ルチア、胸をなでおろす
到着時と違って、出立時の空気は重いものでした。立ち会ってくださった王家の方はダル・カント王とエルアナ妃だけで、ベルナルディーナ姫だけでなくチェチーリア姫もイルデブランド王子もいません。あとは豪奢な服を着たお偉方だろう貴族の方が何名かいるのみです。
「エドアルド王子よ、本当に護衛は不要か?」
「いりません。たしかに我々は少数ですが、ここまでこの人数で無事にやってまいりましたし、人数が増えては行程も伸びましょう。天晶樹の浄化は早く済ませてしまわないと、僕も帰国できませんしね」
「そうか……。そなたたちには色々迷惑をかけた」
「詫びはちゃんと支払っていただきますからお気になさらず」
「……ベルナルディーナはセオトルにある修道院に送った。実行犯たちは」
「その話はここでは。では」
殿下はベルナルディーナ姫たちの話をわたしたちに聞かせたくなかったのでしょう。殿下の制止によって。ダル・カント王の話はそこで終わりました。
それにしても、ベルナルディーナ姫は修道院へ行かされたんですね。誘拐未遂犯さんたちはどうなったんでしょう。アナリタさんたちもなんらかの罪に問われるのでしょうか。侵入するために傷つけられた門番さんも、無事だったんでしょうか。それとも最悪の事態になってしまったんでしょうか。気になることはたくさんありますが、今は訊ける雰囲気ではないです。
わたしたちは改めて挨拶を受けると、それぞれ馬や馬車に乗り込みます。ここへ来るまで馬車の中には乗らなかったマリアさんも、今は殿下と一緒に馬車に乗り込んでいます。わたしはセレスさんの馬に同乗させてもらいました。
旅装を整えてお城を出ると、そこはダル・カントの人々でひしめき合っていました。わたしたちが通る予定の大通り沿いにダル・カントの騎士団の方々が並んでいて、その後ろに隙間もないほどファトナの人たちが詰め寄っています。
「びっくりした?」
背後からセレスさんの声がしました。はい、ものすごく。そしてセレスさんの馬に乗せてもらったことを少し後悔しています。目立ってます、無駄に目立ってますよ、わたし……!
「国の思惑はそれぞれだけどさ、こうやって送り出してくれる人たちを見ると、皆天晶樹の浄化を待ち望んでいるんだなぁって思うよね。彼らのためにも、頑張らなくちゃなって、気が引き締まるよ」
内心冷や汗なわたしをよそに、セレスさんは歓声を上げる人たちへ、にこやかに手を振り返しながらそう呟きました。
でも、本当にそうですよね。天晶樹の浄化が果たされれば、皆魔物に怯えなくて済むんです。怖い思いも、お父さんのように魔物の手にかかって亡くなることもないんです。わたしも、マリアさんを支えて頑張らないと!
皆さんに見送られつつ、ファトナの城門をくぐります。結界のない城門の外は、まだ魔物の影響があるかもしれないということで、途端に人気がなくなりました。
外はいい天気です。むしろ暑いくらい。まっすぐ伸びた街道も白く乾いています。さわやかな風が木々の梢を揺らして、魔物が出るなんて嘘みたいな光景です。天晶樹の浄化が終われば、こののどかな光景に、今は見えない人々の姿が加わるんでしょうね。
「ルチア」
のんきにあたりを眺めていたら、背後にいたセレスさんにぎゅっと抱きしめられました。片手に手綱を持ったセレスさんは、空いた方の手でわたしの身体を支えるようにして抱き込んでいます。周りの目が気になってきょろきょろとすると、いつの間にか他の皆さんは先に進んでいて、わたしたちの乗った馬は、一行の殿にいました。
「ごめんね、怖い目に遭わせて。俺、君を守り切れてないよね。守るって言ったのに、情けない……。あのとき、目を離すんじゃなかった……」
「あっ、いえ! そんなことないですよ! わたしこそ、助けてもらったのにまだお礼言ってませんでした。セレスさん、ありがとうございます。あのとき来てもらえなかったら、連れて行かれてました」
人前で抱きしめられたりすることに慣れていないわたしは、皆さんに見られないかひやひやしてしまいましたが、セレスさんは特に気になっていないようです。
「大丈夫ですよ。ほら、“シャボン”もありますし。わたし、結構図太いんですよ! あれくらいじゃ壊れません!」
「無事であっても、怖い目に遭ったのは変わらないだろ。ああ、なんであのとき、あいつらの話に乗ったんだ俺! ルチアと秤にかけるものなんてなにもないのに」
あけすけな言い様に、一瞬にして顔に血が上りました。
「ほんとごめん。ちゃんとガイウスたちのところまで送ってから別れるべきだった。二度とこういう目には遭わせないから」
「あれはわたしも悪かったんです。セレスさんは悪くないですよ。わたしが、自分で大丈夫って見得を切ったんです。だからこのお話はこれでおしまい。それよりセレスさん、わたしどうしても気になっていることがあって。お城の門番さん、無事だったんですか?」
わたしは無理やり話題を終わらせると、どうしても気になっていたことを尋ねました。
「……重症だったけれど、生きているよ」
セレスさんの答えに、わたしは胸をなでおろしました。生きている。生きてるんですね!
「よかった……死んでしまっていたらどうしようかと思ってたんです」
「うん、エリク殿が回復薬をいくつか持ち歩いていて、それがあったおかげで一命はとりとめたんだ。あのときルチアから聞いていなかったら手遅れになっていたかもしれない」
怪我はつらいけれど、死んでしまうよりよっぽどいいです。わたしはエリクくんに感謝しながら肩の力を抜きました。回復薬を持ち歩いていてくれて、本当にありがとうございます……!