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ルチア、跪かれる

「これ……もしかしなくても、“天晶樹の雫”、だよね?」


 マリアさんから金色の石を受け取って観察していたエリクくんが、その雫型にため息をつきました。どうしたら手に入るのかわからなかった、マリアさんが帰るために必要なアイテム。三本の天晶樹を浄化した途端現れたそれは、まるで聖女がお役目を果たしたといわんばかりです。


「ルチアが持ってるそれは……」


 痛ましそうな表情で、エリクくんは続けてわたしの掌を覗き込みます。そこに転がるうっすらと金色を帯びた白い魔石にそっと指を這わせると、その琥珀色の瞳が潤みました。


「シロ」


 エリクくんの口から洩れたその名に、胸が痛みました。消えてしまった小さな竜。生まれたときよりだいぶ成長したものの、その姿はまだ成竜とは程遠い姿でした。まだまだ一緒にいれるはずだったのに。


「ありがとう、シロ。聖女サマとルチアを助けてくれて。ボクたちの世界を守ってくれてありがとう」


 シロをなでるように優しい手つきで石の表面をなぞると、エリクくんはわたしを見て笑いました。


「泣いてちゃだめだよ、ルチア。別にルチアがなにかしたってわけじゃないじゃん。気になるなら、お礼を言ったらいいんじゃない? 謝るよりよっぽどシロは喜ぶと思うけど?」


 泣き笑いの表情で、エリクくんは居住まいを正しました。そのうしろから、団長様がレナートさんとガイウスさんを従えてやってきます。


「マリア様、ルチア様」


 わたしとマリアさんを前にすると、団長様は地面に膝をつき、深々と頭を下げました。そのうしろにレナートさんとガイウスさん兄弟が、さらにはわたしの隣にいたセレスさんまでもが同じように頭を下げています。

 騎士団の四人にエリクくんが倣ったところで団長様が口を開きます。


「世界を救ってくださり、ありがとうございました。マリア様は異世界よりお連れすることになってしまって、誠に申し訳ありませんでした。我が剣はすでに国に捧げておりますが、これからどこにおられても、我が忠心はお二人に」

「えっ」

「はぁっ!?」


 殿下に寄りかかるようにして泣いていたマリアさんでしたが、思いがけない団長様の言葉に、ぽかんと口を開けました。わたしも同じような顔をしていたと思います。だって、突然そんな畏まれても、どう反応していいかわかりません!


「待ってよ、いきなりなんなの!」


 あわあわしながらマリアさんが悲鳴を上げます。


「なんなの? ちょっと頭上げてよ気持ち悪い!」


 気持ち悪いと一刀両断したマリアさんに、寄り添っていた殿下が吹き出しました。


「気持ち悪いって……ひどいなぁ、マリア」

「だって!」

「城ではこうやって騎士たちを跪かせてたじゃないか」

「やめて! 黒歴史掘り返すのやめて! あのときのあたしは調子に乗ってたのよぉおお~!」


 頭を抱えるマリアさんを後目に、笑いを噛み殺した殿下が同じように跪きます。そうしてマリアさんのスカートの裾に軽く口づけると、裾に指をかけたままエメラルドの瞳を細めました。


「聖女マリア、君のおかげで世界は救われた。改めて礼を言わせてほしい。ありがとう」

「エドまで!」


 困り切ったマリアさんに華麗な笑顔を見せると、殿下は一度立ってわたしの方へやってきました。え、待ってください! 今みたいなのはほんと困るんですけど!?

 けれどもわたしの願いは届かず、殿下は……あろうことかわたしごときの前に跪いてしまいました。


「聖女ルチア」

「やっ、殿下、頭を上げてください! わたし、聖女じゃないです! そんな風にされるほどじゃ」


 同じようにしゃがもうとしたわたしを手で制すと、殿下は言葉を続けられます。


「君にも色々苦労をかけた。マリア同様、つらい目に合わせてしまってすまなかったが、世界を救ってくれてありがとう」

「いえっ、わたしはなにも」

「父上にも進言させてもらう。なにか要望はあるだろうか? もちろんセレスティーノとの結婚については恙なく執り行えるよう手配する。聖女と英雄の結婚に口を挟むものなどないだろう。そのほかに、なにか?」


 思いがけない申し出に、一瞬頭が真っ白になりました。


「聖女じゃないです、わたし。セレスさんとの結婚が許されるなら、それで十分です」

「ちょっと、ルチア!」

「だってそうですよ。“聖女”として招ばれ、送り出されたのはマリアさんです。帰ってきたときに聖女が増えてたら皆さん驚いちゃいますよ。大体、わたしガイウスさんとこっそり出てきたんです。お城の一部の方たちには送り出してもらったんですけど、ほとんどの人が知らないと思いますよ。今までの行程も聖女はマリアさん一人で来てますし、いきなり増やしたら混乱します!」


 マリアさんは不満げにしますが、一人だった聖女が二人になって帰ってきたら、皆さん驚きますよ。わたしだってびっくりです。顔すら知られていない人物が聖女ですって出てきても納得できませんし。


「それに、帰ったら報奨金がいただけるって伺ってます。それで借金が返せるならそれで十分ですよ」

「借金……」

「え、ルチアその年で借金持ち?」


 借金の一言にまわりがざわつきます。そういえば借金があること、特に言わなかったですね……。身の上話もした覚えがないので、セレスさんくらいしか知らないことだったみたいです。


「お母さんのお薬代と、生活費を借りてて。お家の代金とお城でのお給金とで大半返してはいるんですが」

「どんだけ莫大なのよ!?」

「お家は古くて、ほとんどお金にならなかったんです。薬草を摘みに行って節約もしてたんですけど、お医者様の代金が結構高くてですね、身売りする羽目になりかけたんですが」

「えッ!」


 ──そういえばここまで詳しい話はセレスさんにもしてなかったかもしれません。顔色を変えたセレスさんに慌てつつ、わたしは急いで訂正します。


「いえ、お城のお仕事を紹介してもらったので、娼館へは行かなくてすみました」

「あんた……めちゃめちゃハードな人生送ってんのね……」

「ともかく、借金も返せそうですし、その……欲しいものはもうもらっちゃいましたし、特にないんです。あえて言うなら表舞台に出ないでいいならその方がありがたいなぁ、くらいな」


 今まで通り暮らせれば特にないです、と締めたわたしに、殿下は「欲がないな」とため息をつかれました。欲がないわけじゃないんですが、最大の欲はセレスさんが叶えてくれたので他に思いつかないだけなんですよね……。

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