ルチア、聖女認定を受ける
射貫くような殿下のまっすぐな視線に、わたしは一瞬なにを言われたのか理解できませんでした。
「マリアの力は水晶を介さなくても使える。きみの力も同じだろう? 他の魔法のように天晶樹の媒介を必要としない特殊な魔法。さらにそれが“洗い流す”能力ときている。実際キリエストの天晶樹はきみの力だけで浄化された。“異世界の聖女”がマリアだとしたら、“この世界の聖女”としてきみがいるんじゃないのか?」
自説を披露される殿下ですが、待ってください、わたしが聖女とか、ないです。だってマリアさんを見てくださいよ? 力があって、可憐な美少女で、いかにも神秘的な聖女様って感じですよね? それに比べてわたしは、どこにでもいるような平凡な人間です。比べようがないです。並べちゃダメです。わたしが聖女を名乗るなんておこがましいことこの上ないです!
ですが、どこかで納得している自分もいることはたしかでした。
わたし自身は平凡すぎて“聖女”と名乗るにはふさわしい存在ではありませんが、わたしのこの力は平凡とは程遠く、他の魔法と違いすぎています。洋服から瘴気に至るまでなんでも洗うことができて、マリアさんの光の魔法と同じく、水晶に触れていなくても発動できます。シャボン玉が出るだけだと思っていた頃には気になりませんでしたが、天晶樹の浄化まで果たしたこの能力は──普通じゃないです。
「僕らは過去の伝承から異世界の聖女ありきで考えていたから思いもしなかったけれど、本来の聖女は異世界人のマリアでなく、きみだったのかもしれない。天晶樹の浄化はこの世界の中だけで完結すべきことで、そのためにルチア、きみの能力があった。千六百年前の聖女召喚のときも、もしかしたらきみと同じ能力の聖女がこの世界のどこかにいたのかもしれない。けれども、聖女は市井に埋もれて見つからず、たまたま召喚された異世界の聖女が天晶樹を浄化した。だから僕らは“天晶樹を浄化するには、異世界から聖女を召喚しなければいけない”と思い込んでいた──」
殿下はそばで立ちすくむマリアさんのほっそりした手を、労わるようにそっと握りました。手に触れられて、マリアさんがきっぱりとしたまなざしで殿下を見上げます。
「あたしは、聖女のスペアだったと? そういうわけ?」
「違う、スペアじゃない。きみも浄化の力を持った聖女なんだ。ただ──“この世界の聖女”ではなかっただけ。もちろんこれは僕の推測でしかない。だが、あながち的外れでもないと思っている。僕たちはもっと努力すべきだったんだ。安易に聖女を招くのではなく、自分たちの手でどうにかできないかと、手を尽くすべきだった。だから……マリア、すまない。本当にきみには申し訳ないことをした。だが、勝手を許してもらえるなら、僕は……きみに会えたことを感謝したい」
「本当に、勝手よね」
「自覚はある。だが、恋情とはそういうものだろう?」
「さぁ、どうかしら? 絶賛恋愛中の誰かさんに訊いてみたら?」
「きみは恋愛中じゃないの?」
いつもの調子に戻ったマリアさんは、呆れたように眉を下げると、くすくすと鈴を振るような笑い声を漏らしました。楽し気なマリアさんの様子に、殿下も笑みを浮かべます。
「え、なに? このタイミングでいきなりいちゃつくわけ?」
「不敬罪でしょっぴかれるぞ、ちびっこ」
「え、だって、今大事な話してなかった? ボクの聞き間違い?」
エリクくんとガイウスさんの会話を耳にしながら、わたしは混乱していました。だって、突然聖女扱いされても困ります。わたし、これからどうしたらいいんですか? こんなお話をするってことは、なにかを求められているんでしょうか??
発端はファトナでの事件のお話でしたよね。で、殿下はそれとともにマリアさんの進退を伺いたかった……傍にいて、一緒に未来を向きたかったから。そしてマリアさんへの贖罪として聖女召喚の秘石を渡そうとされて、その流れでわたしのことを聖女だと、そうおっしゃった。んん? となると、特にわたしに求められていることはない……んでしょうか? 単なる話の流れ?
殿下のお話をどう判断したらいいかわからず戸惑っていると、そっと手を繋がれました。セレスさんです。
見ると、セレスさんはひどく険しい顔をしていました。手を繋いできたからといっても、そこに甘い雰囲気は欠片もありません。
「セレスさん?」
「あ……いや、なんでもない」
顔を覗き込むと、セレスさんはぎこちなく秀麗な顔をゆがませました。笑顔を作ろうとして失敗したようなその表情に、不安が募ります。
「どうしたんですか?」
わたしの問いかけに、セレスさんは答えませんでした。ただ、かすかにわたしの手を握る掌に、力が籠められます。
言いようのない不安を消せないまま、わたしはその手を握り返すことしかできませんでした。