ルチア、旅の目的を達する
現れた七色の光は、わたしも魔物も天晶樹もすべてを呑み込んで天を衝き、世界をその色に染めました。光っているのは感じるのに、まぶしくはありません。ただキラキラと光るその光に目を奪われるだけです。
「!」
はっと気が付くと、目の前に迫っていた黒い竜の輪郭が、ぼんやりと光に溶け出しました。ゆるり、と溶け出したそれは、あっという間に形をなくし、竜は跡形もなく光に還っていきます。
「魔物が……」
魔物が消えたということは、これは浄化の光? マリアさんの力なんでしょうか。ああ、でもこの色は“シャボン”と同じ色です。つまり、わたしとマリアさんの魔法が融合した?
わたしはマリアさんと繋いでいる手を見ました。手を繋いだから? それとも一緒に唱えたから? 今までにない効果に、戸惑いが隠せません。
そう思ったときです。マリアさんと繋いだ手と逆の方。シロを抱えていた手からふっと重みが消えました。普段なら飛んでマリアさんの方へ行ったのかと思いますが、目の前で消えた竜を見た後です。弾かれるように振り向くと、ゆっくりと輪郭を失っていくシロの姿が目に入りました。
「シロ!」
わたしの声に、マリアさんの悲鳴が重なります。
「やだ! シロ!!」
「きゅわ……」
「いやっ! 待ってください……!」
マリアさんの細い指が触れた瞬間、シロは小さな鳴き声を上げると、止める間もなくするりと光に溶けてしまいました。ころん、とわたしの手に小さな丸い石を遺して。
「いやぁあああっ!」
上げた悲鳴はわたしのものだったのでしょうか。マリアさんのものだったのでしょうか。その声に呼応するように光は強くまぶしくなり、目を開けていることすらできなくなります。
そして。
再び目を開けると、そこには輝きをまとった天晶樹があるのみでした。黒く凝った靄はすでに消え、いくつか生っていた卵果もその姿は見えなくなっています。
まるで幻のように消えてしまった二頭の竜の面影を探すように、わたしは掌の石を眺めました。魔石によく似たその石は、シロの鱗の色をしています。そして真ん中には、その瞳を思わせる金の光がうっすらと透けて見えました。
「え……シロ、どこ行っちゃったの……? シロ? どこ?」
頼りなげなマリアさんの小さな呟きに応える声はありません。周りを見渡しても、小さな愛らしい仔竜の姿はどこにもないのです。
「シロ……!」
へなへなと地面に膝をつくわたしの横で、マリアさんは激昂して目の前の天晶樹の幹を叩きました。
「返して! 返してよっ! なんで消しちゃうの? あの子、悪い魔物じゃないよ!? さっきの黒いのと違うの見てわかるでしょ! 大事な子なの! 返してよぉっ!」
マリアさんの泣き声を聞きながら、わたしは掌に残された水晶を握りしめました。なんで? なんで消えてしまったんですか? マリアさんが言う通り、シロは人を襲う魔物じゃないです。孵ってからずっとわたしたちと過ごしている仲間なんです。
「痛っ」
「マリアさん!?」
「今、なにか降って……って、なにこれ?」
天晶樹の根元に落ちたなにかを拾い上げたマリアさんは、頭のてっぺんをさすりつつ、まじまじとそれを観察します。
「なんか……金属? 石?」
涙を流しながら、マリアさんは指でつまんだそれをわたしたちの方へ向けました。雫型のその石は、マリアさんの光魔法のような金色をしています。
「ちょっと見せて!」
エリクくんの声に引き寄せられるように、わたしたちは靄の消えた天晶樹の根元に集まります。エリクくんはマリアさんの手から雫型の石を借りると、矯めつ眇めつ余すところなくその様子を観察します。
「ルチア」
背中に温かい掌を感じて顔を上げると、真剣な顔をしたセレスさんでした。
「大丈夫?」
「はい。でも、シロが……」
シロの名前を呼んだ途端、涙が出てきました。
「わ、わたしが、力を借りたのが悪かったんでしょうか? シロ……消えちゃっ……」
「そんなことはないよ」
頭を引き寄せるように抱きしめられますが、涙は止まりません。セレスさんの服を濡らしてしまうな、と頭の片隅で思いつつ、そのまましゃくりあげます。
シロ、ごめんね、シロ。ごめんなさい。消えちゃうなんて思わなくて、安易に力を借りてしまってごめんなさい。
後悔しても、謝っても、魔石になってしまったシロは戻りません。どうしようもない思いを抱えて、わたしもマリアさんも、ひとしきり涙を流したのでした。