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ルチア、マリアの気持ちを聞く

 殿下の問いかけに、その場にいたすべての人間の視線がマリアさんへ集まりました。もちろんわたしだって例外ではありません。

 マリアさんが帰還するのか、それともこのままこの世界に残ってくれるのか。それは誰もが気にしていたことでした。

「あたし……」


 全員の注目を集めたマリアさんは、少し居心地悪そうにうつむきます。


「あの、悩んでて。それで、仮に帰ったとして、こっちにまた来れる手段はあるのかな、とか……」


 誰とも視線を合わせず、下を向いたまま、マリアさんはもじもじと指にくるくると髪の毛を巻き付けていじっていました。「帰ってもまた来たい」ということなんでしょうか? 今の発言は。

 発言の意図を酌みかねたのはわたしだけではなかったようでした。殿下が優しく、先を促すように尋ねます。


「それは?」

「あのね、あたし、もちろん帰りたいんだけど……でも、こっちの世界にはルチアもエドもいるし、ちょっと離れがたい気もして。その、悩んで、マス……」

「また来れる手段があったら帰ってきてくれるのかい?」

「わかんない……」


 自分の膝を抱きかかえるような形で身をすくめるマリアさんは、ため息に乗せてそう呟きました。


「向こうの世界のほうが住みやすいし、あたしには断然合ってるんだけど、あっちにはさ、皆いないじゃない? だから会えなくなるのさみしくて、決断つかないっていうか……また気軽にこっちに戻れる方法があるならいいな~って思った次第です」


 マリアさんのこの世界への未練は、わたしたちの存在でした。マリアさんの返答に、殿下は少し困ったような笑みを浮かべます。


「マリアをこの世界に招んだ方法はね、魔法陣の上に置いた聖女召喚の秘石に、アカデミア特製の魔力を籠めに籠めた魔石をぶつけるんだ。そう簡単にはいかない」


 殿下の説明に、アカデミア所属の魔法使いであるエリクくんが困ったように眉を顰めるのが見えました。


アレ・・かぁ……。うーん、となると、用意するにはかなりの年数が必要になるよ、聖女サマ。同じ魔石を作るためには、今のアカデミアじゃ人手が足りない。アクイラーニの竜討伐のときに結構な人数が死んじゃったからさ」

「何年かかるの?」

「えー……ざっと計算して七年……ううん、十年はかかるかな。今後力のある魔法使いが現れればもう少し短縮できるかもだけど。元々聖女サマのときの魔石も、来る日に向かって数年かけて準備してたんだよね」


 どうやら魔石を準備するには相当な期間が必要なようでした。顔を陰らせるマリアさんに、申し訳なさそうな表情を浮かべたレナートさんがとどめを刺しました。


「数年後にもう一度呼ぶと仮定して、“天晶樹の雫”が複数個用意できなければ、聖女様は再び元の世界へは戻れないと思います。こちらの判断で再びそのような状況にさせるのは、非常に心苦しいのですが。しかもそのタイミングは、聖女様のご希望には添えません。元の世界に馴染んで幸せに暮らされているところに、再び我々の勝手でお呼びするのはどうかと……」


 レナートさんの言葉にがっかりした表情を浮かべたマリアさんへ、ガイウスさんが非常にも追い打ちをかけます。


「つまり、帰っちまって二度と戻らねぇか、もしくはいったん帰るものの、数年後にはこちらへ戻らされてその後はもう二度と戻れない。どちらかしか選べねぇってことか?」


 カナリス兄弟の指摘に、マリアさんはがっくりと肩を落としました。


「うぅ……。それって、どっちにせよ決断先延ばしにできないってこと……?」

「ですね」

「だな」

「もうひとつ提案がある。確実ではないとは思うが、魔石さえ用意できれば、秘石と魔石をマリアに持たせて帰国させて、帰ったマリアが希望すればむこうから自分でこちらへの扉を開くことはできないだろうか?」


 うなだれたマリアさんへ、殿下が思いもよらないことを言い出しました。


「殿下、秘石は王家の宝です。陛下がお許しになるとは思えません」

「魔石を準備する頃までに僕が王になっていれば問題はなかろう? もちろん、魔石の準備期間にマリアが帰りたいと願うならばその場で還す」

「ですが!」

「フェルナンド、わかっているだろう? 父上はもう永くない。病身を抱えて政務に当たるには、もう無理があるんだ。数年後には代替わりだ」


 首を振る団長様を、殿下は静かな声音で突っぱねました。そこには情は見られず、あくまでも決められている予定を語るような口調でした。

 というか、陛下はご病気だったんですか?? 言われてみれば、あのおつらそうな様子はそうとも思えました。


「ですが──そのやり方でこちらの世界へ戻れるか、確証はないんですよね?」

「ああ。だから賭けになるな。マリアには申し訳ないが」

「エド、その秘石っていうの、大事なものなんでしょ? あたしが持ってくわけにはいかないんじゃ……」

「それは構わない。我が国は今後異世界から聖女を呼ぶことはないからね。この世界のことはこの世界の人間で行うべきだ。大体……」


 わたしの隣でセレスさんが探るような声を上げると、それすら織り込み済みだとばかりに殿下はこちらを向きました。躊躇うマリアさんへ軽く笑いかけると、殿下のエメラルドの瞳はわたしを射抜きます。


「この世界には、この世界の聖女がいるはずだ」

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