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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
八章
205/208

番外編 間違えたあとの話 ~side Vincent~

青い鳥は鳥籠の中に【10】後の話になります。


「バカ林檎を食べると木になると聞いていました」

「へえ、君の村ではそうなんだ」


 カールトンという名の村は近くにあったか。ヴィンセントは最下層部のことに興味がなく、記憶が曖昧だ。


「四肢の先から朽ちるような嫌な感覚だったよ」

「きっと動けなくなったところに木が生えてくるですね」

「木、ね」

「バカ林檎の周りに生えてる気味の悪い木はおまえみたいな食い意地の張ったバカの死骸に違いないですぅ」

「何なの、前に言ったこと根に持ってるわけ?」

「飢えてもバカ林檎だけはないというのは【アヴァロン】の民の共通認識では」

「仕向けた奴がよく言うもんだ」


 あの七色の林檎の木は気味が悪い。

 どれだけ遺伝子を弄くればあのようなものができるのだろう。天使と悪魔が同居した木は、紫の瞳を持っているのに人体を溶かす血を流す弟のようだ。


「それはそうと……ディアナの子供、酷い顔色でしたよ」


 看護師の護衛でテーシェルに行ったアンジェリカがそんな報告をしてきた。

 ヴィンセントがクロエの顔を見たのは一週間と少し前になる。痣の浮かんだ目許を髪で隠しているところはあの子供が目覚めたばかりの頃を思わせた。


「眠れていないのでしょうね」

「居直る強さもない人間の――普通の反応だね」


 かつてヴィンセントが突き落として尚も引き下がらなかったクロエのしぶとさは今回は発揮されない。


「開き直ったら面白いのですか?」

「僕は褒めてあげたかもよ。【それでこそディアナの娘だ】って」

「血縁なんて信用できないものです。わたくしたちが体現しているような【理由】でおまえはあいつを認めるとでも言うのです?」

「君が言うと説得力あるなぁ」


 ヴィンセントはその理由ではクロエを認めない。

 例え、あれがディアナの盾になったところで良い子ぶって死んだとしか思わない。


(そうできるならあんな顔をしないだろうけどな)


 使命感に駆られてディアナに毒を飲ませにくる方がまだ可能性があるかもしれない。

 ディアナの実の娘はその有り様で、ここにいるもう一人の娘も薄情なものだ。


「そういえば君の仲間が殺されたんだったね」

「ええ……。ユピテルもセレーネも死んでしまったですね。アンジーの知っている奴はもうディアナだけです」

「傷付いた訳じゃないだろう」

「…………」


 【下界】に帰ることも人間の世界に馴染むこともできない欠陥品。目の前にいる若い同族は、人間のように行儀良く黙っている。


「ファウストくんが憎い? それとも恨みも湧かない?」

「人間らしい言葉をお望みですか? 聖書には【主が言われる。復讐はわたしのすることである。わたし自身が報復する】と書いてあるのです。ならば、全て神の意思に任せましょう」

「うわ、恨み言を聞かされるより怖いや」

「こう答えなさいと言われましたから。おまえも教場にきて授業を受けると良いですよ」

「頭に蛆を詰め込まれるパーティーへのお誘いかな」


 異教徒は改宗させられる。だが、その宗教とやらでこの国は割れて多くの血が流れている。

 ヴィンセントは神というものを信じている弱者も、利用する人間も気持ちが悪かった。そして、縋るしかない同族が哀れで腹立たしい。


「そんなに必死になって改宗しましたアピールしなくても君は始末されないし、反逆者はカノーヴァの果てまでも追われるだろうさ」

「カノーヴァの果てまでも?」

「【上】の人間が大好きな言葉だよ」

「ふうーん……。覚えておくです」


 アンジェリカは唇を押し曲げ、半目を伏せた。不満を隠そうともしない子供のような仕草だ。

 クロエならばもっと取り繕うはずだ。ディアナならば――。

 ディアナと出会ってから彼女と他の人間を比較してしまう癖の抜けないヴィンセントは自身に辟易する。


「ここで君と話しているのも飽きたし、僕もテーシェルに帰るとしようかな」

「肝にカビが生えてるです」

「それを言うなら毛が生えているだよ。育ての親(ディアナ)はそこまで頭が悪いのかな 」

「毛などでは済まないくらい図々しいので、心の臓が腐れているかカビているかと思ったのです」

「何でそんなこと言われなくちゃならないんだよ」

「ファウストの弟にもメルにも絶交言い渡されたようなものじゃないですか」

「もう三十年前に絶縁されてるんだよね」

「反省しない奴に怒っても時間と労力の無駄ですからねえ。正真正銘、見限られているのですぅ」


 メルシエの家に居候しているアンジェリカは診療所でのやり取りを都合良く聞かされているようだった。


「謝って済むならこんな世界になってないよ」

「そんなのだと友達いなくなるですよ」

「……うるさいな」


 ディアナと似たようなことを言うな。

 可笑しな話し方も相俟ってアンジェリカの言葉はこちらの神経を逆撫でするのだ。

 ヴィンセントの殺意を感じ取ったのか、アンジェリカの肩がびくりと揺れる。それでもこの臆病者は言葉を続けるのだ。


「痛いところを突かれたからって大人げないですよ」

「お前だってあの小娘を友達だと思ってもいない癖に」

「アンジーはただの知り合いですよ。隣人です。聖書にも隣人を自分――」

「もういいよ」


 蹴飛ばしてやりたいところだが、施設の中庭の様子はカメラで記録されていた。

 先日の襲撃で下のフロアは壊滅的な被害を受け、中庭を利用する職員もいない。被収容者との面会も禁止されている。この状況で施設にくるような物好きはヴィンセントとアンジェリカだけだった。


「仲直りするなら菓子折り持って行くと良いですよ! アンジーは【ヴァレンタイン】のクッキーとマドレーヌがいっぱい入った箱が嬉しいのです」

「そういうのはあの人には逆効果なんだよ」


 物で解決しようしていると受け取られる蓋然性が高い上に、ヴァレンタイン社嫌いのエルフェにそのようなものを渡したら悪い方向に話が進む。

 エルフェに殴られずに話すにはどうするべきだろう。クロエを盾にしてみようか。


(全て徒事だったとはね)


 ヴィンセントは修復を望んでいる訳でもないが、悪化も望んではいない。

 別れの言葉くらいはまともに告げられるだろうか。

 かつてディアナは別れを伝えてくれたのだ。その言葉を聞きもしなかった自分が別れの台詞を考えているなど滑稽だった。

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