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ルチア、帰還する

 アールタッドを出てからメーナールの天晶樹までたどり着くまでには三ヶ月以上かかりましたが、メーナールからアールタッドに戻るために費やした日にちは、およそ一月半ほどでした。陽射しも和らぎかけた果実月フリュクティドールの終わり、そろそろ年が変わろうかというとき、わたしたちはようやく出発点であるアールタッド城に戻ってきたのです。

 国境を越えたときにわたしたちを迎えてくださった兵士隊の方たちが、一足早く王都へ知らせを送っていたようで、城門前の中央広場にはたくさんの人たちが詰めかけていました。皆さんは口々にマリアさんや殿下を褒めたたえています。もちろんセレスさんを称える声もたくさん聞こえてきました。


「すごいですね……」

「オレと嬢ちゃんが出立したときは北門から出たもんな。南門から聖女様御一行が出たときはこんな感じの騒ぎだったぞ。隊長サンのこと見送らなかったのか?」

「あの日は洗濯してました。まさかセレスさんがその一人だと思いませんでしたし」

「嬢ちゃんらしいな……」


 人気者であるセレスさんの馬にわたしが同乗していてはいらぬ混乱を巻き起こすだろうと、アールタッドが近づいてからはわたしは再びガイウスさんの馬に乗せてもらっています。セレスさんは不服そうでしたが、国境を越えてからすぐではなく、王都が近づいてからとすることで妥協したと言っていました。

 わたしもセレスさんと一緒の方が嬉しいのは確かでしたが、“竜殺しの英雄”の馬に堂々と人前で乗れる度胸がまだなかったので、こうやってまたガイウスさんにお願いしたのでした。マリアさんには「婚約者なんだから胸張ってなさいよ」と窘められましたが、いきなり自信はつかないんですよ……。


「聖女様! 聖女様ありがとうございます!」

「エドアルド殿下万歳!」

「きゃあ、セレスティーノ様よ! セレスティーノ様ぁ~!」


 けれど、その判断は間違っていなかったと、王都に入った今は断言できます。危険です。この状態でセレスさんにくっついていたら、暴動の一つや二つ起こりそうです。ただでさえ「あれ、あんなメンバーいたっけ?」といった視線が、ちょいちょいわたしとガイウスさんに投げかけられるんですよ。そりゃそうですよね。出発のときいなかったんですもん。皆さんわたしたちが一緒なことは知りませんよ!


 しかしそんな中でした。


「ルチア!」

「おかえり~! ルチアちゃん!」

「待ってたよ~! ルチアちゃ~ん!」

「おかえり!」


 耳に飛び込んできた聞きなれた声に、わたしは弾かれるようにその持ち主たちの姿を探します。


「キッカさん! ジーナさん、ジーノさん! ロッセラさん!」


 わたしに向かって大きく手を振る四人の姿に、胸が熱くなりました。帰ってきたんだ、と実感します。

 そう、帰ってきたんです。わたしたちの旅は、終わったんです。

 キッカさんたちに手を振り返しながら、わたしは思わずその感慨深い思いを吐き出していました。


「終わったんですね……」

「そうだな。嬢ちゃん、頑張ったもんな。ホントありがとな」


 ぽん、と頭にその硬い掌が乗せられると、そのままぐしゃぐしゃっと掻き混ぜられました。衆人環視の中でやられて気恥ずかしい反面、そのてらいのない暖かさに嬉しさもあふれてきます。

 

「ガイウスさんもありがとうございます。ガイウスさんがいてくれてよかったです」

「嬢ちゃん、馬にも乗れなかったもんな」

「今も一人じゃうまくは乗れないですよ。もっと練習すればよかったかもです」


 一応休憩時間なんかに教えてもらったんですが、ガイウスさんやセレスさんのように悠々と乗れるほど上達はしなかったんですよね。やっぱり持ち前の運動神経やらセンスやらの問題なんでしょうか……。


「そういや式はいつなんだ? 準備の手伝いが必要だったらいくらでも声かけろや」

「まっ、まだなにも決まってないですよ!」

「そういやちゃんとした腕輪もまだもらってないもんな」


 ガイウスさんの指摘に、わたしは左腕に嵌めた木の腕輪に視線を落としました。セレスさんが手ずから作ってくれた、大切な腕輪。わたしはこれで十分倖せなんですけど……。


「わたしから贈る分もあるので、セレスさんの残務が落ち着いたら一緒に街に買いに行く予定なんです」

「“竜殺しの英雄”が婚約者を連れて現れたとしたら、街は大騒ぎだろうな」

「言わないでください……」


 騎士団の第三隊隊長だけあって、セレスさんは帰ってきてすぐ自由時間が取れるわけではありません。留守の間は副隊長さんが隊長代理を務めてくれていたそうですが、それでもしばらくは隊の詰め所に寝泊まりする羽目になるかも……とため息をついていたことが思い出されます。とりたてて急ぐことではないのですが、いつまでも銀ではなく木製の腕輪をつけさせるのは心苦しいとセレスさんが言うので、自由時間が取れ次第見繕いに行くことになっていました。


「でも、お家のこと、本当にいいんですか?」

「おうよ。隊長サンが一緒に回れるまで、オレと嫁さんが手伝ってやるよ。功労者に対してそんなことするはずねぇとは思うが、万が一単身寮をすぐ追い出されるようでも、ウチに泊まりゃいいしな」

「必ずお話を通して、了承を得てくださいね。勝手に話進めちゃダメですよ。奥様、びっくりしちゃいますからね。わたし、一人でも大丈夫ですし」

「嫁さん、世話焼きたがりなんだよ。来るたびあれやこれややるもんだから、レナートなんてウチになかなか寄り付かなくなったくらいだぞ。第一、家がなくて困った娘っ子を見捨てるような奴じゃねぇ」


 失職していてもすぐに単身寮を追い出されることはないと団長様たちも言ってくださっていますが、一緒に住むならどちらにしろ家は探さなければいけないだろうという話になり、それなら伝手があるから手伝ってやるとガイウスさんが名乗りをあげてくれたんですよね。ですが……奥様まで巻き込むとなると話は違います。本当に甘えてしまっていいのか悩みますが、とりあえず話だけ通してもらうことになっているんです。

 なんだか、アールタッドここを出るときには思いもよらなかった展開に、不思議な気持ちになります。

 あのときはまさかセレスさんと婚約することになるとは思いませんでしたし、“聖女様”とお友達になるとも思いませんでした。そして、“シャボン”が使えなくなるとも、思っていなかったんです。

 人生、なにが起こるかわからないものですね。

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