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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
八章
206/208

番外編 枯れた泥は生き永らえる ~side Chloe~

青い鳥は鳥籠の中に【10】後の話になります。


「今日の夜から私がご飯作りますね」

「オレとルイのメシに嫌気差した?」

「ううん、病気でもないのに怠けている訳にはいかないなって」

「気にすることねーのに」


 朝食の席で夕食の話をしても良い反応を得られないかもしれないと思いつつ、全員が揃っているのは朝か夜しかないのでクロエはこのタイミングで切り出す。


「エルフェさんは今晩食べたいものありますか?」

「蒸しキャベツを頼めるか」

「貯蔵庫にキャベツありましたね! 沢山作れます。林檎煮にします? オリーブオイルかバターの方が良いですか?」

「どちらでも構わん。レヴィたちの希望を聞いてからだな」

「そうですね」


 林檎やバターで甘みを強めるのも、オリーブオイルで素材の旨味を出すのも良い。蒸しキャベツはクロエも好きだった。


「レヴィくんはどうする?」

「オレはクロックムッシュ……あ、やっぱハンバーグステーキ(ステック・アッシェ)。ふわふわのやつ!」

「一昨日キミが作ったんじゃないか?」

「自分で作ったのこれじゃないって感じだったんだよな」

「私は美味しかったよ?」

「なんかオレの理想と違うんだよ」


 クロエがハンバーグにかけるソースは玉ねぎをしっかり炒め、葡萄酒を煮詰めて作る。トマトソースとマスタードをかけたレヴェリーと違うところだろう。

 あとはつなぎの違いかな、と考える。

 クロエのハンバーグは施設で教わった嵩増し料理なのだから。

 牛肉しか使わないものがこの辺りでは一般的のようだが、レヴェリーの好みは柔らかいハンバーグのようだった。

 もう一つのリクエストのクロックムッシュは明日の昼だ。アルバイトの休憩時間に帰ってくるようにクロエは伝え、残る一人に訊ねる。


「ルイスくんは何かある?」

「オレは何でも……」

「こういう時は何か言っとけよ」


 ルイスから好物を訊くのは大変なので、レヴェリーの援護が有り難い。クロエは心の中で感謝する。


「名前は分からないんだけど……。とき卵が入っている……トゥランに似ていてニンニクとトマト使っていないスープ」

「うーん……かき玉のことかな」

「……かきたま……」

「お前、熱くて飲めないって言ったやつじゃね?」

「ああ、それだ」


 かき玉はとろみがあるから中々冷めない。


(ほうれん草入れたんだっけ。ルイスくん、好きだったんだ)


 粉チーズと葉物も入れたはずだ。

 猫舌のルイスが熱がっていた覚えがあるのでリクエストされるのは意外だった。


「冷めたかき玉美味いって言う奴、初めて見たわ」

「そうかな」

「熱々だから美味いんだって。我慢して食ってみろよ」

「舌が焦げて味が分からなくなる」


(ハンバーグに卵のスープ……)


 やはりというか双子が好むのは施設の料理だ。育った環境でファルネーゼ料理とシューリス料理という好みの違いができてもそれは変わらない。

 他に双子の好物といえばカニカマ(スリミ)のテリーヌだろうか。あれも簡単なのでサラダとして添えよう。そして、メインの肉に合わせて蒸しキャベツは酸味のあるものにした方が食欲をそそるはずだ。

 クロエは両隣から交わされる二人の会話を聞きながら、彼等のいた舎の兄姉がいたらレシピを訊くのにと思った。




 朝食後クロエは貯蔵庫を確認し、足りない食材を書いた紙をレヴェリーに渡す。


「買い物いっぱい頼んじゃうな。仕事後で疲れてるのにごめんね。好きなお菓子二つまでなら買ってきて良いから」

「気にすんなって……てか、菓子二つってなに? 菓子に釣られて手伝いしてるガキみてーじゃん」

「お菓子要らないの?」

「いや、要るけどさ」


 仕事帰りに買い物をしてくることになるレヴェリーは子供扱いにむくれるが、形だけだ。


「クロエだって本当は自分で買い出し行きたいんじゃねーの」

「こんな時だもの。仕方ないよ」


 クロエはエルフェに外出を止められていた。

 家に戻ってきて一週間と数日が経ち、足の傷も一日一日良くなっている。診察にきた看護師にも少しずつリハビリをするように言われた。それでも外には出られない。


「クロエ、一階で寝たら? ヴィンスの部屋空いてるし、気分的にエルフェさんの方が盾にしやすいだろ」

「自分の部屋が勝手に使われていたら嫌じゃないかな。それに、ここまで追ってくるんだったら私……」


 皆には迷惑を掛けられない。

 母が理由でこれ以上、周りの人間が傷付くのは耐えられない。そうなるくらいなら娘の自分がけりを付けるしかない。

 復讐者たちに手を汚させず、血縁者が終わらせることが正しいのではないかとクロエは考える。

 だが、考えたところでディアナとは面会禁止だ。今のクロエには何もできない。ただ、平凡で平穏な振りをしながら暮らしているだけだ。


「妙な奴がきたら追い返すからな」


 レヴェリーは俯くクロエの顔を覗き込む。


「お前は【赤頭巾】って奴の子供だけど、そいつとは違う独立した人間じゃん。親子でも大人と大人の関わり方するべきっつーか……。上手く言えねぇけど、親だから子供の自分がどうにかするってのは可笑しいって」


 レヴェリーは年長のクロエにディアナとは親と子ではなく大人同士の距離感を持つようにということを言う。


「私ってそんなに子供かな……」

「知らね。ただクロエは……今更母親と一緒に暮らしてやり直したいなんて思ってないだろ」


 ぎくりとする一言だった。

 クロエは確かにディアナの娘だ。けれど母を慕って愛を求めたとしても子供時代のやり直しをしたい訳ではないのだ。


「えっと……レヴィくんは凄く分かっているように言うね」

「【それ】見て分からなかったら朴念仁(エルフェさん)じゃね? まあ、エルフェさんもすげえ顔してたけど」


 スズランのペンダントを指され、クロエは視線を彷徨わせる。


「こ、これは私物で――」

「この一年、クロエがアクセサリー買ってるとこ見たことねーんだけど」

「シュシュとヘアゴムは買ってるよ。あ……! エルフェさんはメルシエさんにこっちで暮らそうって言ったんだから分からず屋じゃないんじゃないかな。エルフェさんなりに関係変えようと考えているんだろうし」

「話逸らさなくて良いし」


 う……っと言葉に詰まる。

 男たちはこれをクロエ自身が購入したものとは考えないのだろうか。異性からの贈り物を身につけている浮かれた女と皆に思われているのだとしたら、ルイスに迷惑を掛ける。かといって今更外すというのも彼に良からぬ誤解を与えることになりそうだ。

 固まるクロエの前でレヴェリーはため息をつく。


「兎に角、オレはルイと違ってクロエとメルシエさん襲った奴も、【赤頭巾】も許せねぇから。何かあったらクロエの味方なる」

「……うん」


 ルイスは復讐者たちを詰ることをしなかったし、クロエも仕方ないと感じている。

 けれど、やはり苦しいのだ。だからこうして誕生日の贈り物を(よすが)にしてしまう。

 母を終わらせ自身の生も終わらせて地獄へ行かなくてはいけないと思うのに、それを支えに生きている。

 クロエは深呼吸する。


「クリームヒルトのおうちの掃除しようかな。さっきから気になっちゃって」

「先週牧草は入れたけど、ケージは掃除してないな」

「やっぱり。うさぎは綺麗好きなんだから掃除しなきゃ駄目だよ」

「分かったよ。オレ、仕事行くからクリームのことはクロエに任せるわ」


 することがないと悪い方にばかりことを考えてしまう。自分の悪い癖をクロエも分かっている。

 毎日の食事を作って、家の掃除をする。そんな当たり前の日常から始めていく。今はそれしかないのだとクロエは思う。


「んじゃな」

「行ってらっしゃい」


 仕事に出るレヴェリーを見送る。家に一人になったクロエは気合いを入れる為に髪を一つに縛り、家事に取り掛かった。

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