ルチア、男たちにシャボンを使う
わたしは焦る気持ちを抑えつつ、四人の男の人を観察しました。だらしなく礼服を着たリーダー格の人に、その人に従っているらしき三人の人。年の頃はレナートさんと同じくらいでしょうか。四人とも生粋のダル・カント人なのか、肌は浅黒く、髪の毛の色も暗めです。
彼らに“シャボン”をかけたら、魔物のようにおとなしくなるでしょうか? いざとなったらそうして逃げだしたいですが、口を押えられている現状、唱えることはできません。
それにしても、彼らは“わたしを連れ出すのは依頼”って言ってましたよね? てことは、侍女さんたちの嫌がらせと根は同じなのでしょうか?
そこまで思考を巡らせてぞっとしました。根は同じで、依頼されたからとなると……依頼主は下手したら追及してはまずいお方なのかもしれません。そうなると……あれ、結構生命の危機に瀕してませんか? わたし。
「っと。ここらへんでいいか」
人気のない奥まったところまで連たわたしは、そこでようやく足を止めることを許されました。けれどもまだ手首は拘束されてますし、口も押さえられています。この口さえ自由になればいいのに……!
「おい、準備はいいか?」
「サヴェリオ、どうせならヤってから殺らないか?」
リーダーさんが残りの三人に指示を出すと、そのうちの一人、くるくるとした巻き毛が印象的な男性が物騒なことを言い出しました。一瞬にして顔色をなくしたわたしの様子を見たリーダーさんは、鼻で笑いながら巻き毛さんを軽く殴ります。
「馬鹿野郎、魔物のせいに見せかけるのに手を出してどうする。あと、不用意に名を呼ぶな。おい、例の奴は持ってきただろうな!?」
「ああ、ここに」
ずんぐりとした体格の男性が取り出したのは、カラカラに乾いた大きな牙のようなものと蹄でした。
「水牛の蹄、高かったんだよ。牙は大猪の奴だけどね。君にはここでエアレーの犠牲になってもらうよ」
牙を手にして嗤うリーダーさんの脇で、蹄を手にしたずんぐりさんがペタペタと地面に跡をつけていきます。よく見るとその牙は真新しい鮮血に濡れています。一体、誰の……。
わたしの不安な視線を感じたのでしょう。リーダーさんは血まみれの牙の先端を見せつけるように突き出すと、その血液が誰のものかを教えてくれました。
「これは可哀想な門番君の血だよ。これから君の血で上書きされるけどね。大丈夫、オレら慣れてるから。この牙も、使うのはなにも今夜が初めてじゃないさ」
「そうそう、優しく殺ってやるからさ」
「うるさい、声がでかい」
下卑た笑い声をあげる巻き毛さんを再び殴ると、リーダーさんは一歩わたしに近寄りました。
声、声さえ出れば! “シャボン”がどれくらい効果があるかはわかりませんが、きっと今よりはマシになるはずです!
わたしは死に物狂いで抵抗しました。突然暴れだしたわたしに、口を押えていたたれ目の人の手が少し緩みます。
「痛ッ!」
「≪シャボン≫……!」
たれ目さんの手を思いっきり噛んで隙を作ると、わたしは必死に唱えました。悪意を持っている人間にどう効くかはわかりません。マリアさんはイライラが治まったと言っていましたけれど、彼らはイラついてこういうことをしているわけじゃないので、本当にどうなるかわからないです。でも、殺されるわけにはいきません。だから、シャボンに賭けるしかないんです……!
「なっ……!」
突然現れた大きなシャボン玉に、四人はひるんだようでした。
「な──んだ!?」
四人を包んだシャボン玉が割れるのと、彼らが脱力するのは同時でした。拘束する手が緩んだのをいいことに逃げ出そうとしたわたしは、けれども次の瞬間強く腕を引かれて引き戻されました。
「なんだ今のは!」
わたしの腕をつかんで怒鳴ったのはリーダーさんです。う、全然効いてないじゃないですか! 性格がおとなしくなったようには到底見えないその形相に、わたしはあわあわとしました。ど、どうしましょう!
「今のは──お前の魔法なのか!?」
さっきまでは君とかって呼びかけていたのに、今やお前呼ばわりです。え、むしろ悪化した感じですか?
リーダーさんに詰め寄られたわたしは、絶望感に打ちひしがれていました。そうですよ、もとはショボすぎる魔法だったんです。何度も都合がいいことが起こるはずがなかったんですよ……!
「もう一度かけてくれ!」
「……はい?」
「なんだ、今のは!」
「俺にももう一度やってくれ!」
もう一度と真剣な表情で強請るリーダーさんの後ろで、巻き毛さんたちもざわめいているのが見えます。え……と、これは、なにが起こっているんですか?
「しゃ、≪シャボン≫……」
四人の男性に詰め寄られて、恐る恐る唱えます。再度現れたシャボン玉に、リーダーさんたちは恍惚とした表情を浮かべて身もだえしました。こ、怖い! さっきとは違う意味で怖いです!
「やばい、これはやばい」
「やばいな!」
なにがやばいのかさっぱりわかりませんが、彼らはやばいやばいと呟きつつ、頷きあっていました。やばいって……わたしが置かれているこの状況のほうがやばいんじゃないんですか??
ですが、先ほどまでの切羽詰まった空気が消えたのは確かです。助かるんでしょうか? 空気が変わったからとはいえ、依然四人に囲まれたままではそれすら判別がつきません。
「ひっ」
そんなことを考えていると、リーダーさんがぐるりとわたしの方ヘ向き直りました。若干目が血走っているようにも見えます。リーダーさんはつかんでいた腕を一旦放すと、両方の掌でわたしの両手を包み込みました。
「命は保証する! お前に手を上げたりしないと誓うから、俺たちと来てくれ!」
「や、やですよ……!」
「お前を殺すわけにはいかない! オレは今まで生きてきて、こんなに充足感を感じたことはない。お前を失うわけにはいかない!」
──気に入られて連れてかれたらどうすんだ。
アマリスの街で酔っぱらいのお兄さんに絡まれたとき言われた、ガイウスさんの言葉が耳によみがえります。両手をがしっとつかまれて懇願されている今の状況って……まさにそれ、ですか?
待ってください、この魔法、一体どうなってるんですか~!