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ルチア、最後の天晶樹の前に立つ

 殿下のお話を伺った野営が終わると、そこから最後の天晶樹があるメーナールまでは特にアクシデントもなく、順調に旅は続きました。落ち込んでいらっしゃるようだった殿下も、事件の話を終えたことで気持ちに区切りがついたのか愁眉を解かれてすっきりした顔になりましたし、様子のおかしかったセレスさんも、あれ以来普段通りの笑顔を浮かべています。ガイウスさんはいつも通りエリクくんかレナートさんと絡んで楽しそうですし、エリクくんは時折手帳を出してなにかを書き留めています。レナートさんはにこやかな笑顔でお兄さんや団長様の相手を務めていて、普段あまりお話をされない団長様も、旅の終わりが近いことで気がゆるんだのか、時折楽しそうにレナートさんと談笑をされている姿が見受けられました。マリアさんはシロを構い倒しつつもわたしとおしゃべりに興じていましたし、皆が皆、普段通りというか、おかしいくらいなにも起こらない日々が続いたのです。


 そうして、とうとうわたしたちは最後の天晶樹を取り巻く森の中へと足を踏み入れました。魔物が出ないのがおかしいくらいなのに、すでに二本の天晶樹を浄化した成果なのか、数匹毒猪トゥルフ・トロイトをちらりと見かけたものの、こちらを襲う様子もなく森の奥へと姿を消す始末です。耳に入るのは地面を蹴る馬のひづめの音に馬車のガタガタという音、そしてのどかな鳥の囀り。強い陽射しは深い森に遮られて肌まで届きませんし、木立を揺らす風は気持ちがいいくらいです。


「怖いくらい静かですね……」


 天晶樹が近づいているというのになにもないのがむしろ不安になったわたしは、思わずそう呟いていました。わたしの呟きに、セレスさんが同意します。


「うん、ほんとだね。こんなに魔物に遭遇しないことなんてなかったから、むしろ不安になるな。この先、なにかあるかもしれないから気を引き締めていこう」

「ですね」


 それにしても、この先にある天晶樹を浄化さえすれば、このたびも終わりなんですね。三本の天晶樹が浄化さえすれば、魔物の横行は収まると聞いています。もう、お父さんのように魔物に殺される人はいなくなるんです。そう思うと、ここにいることがひどく感慨深く感じました。

 もう、わたしのように魔物に家族を奪われる人はいなくなるんです。大切な人を殺されてしまう人や、ひとりぼっちになる子どもが減ることは、とても素敵なことです。それに、魔物がいなくなるということは、魔物退治を主な業務としていたなんでも屋さん──つまりセレスさんが危険にさらされることが減るということです。今のわたしにとって、それはすごく大事なことでした。


「わぁ……」


 あげた歓声は誰のものだったでしょうか。それはその場にいたすべての人のものだったのかもしれません。

 目の前に現れた最後の天晶樹の姿に、わたしたちは歩みを止めました。黒く凝った瘴気をまとう天晶樹が、本来は美しくきらめくことをわたしたちは知っています。そして、その姿が見られるのも、もう間近に迫っていました。


「これが、最後の天晶樹……」


 殿下とともに馬車から降りてきたマリアさんが、おおきな天晶樹を見上げて呟きました。きゃわ、とマリアさんの腕の中にいるシロが、追従するように短く鳴きます。


「近くに魔物がいないか確認してきます」

「ああ。レナート、ガイウス、きみたちも頼む」

「わかりました」

「了解」


 さすがに現れない魔物に不安を募らせていたのか、セレスさんたち騎士団のメンバーが四方に散ります。今までは魔物の警戒より浄化を優先していましたが、“天晶樹の雫”を確認する必要がある今は、安全確認が欠かせません。


「ルチア、これで最後だね」

「きゅあ~」

「そうですね……」


 天晶樹を見上げたまま動かないで、マリアさんがわたしに言葉を投げかけてきました。シロがマリアさんの腕の中から抜け出すと、パタパタと翼を羽ばたかせてその昏い梢に近づいていきます。


「見つかるのかなぁ」

「見つかりますよ、きっと。だって以前も見つかったんですから」


 なにが、とはあえて言葉にしないで、わたしたちは天晶樹の雫に思いを馳せました。そっと頼りなげにおろされていたマリアさんの手を取ると、マリアさんは天晶樹から視線を外してわたしを見つめました。


「あたし、多分一度は帰ると思う。いっぱい考えたんだけどね、やっぱり、どうしても向こうが気になるの。お父さんやお母さんに会いたい。すぐに帰るかまでは決めてないけど……帰ってこれるよね」

「……はい、マリアさんが願うなら、きっと」


 マリアさんは、揺れる瞳でわたしを見つめ続けます。


「ルチアたちとは離れがたいの。それは嘘じゃないの。きっと、こっちで過ごしてもやっていける気はするんだよ? ──でも、やっぱり家族は特別なの。あたしの、一番の味方だったから。さよならも言わないで、二度と会えなくなるのはつらいんだ」


 家族の大切さは身に染みてわかります。会えなくなるなら、せめてお別れを言いたい。そう願うのは、マリアさんが大切に育てられてきた証でもあります。


「帰るときはその場にいてくれる?」

「はい、赦されるなら」

「誰がダメっていっても、あたしが希望するの。たった一人の親友だもん。帰ってくるからさ、見送ってよ。いってらっしゃいって、言ってね。で、帰ってきたら」

「おかえりなさい、ですね」

「うん」


 わたしたちは小さな約束を交わして、再び天晶樹を仰ぎました。

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