ルチア、服装について困惑する
緊張した空気の中で支度を済ませ(全員無言でした……)、アナリタさんに先導されてホールへと向かいます。ごたごたしていて時間がかかったせいか、マリアさんはすでに先に行っているみたいでした。パーティの主役ですしね、マリアさん。なので今廊下を歩いているのはわたしとアナリタさんの二人だけです。
それにしても、ホールというとルフの襲撃のことを思い出しますね。ひしめき合った人たちから感じるびりびりとした空気、恐怖に怯えるざわめき声、ルフの鋭い鈎爪、アカデミアの研修生さんたち……今思い出しても怖いです。今回はパーティと聞いていますが、正直、向かう先がホールと聞いただけで逃げ出したくなっています。先ほどのごたごたで精神的に疲れたせいか、すごく行きたくないです。ホールに行くとか思ってもいなかったので準備を放棄されそうになって抵抗しましたが、いっそのこと同意してお部屋にいてもよかったかもしれません。
「ルチア!」
ホールの賑わった空気が感じられるようになった頃、廊下の向こう側からセレスさんの呼ぶ声が聞こえてきました。
「セレスさん!」
足早にやってくるセレスさんは、見慣れた騎士団の隊服ではありませんでした。基本は隊服っぽいんですが、色がグレイでなく白だったり、飾り帯が加わっていたり、サッシュや勲章がつけられていたり、マントが変わっていたり、なんかもっとゴージャスになった格好です。そしてそんなゴージャスな衣装を、違和感なく着こなしてるとは……イケメンさんは違いますね!
「隊服じゃないんですね」
「うん、正装用の隊服。あんまり実用的じゃないし、ごちゃごちゃしてるから好きじゃないんだけどね」
あまりのカッコよさになんて話しかけていいのかわからなくなって、つい服装の話を振ってしまいました。
それにしても、これが正装用の隊服なんですね。これはまだお洗濯したことがなかったので、初めて見ました。
「持ってきてたんですか?」
「うん、バチスとダル・カントでこうやって使うことは知らされていたから、必ず持ってくるよう念を押されてたんだ。邪魔だし隊服でいいじゃんとか思うんだけどね、そうもいかなくてさ」
「初めて見ましたけど、かっこいいです。よく似合ってます」
わたしがそう言うと、セレスさんは頭を掻きながら照れたように笑いました。耳が赤いです。可愛い! かっこいいのに可愛いとかどういうことでしょうか。
「それでは、わたくしはこれで」
「あ、ありがとうございます」
「いえ。……申し訳ありませんでした。これにて失礼させていただきます」
セレスさんと合流したことを見届けたアナリタさんは、流れるような所作で一礼すると元来た道を戻っていきました。
「なにかあったの?」
「いえ……なにも」
「そう? 大丈夫ならいいんだけど、なにかあったなら言ってね」
セレスさん、鋭いです。でも先ほどのことはもう終わったことなので大丈夫ですよ!
わたしがにっこり笑うと、セレスさんも愁眉を開いて微笑んでくれました。さっきまで怖かったのに、セレスさんと会えただけで気持ちが上向きになるなんて、わたしも現金です。
「ルチア、綺麗だね。お化粧もしてるの? いつもより大人っぽいね」
歩き出そうとすると、セレスさんがお返しとばかりにわたしの服装を褒めてくれました。侍女さんたちがきっちりと着付けてくれたのでおかしいところはないと思いますが……大丈夫ですよね?
わたしは透ける袖をつまんで広げて見せました。身頃は艶のある絹織物でできていますが、ふわりと広がった袖や、すとんと落ちる形のスカートの上に重なった布は透けるチュール素材で、服を着ているのに露出度が高いという不思議なつくりです。
「それにしても……結構目に毒なデザインだね」
胸の下でぎゅっと締められているのはバンフィールドと同じですが、胸元が詰まったデザインのバンフィールドとは違って、ダル・カント風のドレスは胸元の露出が露骨です。さっきまでお借りしていたドレスは胸元がここまで露骨ではなく、もっと鎖骨の下くらいで隙間がでないくらいきっちり隠されていたんですが、今は胸の谷間が見えるような形にされています。
わたしは急に恥ずかしくなって袖で胸元を隠しました。ついでにできるだけ胸元を上に引っ張ります。もしや、これって仕返しだったりしました!? 正装はこうするんだってされちゃいましたけど……。
「あの、よくわからなくて。この格好で大丈夫なんでしょうか? 朝着せてもらったのはここまで見えてなかったのに、こうするのが正式なんだって言われてしまって」
「あ、うん……多分、問題ない、と思うんだけど……俺も女性の服装はよくわかんなくって」
自分の服装を褒められたときより顔を赤くして、セレスさんは視線を逸らしました。そんなに照れられるとこっちも照れますよ!
「あー、他人の目には見せたくないなぁ。行かなきゃダメだけど、隠したい」
「やっぱり見苦しいですよね……」
ここまで肌をさらした服は着たことがなくて困惑していましたが、やっぱりおかしいんですね……。
セレスさんと会えて上向きになった気持ちが、再びしぼんでいきます。ホール行きたくないです。
「そうじゃなくて! おかしいとかじゃないんだ。あのね……なんていうか、俺のエゴなわけ、見せたくないっていうのは」
慌てて言い募るセレスさんに首をかしげます。エゴってどういうことですか?
「独占欲バリバリで嫌われたら怖いんだけど、でも正直に言うと、やっぱりひとりじめしたいわけ、俺も。好きな子の胸元を他の男に見られたくないっていうのは、誰でもそうだと思うんだけど」
「!」
独占欲って! ひとりじめって!
羞恥心と照れと嬉しいのとがごちゃ混ぜになったわたしは、赤面するセレスさんよりさらに真っ赤になりました。
「こんなん白状するとか、恥ずかしすぎる……俺」
「あの、いえ……嬉しい、ですよ?」
赤い顔のままで笑うと、セレスさんはそっと顔を寄せてきました。唇に軽く、触れたか触れてないかくらいのキスをすると、にこっとその秀麗な顔をいたずらっぽくゆるめます。
「! こんなところでダメですよ!」
「大丈夫、誰もいないのは確認したよ。それじゃ、いこっか」
わたしの腕輪を嵌めた方の手をつかむと、セレスさんはそのまま握りこんで自分の方へ寄せました。
ダル・カント風のドレスはイメージとして唐代の衣装です。楊貴妃が着てそうな感じのといったらイメージしやすいでしょうか。
それをちょっと洋風に変えたものと思っていただければいいかと。