びですので、早くついてきてください」


 わたしの支度が終わるのを見透かしていたのでしょうか。絶妙なタイミングで侍女さんが呼びに来ます。拝謁する前に皆さんと合流できるのでしょうか。

 着慣れた制服の安心感でしょうか。わたしは身支度を整える前とは打って変わった安心感を抱きつつ、再び皆さんの待つ部屋へ向かったのでした。

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