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ルチア、セレスに怯える

「嫌です! 行きません!」

「そういうわけにはいかない! ここにいたらお前は殺されちまうだろ!」

「殺される……って、殺そうとしてるのあなたたちじゃないですか!」


 なにを言っているかさっぱりわかりませんよ!

 わたしは両手をリーダーさんからもぎ取ると、再びつかまれないよう胸の前に引き寄せます。その拍子にセレスさんから贈られた腕輪に指先が触れました。セレスさん、た、助けてくださいっ!


「とにかく、お前を殺した風を装って逃げないと。すまない、ちょっとばかしドレスの裾をもらうぞ」

「袖のほうがちぎりやすいんじゃないか?」

「そうだな、血はどうする?」

「おれらのを使おう。サヴェリオ、早くしよう!」


 リーダーさんたちは口々に相談を始めると、必死に距離を取ろうとするわたしの袖をつかみました。シースルーのひらひらした袖は、逃げようとするわたしとちぎろうとするリーダーさんたちの間で無残に引き裂かれます。ああっ、これ借り物なんですよ!? 絶対高いのに……これ以上借金増えたらどうしましょう!


「これ、借り物なんですよ!」

「大丈夫だ、やんごとなき方の指示だからな!」


 得意げに巻き毛さんが胸を張りますが……それってバラしちゃいけない情報じゃないんですか? ああ、ほらまたリーダーさんに殴られてるし!


 わたしから取り上げた片袖を、手にしたエアレーの牙で引き裂くずんぐりさんの隣で、たれ目さんが小さなナイフで腕に傷をつけて袖や地面に血をばらまいています。本格的に魔物のせいにしてわたしの存在を消そうとしているみたいなんですが……そんなにうまくいくとは思えないです。大体警備がしっかりしているはずのお城で、一体だけ魔物が現れて静かに数人の犠牲者を出していなくなる、なんて筋書き、素人目にも粗がありすぎるように思えます。ですが、あまりにも堂々と行動していますし、彼らの“やんごとない”依頼主はもうそこらへんは織り込み済みで、おかしくても追及せずに終わるんでしょうか……。


 どんどんと誘拐の──誘拐ですよね? これ──算段をつけている彼らに逃げ道をふさがれてしまっているわたしは、命の危険は感じなくなったものの、どうしていいかわからずに途方に暮れていました。“シャボン”がある限り彼らはわたしを殺さず匿おうとしているみたいですけど、それなら匿うんじゃなくて逃がしてくれないでしょうか。


「!」


 困り切ってつらつらとそんなことを考えていると、目の前を風が奔りました。空気を切り裂くような音とともに、鮮血が散ります。鮮血って……えぇ!?


「うわぁあっ!」


 悲鳴を上げて地面に転がったのはずんぐりさんでした。ドレスの端切れをつかんでいた手で、今は自分の脚を押えています。指の間からだらだらと赤い血が流れているのを見て、今の風がその脚を切り裂いたのだとわかりました。


「な……ッ!」


 ずんぐりさんの負傷に気色ばんだリーダーさんが振り向くと、その視線の先にはわたしが誰よりも見知った人の姿がありました。


「彼女から離れろ!」

「セレスさん……っ!」


 短剣を右手に掲げたセレスさんが手を一閃させると、先ほどのような鋭い風がリーダーさんたちを襲います。そういえば少しだけ魔法が使えるって言っていましたけど、これがそうなの??


 風が四人の足元を駆け抜けたのと、セレスさんがわたしのところにたどり着いたのは同じくらいでした。脚を負傷した彼らは皆一様に蹲っていて、現れたセレスさんに駆け寄るわたしを止める人は誰もいません。


「ルチア、大丈夫?」

「あ、はい。大丈夫……です。一応」

「一応!?」


 わたし自身は大丈夫ですが、袖を破かれてしまったドレスは大丈夫でないのでそういう風に答えると、どうやら余計な心配をかけてしまったようでした。 


「ルチアになにをした」


 青空の瞳に底光りするような怒りを宿してセレスさんは四人をねめつけました。怖いっ! さっきのとは種類の違う怖さです。冷気漂うっていいますか、底冷えする怖さです。いつも柔和で優しいセレスさんしか知らなかったわたしは、リーダーさんたちと一緒に震え上がりました。わたしが怒られたわけではないですが、問答無用に怖かったんです。


「あ……う」

「なにをしたのかと訊いている」

「セレスさん!」


 ぴたりと短剣の刃先をリーダーさんの首筋に当てたセレスさんに、慌てて取りすがります。このままだとさらに血を見る羽目になりそうで、それは御免こうむります! もう怖いのはこりごりですよ!


「事情は後で話します! でも、とりあえずこの人たちを捕まえてください。門番さんに危害を加えたと先ほど言っていました。でも、この国の衛兵に突き出すのはナシです! 上の方の人が絡んでいる可能性が高いです!」

「上層部が……?」


 さすがに王女様が指示を出したとかははっきり言えません。違っていたら大事ですし。でも、この国の人に引き渡したらなにもなかったことにされそうです。相手の狙いがわたしだけならまだしも、目当てがマリアさんだったりしたら大問題です。


「そいつぁ穏やかじゃないなぁ」

「ガイウスさん!」

「よ、嬢ちゃん。“シャボン”が発動するのが見えたからすっ飛んできたんだが……なんだ、ヒーローはもう来てたか」


 セレスさんに訴えていると、植え込みの向こうからガイウスさんとエリクくんがやってきました。さっきの“シャボン”を見て駆けつけてくれたんですね……!


「なに、この惨状。隊長さんがやったの? 脚の腱だけ切り裂くとか、エグっ! 女の子の前でやるこっちゃないよ」

「首かっ切ったり、手脚切り飛ばしてないだけ手加減したんだろうよ。で、なんだ? そしたら王太子ドノのとこに連れてきゃいいのか?」


 セレスさんだけでなく、ガイウスさんやエリクくんが駆けつけてくれたのを確認したわたしは、ここにきてへなへなと地面にへたり込みました。今まで緊張してたみたいです。すごく手が震えてて、みっともないです。


「ルチア!」

「だ、だいじょ……」

「大丈夫とか言うな。ひとりで我慢しなくていいんだ。……ごめん、見つけるのが遅れて。怖かったよね」


 そう言ってわたしを覗き込む空色の瞳には、先ほどまでの灼けるような怒気はどこにも見当たりませんでした。

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