ルチア、謝罪を受ける
セレスさんの口から出た名前に、わたしはマリアさんと顔を見合わせました。脳裏に浮かぶのは薔薇園の中で佇んでいたすらりとした姿です。なよやかなその姿からは、あんな恐ろしい依頼を出した人間だとは想像がつきません。
「ベル……それって、あのぶりっこ姫? チェリーなんとかって方じゃなくて?」
マリアさんはびっくりしたように目をぱちくりとさせました。驚くのもわかる気がします。チェチーリア姫がわたしを厭うのはわかるのですが、ベルナルディーナ姫とわたしでは接点がありません。狙われる理由がわからないんです。妹を思うが故……という理由では、あそこまでする理由にはならない気がしますし。
「どうして……」
わたしの疑問に、セレスさんは首を振って答えました。
「理由はわからない。彼らはただ依頼を受けてそういうことをやっていただけらしい。一応彼らもダル・カントの貴族ではあるらしいんだが、素行が悪かったらしいんだ」
「エドは件のお姫様のところへ行っているの?」
「多分ダル・カント王のところかと。王女様も事実確認のため呼ばれるかもしれないですが、今日呼ばれるかまではわかりません」
「そうなんだ……」
「なので、殿下がお戻りになるまではこちらにいてください。ご不便を強いてしまいますが、よろしくお願いいたします」
セレスさんの頼みに、わたしたちはもう一度顔を見合わせた後、頷きました。たしかにこの状況で部屋に戻るのは躊躇われます。
──ですが結局、その夜殿下は戻っては来なかったのです。
※ ※ ※ ※ ※
「ん……」
目を開けると見知らぬ部屋の様子が飛び込んできて一瞬焦りましたが、頭が覚醒し始めるとそこが今までの部屋ではなく、団長様とレナートさんのお部屋だと理解しました。ですが、ベッドをお借りした覚えはないんですけれど……なんでわたしもマリアさんもベッドで寝ているんでしょうか。
わたしはまだ熟睡している様子のマリアさんを起こさないよう、できるだけ物音を立てずにベッドから降りました。服装は昨日のままだったので、お借りしたドレスはかなり皺が寄ってしまっています。裾についた汚れなんかは、昨夜マリアさんに“シャボン”をかけた際、ついでとばかりに一緒に消してしまったのですが、いったん綺麗にしてもそのままベッドに入ってしまったのなら意味はありません。アイロンをかけて、綺麗にしてから返却したいです! あ、それでも破かれた袖は返ってこなかったので、元通りとはいきませんね。返してもらえないでしょうか、あの袖……。
ちょうどいいことに鏡があったので、わたしは乱れてしまった髪をほどいて手櫛で落ち着かせることにしました。ドレスの裾を直しながら、再び“シャボン”をかけるかどうか悩みます。できたら手でやりたいところですが、果たしてその暇と道具が与えられるかは疑問です。
しばらく鏡の前で悩んでいると、ドアをノックする音が聞こえました。音は奥の部屋──つまり殿下の部屋から聞こえてきます。
「マリア、起きている? 開けても構わない?」
ノックが終わると同時にした殿下の声に、慌ててマリアさんと、その脇でお腹を見せているシロ──竜って仰向けで寝ることがあるんですね、知りませんでした!──に寝具をかけ直すと、殿下のお部屋へと続いているドアへ向かいます。
「殿下でいらっしゃいますか? あの、マリアさんはまだ寝ているんですが……皆さんのところへ行かれますか?」
「ルチアかい? うん、よければここを通してもらえると嬉しいな。マリアを起こさないようにするから」
たしかに殿下のお部屋からは直接セレスさんたちがいる部屋へ行けるつくりにはなっていません。偉い方のお部屋ってみんなこうなんでしょうか? 庶民のわたしには首をかしげたくなるような間取りです。絶対不便ですよね、この配置。
ですが、他国のお城にわたしがケチをつけても仕方ないので、黙ってドアの向こうに待っていらっしゃる殿下をお通しします。
「ありがとう、起きていたみたいだね。マリアはそのまま寝かせておいて。ああ、そうだ」
殿下はそのまま素通りされるかと思いましたが、予想外に足を止めてわたしに向き直りました。なにをおっしゃるのかと身構えた私にもたらされたお言葉は、思いがけないものでした。
「ルチア、すまなかった」
「!?」
わたしはあまりの事態に言葉を失いました。まさか王太子殿下に二度も謝罪を受けることがあるなんて、思いもしませんでした。
「きみには悪いことをした。僕のせいで怖い思いをさせてしまったようで、すまない」
「い、いえ、殿下が謝られることでは……」
「いいや、詳しくは話せないけれど、今回の一件の引き金になったのは僕だ。きみは本来狙われるはずじゃなかったんだ。無事でよかった」
マリアさんを起こさないよう小声で話される殿下は、あまりお休みになられていなかったのでしょう、ひどく疲れた様子でした。目の下に隈を作ったその様子は、以前お目通りした際の国王陛下を思い出させます。
「ハーバート陛下とは話がついた。予定を繰り上げて本日メーナールへ発つ。マリアが起きて支度が出来次第出るから、そのつもりでいてほしい」
「はい」
ダル・カント王とどのような話し合いをされたのかはわかりませんが、詳しくは話せないとおっしゃるからには、この話題をこれ以上つつかない方がいいのでしょう。
ベルナルディーナ姫の動機がわからずじまいでモヤモヤしますが、仕方ありません。わたしは胸に凝った疑問を無理やり飲み下すと、殿下のお言葉に頷いたのでした。
ベルナルディーナ姫の動機は番外編の方へ投稿してあります。
感想欄でも指摘された通り内容的には本編に値するのですが、本編はルチアの一人称で進めていることもあり(挿話でセレス視点が混在していますが)、これ以上視点を増やすのが躊躇われたので、「主人公サイドにはわからないこともある」ということで番外編扱いとさせていただきました。番外編を読んでいらっしゃらない方には申し訳ありません。