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ルチア、今後の心配をする

 その後、どれだけ時間が経っても魔力回復薬を飲んでも、わたしの能力ちからは消えたままでした。

 少しも動かない計測器のメモリに、エリクくんはセレスさんの指摘した通り天晶樹の浄化が終わったことで能力が消えたのだと、そう結論付けたようで、数日後、言いづらそうに計測の打ち切りを言い渡されました。


「消えちゃったんですね……」


 馬の背に揺られながらぼんやりしていると、背後のセレスさんがぎゅっと支える腕に力を籠めてくれました。言葉ではなくても気にかけてくれていることがわかったので、なんだか嬉しくなります。その気持ちに甘えて、そっともたれかかってみました。

 甘える相手がいるっていいですね。甘えることを許してもらえるって、こんなにも安心するんだと、そう実感します。


「なんか、実感がないです。小さな頃からずっとあった力なのに、なくなってもこう……悲しいとか、感じないんです。ただ、なくなっちゃったんだなぁって」


 物心ついたときにはすでにあったシャボン玉の魔法。けれど、それが見えない力なせいか、シロがいなくなったことより悲しみや喪失感は感じません。


「ないと、困る?」


 セレスさんの問いかけに、改めて考えてみます。困る……困ること。なくなって困ることは……。


「落ちない汚れがあったときに困るかなって思ったんですけど」

「うん」

「でも、魔物が暴れなくなったとしたら、隊服もそう汚れませんよね」


 シロや襲ってきた竜が消えた後、どれだけ行程を経ても魔物の影すら見かけません。もしかしたら消えてしまったのかもとエリクくんが推測していましたが、もしそれが本当だとしたら、もうあの蒼い汚れを落とすこともないのかもしれません。


「となると、あまり困りません」


 そう、困らないんですよ。それがなくなったと聞かされても悲しく思わない一番の原因かもしれません。


「ルチアはあまりあの魔法に頼らなかったんだね」

「まぁ、汚れを落とすだけのショボい魔法でしたしね、元は。魔物に効果があるなんて、思ってもみませんでしたし」


 ショボい魔法という単語に、背中越しにセレスさんがくすっと笑ったのがわかりました。


「我らが聖女様は自分の力を過小評価するね」

「わたしは聖女様じゃないですってば。もう、普通の、なんの力もない一般人です」


 ──非凡な力がなくなれば、後に残るのは、平凡な“わたし”という存在だけ。

 でも、元々そんなものでしたしね。とりたててショックは受けません。


「ああ、でも“シャボン”がなくなったら、もうお城で雇ってはもらえないでしょうか。洗濯婦は一旦退職してますしね」


 もうアールタッドを出て三か月以上経っています。騎士団が存在している中、その間わたしのポジションが空席になったままとも思えません。そして付加価値シャボンがなくなった今、復職できるとも思えないんですよね。


「新しくお仕事探さないと」

「王命で旅に加わったんだから大丈夫だと思うけど」

「でも、わたしがいないと騎士団付き洗濯部は人数減ったままで回さなきゃいけなくなるんですよ。わたしも前任者の方が辞められた穴を埋める形で入ってますし、洗濯物は待ってはくれません」


 わたしの返答に、セレスさんはうーんとうなり声をあげました。「仮に復職できなかったとして」と前置きすると、セレスさんは少し照れたような声で続けます。


「ルチアが働きたいならとめないけど、俺は家にいてくれてもいいなぁ」


 家! セレスさんの言葉に、わたしは忘れていた事実を思い出しました。そうでした、洗濯婦を辞めたんですから、単身寮も出なきゃまずいですよね。まずは家探しから始めないと路頭に迷います! お給料は借金返済に回していたので、貯金なんてほとんどないです。報奨金がいただけるって話でしたから、それでまずお家とお仕事を探さないと……!


「家、探さないとです!」

「そうだね。ルチアはどういうところがいい? 俺はアールタッド城に近ければどこでもいいよ。急な呼び出しもあるし、あまり離れられないのが申し訳ないんだけど」

「お城の近くは無理です。高いですもん。ていうか、無職のわたしに王都で家が探せるか……」

「家賃の心配はいらないって」

「なんでですか?」

「え?」

「え?」


 驚いて振り返ると、セレスさんもまた驚いた顔をしていました。


「あの、確認するけど」

「はい」

「ルチア、俺の奥さんに……なってくれるんだよね?」

「それは、もちろんそうですけど」


 なんで不安げに訊くんですか?

 わたしが頷くと、セレスさんは安心したようにためていた息を吐きだしました。


「ああよかった。婚約が夢だったとかいったらどうしようかと思った」

「夢だったらわたしもどうしようかと思っちゃいます。でも、婚約してるからと言って、わたしの住むところの家賃をセレスさんに出してもらうわけにはいかないですよ」


 そこまで甘えるわけにはいかないと断るわたしに、セレスさんは緩く首を横に振りました。


「俺はさ、ルチア。ルチアさえよければすぐにでも籍を入れていいと思ってるし、君が洗濯婦を辞めて住んでいたところを引き払わなきゃいけないなら、俺も一緒にって思うよ。だって」


 柔らかく笑って、セレスさんは低くわたしの耳の傍で囁きます。


「一緒にいられないのは淋しい」

「…………!」


 一瞬で真っ赤になって俯くわたしに、セレスさんは笑い声をあげます。もうっ! いじわるなんですからっ!


「まぁ、俺は家にいてくれて構わないっていうか、いてくれると嬉しいなって思うけど、ルチア以前働くのが楽しいって言ってたよね。だから仕事は探すんだろうけど、探すとしてもアールタッドで探してほしいなって思う訳。魔物討伐がなくなっても、基本第三隊おれら王都アールタッドを離れられないからさ」

「ありますかね」

「ゆっくり好きな仕事を探すといいよ。君が、やりたいと思える仕事をね」


 やりたいと思える仕事。そう言われてしまうと困ってしまいます。だって、今まで生きるための手段としてやってきたので、特に希望を持ったことがなかったんです。


「なんでもいいから手あたり次第とか、賃金が高いからキツイ仕事をするとかじゃなくて、面白そうとか、興味があるとか、もっと気楽な気持ちで探してごらんよ。アールタッドはバンフィールドの王都なだけあって、いろんな仕事があるよ」


 君には色んな可能性があるんだから、と、セレスさんは目を細めてわたしの頭をなでてくれました。

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