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ルチア、魔物の襲撃に遭う

 ベネデッタさんの放った一言は、一瞬ののちあたりに衝撃をもたらしました。ガタガタと木のぶつかり合う音とともに、悲鳴や怒号が聞こえてきます。


「に、逃げなくちゃ!」

「ここじゃなきゃどこでもいいよ! 邪魔だ!」

「なんで聖女様がお出かけになられたあとに!」

「団長様や竜殺しの英雄が不在なのに、今の騎士団で勝てるのか!?」

「聖女様はたくさんの兵を連れて行っただろう! もうダメだ!」

「いや、兵士隊は帰ってきたって話だぞ!」


 いろんな人のいろんな声に巻かれつつ、わたしも立ち上がりました。

 どうしよう、どうしたらいいんでしょう?


 アールタッドが魔物の襲撃を受けるのは初めてのことです。王都なら大丈夫と、皆なんとなく思って暮らしていたので、今回の報は人々にパニックを引き起こしました。


 頭に浮かぶのは、隣国アクイラーニのこと。去年竜に襲われたアクイラーニは、未だにその爪痕から抜け出せていないとの噂です。

 もし襲ってきたのが竜なのならば、騎士団長様も竜殺しの英雄様もいらっしゃらない今、バンフィールド王国も同様の目に遭うかもしれないのです。


 セレスさんに会えないまま死んでしまうなんて、そんなのは嫌です。ちゃんとおかえりなさいと、リボンのお礼を言いたい。

 わたしはドキドキする胸を抑えるように手を重ね、キッカさんたちを見ました。


「ベネデッタ、襲ってきた魔物の情報はあるのかい!」


 混乱した食堂に、キッカさんのよく通る大きな声が響きました。


「え、なんだっけ、ちょっと待って……」


 キッカさんの問いかけに、青ざめたままのベネデッタさんが頭に手をやります。


「た、たしか、オーガとオーグリスの群れだって話だったよ。かなりの数が見えてて、今第3隊、第4隊の騎士様が兵士隊を率いて交戦の準備をしてるって!」


 オーガとオーグリスの名前が出た瞬間、あたりは悲鳴に包まれました。

 オーガは獰猛な魔物です。人肉を好むとの話は、昔からよく聞きます。さほど賢くはないらしいと以前聞き及びましたが、それでも戦う術のないわたしたちには脅威です。


 だからでしょうか、その名を聞いた人たちは、一斉に出口に向かって走り出しました。

 わたしだって死にたくないです。お肉は好きですが、お肉になって食べられるのは好きじゃないです!

 でも、逃げた方が安全なのか、お城にいた方が安全なのか、判断がつきません。


 そのとき、パニックを切り裂くような声がしました。


「落ち着け! 皆、アールタッドにいた方が安全だ! アクイラーニ王国とは違う! これより城門を閉め、投石機で攻撃を開始する! 街に家族がいるものは城に呼び寄せろ! 留守を預かっているアストルガ副団長からの指示だ!」


 皆に押されるような形で声を張り上げているのは、兵士隊の方です。伝令兵というものでしょうか、浮き足立つ皆に、落ち着くように言い聞かせています。


「悪いね、ルチア。ちょっと家族のところに行ってくる!」

「ルチアちゃんはお城で待っててね、すぐあたしたちも戻ってくるから!」

「あとで会おう、ルチアちゃん! 行こう、ジーナ! お父さんとお母さんを連れてこなくちゃ!」

「ルチア、大丈夫。騎士団が守ってくれる。あとで会おう」


 キッカさんたちは皆、街に家族がいる人たちです。わたしに一声かけると、お城へ避難させるために家族のもとへと走り出しました。

 単身お城に住んでいるわたしは、震えながら見送るしかありません。


 セレスさん……助けてセレスさん! どうしよう、怖いです。すごく怖いです!


 魔物が横行する世界とはいえ、幸いにしてわたしは今までその被害に遭ったことがありません。危険を知りつつも街の外に薬草を摘みに行ったことはありますが、そのときだって遭わなかったんです。

 だから、やっぱりどこか他人事みたいに思っていました。怖いけど、遭うことはないんじゃないかって。


 でも、これは現実です。幸いなことに、浄化の旅に同行されていたセレスさんたち騎士様と兵士隊の方々が戻ってきてくださっているので、きっとどうにかなります。

 聖女様や王太子殿下は、もしかしてこのことを予測されて兵士の方々を遣わしてくださったのでしょうか。だとしたらすごい方々です。


 大丈夫、大丈夫。わたしは自分にそう言い聞かせました。

 逃げ出したいくらい怖いけれど、今アールタッドにはセレスさんがいるんです。セレスさんはきっと守ってくれる。セレスさんなら信じられる。

 わたしは強く唇を噛み締めると、背筋を伸ばして深呼吸しました。とりあえず落ち着かないとです。


 そうして、悪夢みたいな時間が始まったのでした。

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