ルチア、マリアと手を繋ぐ
「ねぇ、これで最後だし、この樹は一緒に浄化しない?」
にこりと愛らしい笑顔を浮かべると、マリアさんはそう提案してきました。
「最初の樹はルチア、次はあたし。あたしたち二人とも聖女っていうならさ、最後は一緒にやるってのが筋でしょ?」
それに、とマリアさんは少しはにかみながら言葉を継ぎます。
「友達となにかを一緒にやるってさ、ちょっと憧れてたっていうかぁ……そのさ、ルチアと、思い出がほしいなって」
「わたしもっ……わたしも、マリアさんと思い出、ほしいです。マリアさんさえよければ、ご一緒してもいいですか?」
「いいから誘ってんでしょ! んもう、遠慮しぃなんだから!」
「きゅきゅっ」
「はい、シロも力を貸してくださいね」
すいっと降下してきては、自分も混ぜてと言わんばかりに身体をこすりつけるシロに、わたしはお願いをします。二人で浄化をするとどうなるかはわかりませんが、マリアさんと比べて魔力量の少ないわたしが倒れて迷惑をかけないためには、シロに協力してもらわないとダメです。
「よろしくお願いしますね」
「あたしこそ」
「きゅっわ~!」
マリアさんとシロと協力を誓い合っていると、あたりに結界石を置いて回っていたエリクくんが戻ってきました。結界内にある天晶樹に生った卵果から生まれる魔物には意味はありませんが、普段野宿をするときのようにあたりに設置しておくと、大抵の魔物は近寄ってこれないそうです。
「置き終わったよ。まぁもうあんまり魔物も見ないから、意味ないかもだけど」
「浄化前に調査しますか?」
「うん、ちょっと見てみる。まぁ、“浄化を終えた聖女の帰還アイテム”だし、天晶樹の浄化が終わると出てくるのかもだけど」
首をかしげながら、エリクくんは黒い靄に包まれた天晶樹へ近づきました。手の届く場所の葉を引っ張ってみたりしますが、見た感じ結果は思わしくないようです。
そうこうしているうちに、あたりの警戒に当たっていたガイウスさんとセレスさんが戻ってきました。
「特になんもいねぇぞ」
「団長、先ほど見かけたトゥルフ・トロイトも、今は近くにいないみたいです」
「そうか。二人ともご苦労だった。あとはレナートだけだが……ああ、戻ってきた」
二人から報告を受けた団長様は、木々の奥のほうから走ってきたレナートさんを見つけて頷きました。これで全員揃いましたね。
「大変です!」
「どうした」
息せき切って戻ってきたレナートさんは、いつもの冷静さはどこかに置き去りにしたようです。若干青ざめたまま、ずれた眼鏡のブリッジを押し上げると、ぞっとするような報告をしました。
「竜が、近づいてきています! この少し先の開けた場所から見えた様子では、ほどなくしてここへ到達します!」
「何体だ?」
「一体。ですが、成体です。アクイラーニを襲ったものと同じ、黒い竜です」
レナートさんの報告に、あたりはざわめきました。竜は凶暴なものの、個体数はそう多く確認されていません。ただ単に人里を襲っていないだけかもしれませんが、その破壊力はアクイラーニの一件で証明されています。セレスさんがとどめを刺したあの竜は、数えきれないくらいの人々の命を奪いました。ここにいる八人だけで勝てるかどうか。
「きゅう」
色をなくしたわたしの腕の中で、短くシロが鳴きました。キリエストの天晶樹に生った卵果から生まれた、白い竜の仔。シロには、どこにも凶暴なところは見当たりません。
自分の心臓の音が聞こえるようでした。シロは、無害です。わたしが、浄化したから──
「……マリアさん」
「な、なに」
「ごめんなさい。天晶樹の浄化、お任せしてもいいですか?」
わたしは、右手でシロを抱えなおすと、空いた左手でマリアさんの手をぎゅっと握りました。かすかにふるえるその手に、力をもらいます。怖いのは、わたしだけじゃない。皆きっと怖いです。大丈夫、できる。できます!
「わたしは、竜を浄化します」
「ルチア!」
「大丈夫ですよ、だって、魔物を鎮めるの、得意なんです。知ってるでしょう? わたしの力は、そういう力です」
わたしはスラリと剣を鞘から払ったセレスさんを見つめながら声を絞り出しました。青空の瞳が、わたしを見ています。だから、怖くないです。ひとりじゃないから。
殿下は、この世界の聖女がわたしで、異世界の聖女がマリアさんだとおっしゃいました。本来天晶樹を浄化する役目は、わたしなのだと。
たしかにこの世界のことはこの世界の人間で完結すべきことです。ですが、同時に二人の聖女が存在する意味は、もしかしたらこういうことでもあったのかもしれません。天晶樹を浄化する聖女と、その聖女を守る存在。どちらがどちらというわけではないです。異世界の聖女の力を借りて、より安全に天晶樹の浄化を果たすために、もしかしたら召喚が可能だったのかもしれません。
「マリアさんは天晶樹の浄化を、わたしは魔物の浄化を。できますよ。シロもいてくれるし、できないことはないです」
レナートさんの報告通り、強く空気を打ち震わす翼の音と、たたきつけるような突風が木立を揺らしました。それと同時に、黒く禍々しい姿が視界に映ります。
「いきましょう、マリアさん」
「……そうね。いくわよ!」
繋いだ手に、再び力が籠りました。わたしたちはひとりじゃない。だから、戦えるんです。
「≪世界の礎たる天晶樹よ、汝に光あれ≫!!」
「≪シャボン≫!」
マリアさんとわたしの声が重なると、虹色の光が奔り、あたりを染めつくしました。