ルチア、初めてのパーティに怖気つく
ホールが近づくにつて、奏でられる音楽が大きくなっていきます。聴いたことのない音楽はダル・カント王国の曲なのでしょうか。今まで参加したお祭りとは全然違います。どうしましょう、ものすごく緊張してきましたよ!
「ルチア、緊張してる?」
隣でセレスさんが囁きます。緊張? もちろんしてますとも! 場所はホールですし、パーティなんて今までの人生では縁遠かったですし、他国ですし、初めて着るドレスは勝手が違いますし、緊張しないではいられません!
「ルチアは笑顔が可愛いから、ニコニコ笑ってたら大丈夫だよ。困ったらにっこり笑って会釈して、いざとなったら気分がすぐれないって退席しちゃえばいいよ。難しい政治の駆け引きなんかは殿下や団長がやってくれるから、おいしいごはん食べれるーってぐらいの心構えでいるといいよ」
「む、無理……です」
セレスさんはこういう場に慣れているんでしょうか。わたしと違って余裕綽々に見えます。式典用の隊服もかっこよく着こなしていて、服に着られている感の強いわたしとは雲泥の差ですよ!
「お肉もあるよ」
「!」
ガチガチに固まっているわたしに、セレスさんはいたずらっぽい含み笑いとともに弱点を突いてきました。お肉! 魅惑的な言葉ですが、なぜわたしがお肉好きなのを知っているんでしょうか……。
「あれ? ルチア好きじゃなかった?」
「好き……ですけど。でも、なんで?」
「旅の間、肉料理を食べてるときの笑顔が可愛かったから。好きなんだろうな~って」
セレスさん、目敏いです! すごいですよ!
セレスさんの洞察力に感心していると、結い上げた髪形を崩さないように軽く、ぽんと頭に掌を乗せられました。ガイウスさんからはしょっちゅうされているこの行為ですが、セレスさんからされると……ドキドキしちゃいますね!
「緊張は少し解けた?」
「少しだけ……」
緊張は少し緩みましたが、その反面ドキドキしてます!
「少しだけ、頑張って。殿下と聖女様と違って、俺たちはそんなに長くいなくても大丈夫だから」
「マリアさんたちはずっといなくちゃダメなんですか?」
「主賓だからね。俺たちは随行員っていうか、オマケだから、そこまで拘束はされないよ」
そう太鼓判を押されて、わたしはようやくホールの方を眺めやりました。そうですね、マリアさんが頑張っているんです。わたしだって頑張りますよ!
※ ※ ※ ※ ※
ホールに入った瞬間、ホール中の視線がわたしたちに集まりました。わたし……というか、セレスさんですね。そしてそのついでに「誰だこいつ」的な視線がわたし投げかけられます。ですよねー!
セレスさんにエスコートされながら、ダル・カント王へご挨拶に伺います。この前挨拶したのに……と思いましたが、それとは別なのでしょう。とはいえ、わたしたちの挨拶にダル・カント王が鷹揚に頷かれると、挨拶の場は終了でした。
「お疲れ様」
「セレスさんもお疲れ様です。緊張しました~」
重圧から逃れられた解放感にほっとしていると、豪華な衣装に身を包んだ男性たちに囲まれたマリアさんを見つけました。殿下と一緒にいるとばかり思ったのに……と視線を巡らすと、殿下はホールの中ほどでベルナルディーナ姫とダンスを踊っていらっしゃいます。
「マリアさん、殿下と一緒ではないんですね」
マリアさんを取り囲む男性たちの輪が厚すぎて声すらかけられなかったわたしは、セレスさんとお話を続けます。
「殿下は聖女様をエスコートされたけれど、ホスト側と踊らないわけにはいかないからね。聖女様がいらっしゃらなかったらあのお二人は婚約していた間柄だから、なおさらじゃないかな」
そう聞くと、殿下とマリアさん、そしてベルナルディーナ姫の三人の関係性はすごく微妙なんだと感じました。殿下のお立場だと、好きだからというだけでは結婚相手は選べなさそうですね。そういう意味ではマリアさんが聖女であったのは僥倖だったのでしょうか?
「バンフィールド王国騎士団のクレメンティ隊長ですよね」
時折ダル・カントの貴族の方の挨拶を受けながら、マリアさんとお話しできる機会を伺いつつ、セレスさんと一緒にお肉をつまんだりしていると、背後から男性の声がしました。声につられて振り向くと、刺繍の入ったお揃いの藍色の長衣をさらりと着こなした何人かの青年がこちらを見ています。
「我々はダル・カントの近衛騎士です。“竜殺しの英雄”のお噂は聞いております。よければ少しお話しても……?」
セレスさんの評判はダル・カント王国にまで聞こえているんですね。感心していると、セレスさんはちょっと困ったようにわたしをちらりと見ました。
「すみません、今は……」
「セレスさん、よければわたし、ガイウスさんとエリクくんがいるみたいなのでむこうに行ってきますね。ゆっくりお話ししててください」
騎士様は騎士様同士で話したいこともあるんじゃないかと気を回すと、ダル・カントの騎士様たちがぱっと笑顔になりました。英雄とお話ししたい。よくわかりますよ! この機会を逃したら次はいつ会えるかわかりませんもんね!
「ルチア……」
「大丈夫ですよ、ゆっくりしてきてくださいね!」
心配そうなセレスさんをなだめるように軽く手を振ると、わたしは人波にちらりと見えたガイウスさんたちのところへ足を進めました。