5ショートストーリーズ1 その5【ちょっとそこいくお父さん!】
幼児たちには絶大なる人気を誇るあるキャラが 夜道でお父さんを相手に 話をしたいと持ちかけるのだが…
まあ、聞いてくださいよ。ちょっとそこいくお父さん! お急ぎ
で無ければどうか私の話を聞いてくれませんか?
え? お急ぎでない? じゃぁ、ちょっとだけ寄り道して私の話
を聞いてくださいよ。私は人に話しを聞いてもらえるなんて幸運は
滅多に無いんですから。まぁ、もっとも貴方にとってはそれが幸運
かどうかは分らないとは思いますがね。でも、損はさせませんよ?
で、貴方、お子さんはいらっしゃるんですか? え? 二人?
はぁ、上が五歳で下が三歳ですか。いい時ですねぇ。お子さんもそ
れ位の年なら可愛くて仕方が無いんじゃありませんか? もう少し
大きくなると理屈を言う様になりますからねぇ。今だったらまだま
だお父さんの立場は子供達にとっても大きいものじゃないんでしょ
うかね。
そうですか。会社から帰ると玄関まで二人揃って迎えに出てくれ
るんですか。はぁ、女の子はビールまで注いでくれる! ほほう、
上が女の子で下が男の子ねぇ。うまい具合に産み分けましたね。
私の知ってるご婦人でね、女の子ばかり四人っていうお人が居る
んですがね、このお人が男の子が欲しい、次こそは男の子だ、なん
て言っちゃいましてね、それで今女の子が四人なんですわ。この四
人目の女の子なんて可哀想だと思いますよ。
だって、貴方、生まれる前から次は男の子だ、今度こそ男の子だ、
なんて皆から期待されちゃいましてね、いえ、周りの者はどっちで
もいいじゃないかって初めは言っていたんですがね。やっぱり生む
張本人がもう眼つきまで変わっちゃってますからね。いや、ここだ
けの話、そのご婦人、ちょっぴりノイローゼ気味だったんですよ。
だから誰かがどっちでもいいじゃないかなんて言おうものならも
う大変! 言ったその人に『もし女の子ならあんたが責任とってく
れるの?』なんて詰め寄る事もありましたっけ。だから周りもさわ
らぬ神に祟りなしって事で、今度は絶対に男の子さ、いやもう男の
子に間違いない! なんて言っちゃいましてね。
あ、そうそう、最近じゃ生まれる前から男女の性別が分る検査も
あるらしいんですが、そのご婦人の旦那さんがそれだけはやめてく
れって、泣いて頼んだんだそうですよ。まぁ、男の子だったら何も
問題は無いんでしょうが、もし女の子と来た日にゃ貴方、どうなり
ます? ご婦人はもう生む気は無くなるでしょうし、産む気があっ
たとしても気迫ってもんが違いますからね。ええ、そうです、男の
子だった場合とのね。もし女の子だと生む前に分ったらお腹の子が
可哀想だ、っていう旦那さんの気持ち、貴方も分るでしょう?
ええ、そうですよね。でね、予想に反してと言おうか、やっぱり
と言おうか、生まれて来たのは女の子だった訳です。ほら、周りの
皆も男の子だ、きっと男の子だって言ってるうちにもう男の子以外
は考えられないって風になっちゃってるでしょ? 誕生祝の品もみ
んな男の子の物を揃えちゃってるし、お姉ちゃん三人も小学校や幼
稚園で『今度家に弟が生まれるんだ』ってお友達に自慢しちゃって
るし。名前も当然男の子の名前しか考えてないんですから。
その名前なんですが、産んだ当のご本人は女の子誕生の知らせに
すっかり気落ちしちゃいましてね、ほら、ちょっぴりノイローゼ気
味だったのも一因だったんでしょうけど、何でもいいからって旦那
さんにまかせっきりにしちゃいました。その旦那さんも口とは裏腹
に内心男の子を期待していた面があったんでしょうかねぇ、やっぱ
り男の子の名前しか考えていなかったようなんですねぇ。
そうです、いくらどっちでもいいとは言ってても、家の中では男
は旦那さん一人でしょ? そんなに広くない家の中に女は嫁さん含
めて四人ですもんね。そうそう、言い忘れてましたがこの旦那さん、
勤め先が某下着メーカーでしてね、会社でも女性の方が多いという
環境にいた訳です。だから同性の自分の味方が一人くらい欲しい、
っていう潜在的な願望は強かったんだと思いますよ。
ま、そんなこんながありまして、名前をつける期限が次第に迫っ
てきました。ほら、ご存知だとは思いますが、誕生から二週間とい
う期限があるんですよね。
で、結局、ついた名前が『滋』というコトに相成りました。え
え、滋養の滋と書いて『しげる』と読ませるんです。ええ、聞く分
には男の子みたいな名前でしょ? ああ、そうですね、女優さんに
この名前と同じ名前の人もおりましたね。
で、この滋ちゃん、今ふたつになりましたが、格好はまるで男の
子な訳です。勿論、お母さんの趣味による処が大きいんですが、本
人の性格も男勝りというか男の子っぽいんですね。まあ、生まれる
前から周りの環境が滋ちゃんに男の子っぽさを望んでいた訳ですか
らそうなるのは当然といえば当然かもしれませんよね。
今でも三人のお姉ちゃん達は滋ちゃんの事を弟だとお友達には言
ってるんです。
今はまだ滋ちゃん、小さいからそれはそれで幸せなんでしょうけ
ど、彼女がもう少し大きくなった時、誰がこのつけを払うんでしょ
うか? 私はそれを思うと少しばかり滋ちゃんが可哀想だと思うん
ですよ。
え? なぜその子の事をよく知ってるかですって? ハハ、実を
言うと彼女と私、友達なんですよ。彼女だけではありません。上の
三人のお姉ちゃんとも友達ですし、貴方のお子さん達とも友達なん
ですよ。ええ、嘘じゃありません。何なら今日お帰りになったらお
子さん達に聞いて御覧なさい。
私の名前ですか? ハハ、じゃちょっとお耳を拝借しますね。ほ
ら、最近じゃ著作権やなんかでうるさいでしょ? だから用心し過
ぎるって事は無いんですよ。
分りましたか? 私の名前。え? 変な名前ですって? これは
しょうがないんですよ。だって私を作った作者のおじさんがつけて
くれた名前なんですから。私達の世界では、大体食べ物関係の名前
がつくのがメインなんですよ。
そう、主人公はパンの名前だし、私達の世界ではたった二人の人
間型のキャラの名前も、その関連の名前なんですよ。ああ、そうで
す、基本、人間型はたった二人しか出てこないんですよ。え? 違
います。食べ物屋の物語じゃありません。そうですねぇ、言うなれ
ば、ユートピアでの勧善懲悪の物語って奴じゃないでしょうかね。
二人の憎みきれない悪玉が出てくるんですよ。その二人に毎回ゲス
トの出演者が騙されて我主人公と戦う羽目になるんです。で、結局
騙されているのが分り、主人公と二人で力を合わせてその悪玉をギ
ャフンといわせるという他愛もないお話なんですがね。子供さん、
特に幼児さん方の間じゃとっても人気があるんですから。
きっとお父さんのお家にも私らの世界のキャラクター商品が一
つやふたつはあるんじゃないでしょうかね。ま、もっとも私のもの
はきっと無いとは思いますが。へへっ、言うなれば、私なんか刺身
のつまですもんね。そうです、私なんか付け合せなんですよ。だっ
て私らの世界じゃキャラが多いんです。
ええ、そうですよ、主人公以外にも沢山のキャラが活躍するんで
すよ。さっき、食べ物関係の名前がつくのがメインって言いました
が、そうばかりじゃないんです。本当はね、なんでもありの世界な
んです。名前の最後に~マンってつければ、もうそれだけでこの世
界じゃゲストになれるんですから。
でも、それはそれで良いんです。だって私もこの世界を愛してい
ますしね。でもひとつだけ言いたいことがあるんですよ! さっき
からお父さん、この私の話を聞いてくださってるでしょ? でもね、
私の世界じゃ、本当は、この私はこんなに誰かに話を聞いてもらえ
るなんて事は無いんですよ。ええ、本当なんです。
その割には話好きじゃないかって? ええ、いつもの反動なんで
しょうね。普段は私、ワンワンとしかしゃべれないんですもん。
え? 違いますよ、他のキャラ達はちゃんとしゃべれるんですよ。
この私は言うなれば、ちゃんとした動物でしょ? 他のキャラ達の
中には無機質の物も沢山居るんですが、最後に~マンを付ければ
ちゃーんとしゃべっちゃうんですから。
私だけですよ、私らの世界でしゃべれないのは。さっき私、刺身
のつまって言いましたが、もう言っちゃいますよ! 本当はスケー
プゴードなんです。へへっ、そうなんですよ。ユートピアって言っ
ても所詮は誰かがスケープドードにならなくてはならないんです
よ。お父さんなら分ってくれますよね?
私、これでも表面上では名犬って言われてるんですよ。え? お
父さんも会社じゃ課長代理補佐ですって? ははっ、分ります。分
りますとも、そんなお父さんの気持ち! よしっ! 今日はもうお
父さんと飲んじゃおうかな。勿論おごりますよ? 大丈夫ですって。
こう見えても私、お金だけは持ってるんですから。あ、最初に言っ
ときますが、途中で呼び出されたら失礼させて頂きますよ。勿論飲
み代は払っておきますから安心してください。
え? そうですよ、いつ呼び出しがあるか分らないんです。ええ、
忙しいんですよ。ユートピアのスケープゴードもそれなりの重要な
役割ってコトで割り切ってはいるんですがね。ハハ、だからこうし
てたまにはこっちの世界の誰かに私の話を聞いてもらうんです。こ
れがあるから胃に穴が開かないんですよ。
さぁ、呼び出しがかからないうちに飲みにいきましょうか。あ
れ? 携帯が鳴ってるぞ? ん? 私のじゃないな。あっ、お父
さんのじゃないですか? やっぱりそうだ。え? 部長からの呼
び出しですって? ああ、分ります、分りますとも。何も言わな
くていいんです。じゃ、お父さん、またの機会にってコトにしま
しょうか。
ともあれ、私の話を聞いて下さってありがとうございました。
そうだ、これ、私のサインです。お子さんにあげればお父さんの
株もあがりますよ。いや、ホントですって! じゃ、お父さん、
さよなら!
ふぅ、まだしゃべり足りないな。誰か相手は、と。ええと、あ
っ! また良さそうな人が来るじゃないか。よしよしっと。
ああ、そこのお兄さん、お急ぎ? え?お急ぎでない? じゃ、
ちょっとばかり私の話を聞いてくれませんか? じゃ、少しだけだ
け寄り道して私の話を聞いてくださいよ。私は人に話を聞いてもら
えるなんて幸運は滅多に無いんですから。
ええ、でも損はさせませんよ。貴方、お子さんはいらっしゃるん
ですか…
このキャラが何であるかは 口が裂けても 言えねぇ 言えねぇ…