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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
八章
199/208

番外編 もどかしく愚かしく ~side Louis~

青い鳥は鳥籠の中に【1】前の話になります。

 これはテーシェルの水上花火から幾日かが経った日のこと。

 クロエは玄関に薔薇を植えても良いかということをエルフェに訊ねた。


「駄目だ」

「どうしてです!」


 朝食の席で悲鳴のような声を上げたクロエ。

 正面に座るエルフェはサラダにドレッシングを足している。その些か多過ぎる量に、クロエはエルフェの手からドレッシングボトルをもぎ取った。


「花には虫がつく」

「げ……っ」

「小さい蜘蛛とか蜂くらいですよ。たまに毛虫もきますけど」

「俺はそれが嫌だと言っている」

「オレも虫は無理……毛虫はマジ勘弁……」


 レヴェリーは真っ青な顔をして食事の手を止めた。


「その年で虫を怖がるなんて恥ずかしくないのか」

「ルイだって蜂怖い癖に」

「……蜜蜂くらいなら……」

「無理すんな」

「蜜蜂って可愛いよね。蜂蜜も美味しいし」

「可愛くねーし」

「蜂蜜は関係ないだろ」


 双子の息ぴったりな反論に挫けそうになりながらも、ここで説得するべきなのは家主のエルフェだとクロエは続ける。


「虫がついたらちゃんと駆除します。皆さんの迷惑になるようなことはしません」

「食事の時に虫の話をするな」

「じゃあ、植えても良いですか?」

「駄目だと言っている。二階でできることにしろ」

「エルフェさん……!」

「夜になっても気が変わることはない。良いな」


 夕食の席でこの話を出すなと暗に言ってエルフェは仕事に出ていった。ルイスも喫茶店用のベストを羽織って続く。残されたレヴェリーも急いで食事を平らげ、砂糖菓子屋(コンフィズリー)へ向かう。

 沢山の洗い物と共に一人残されたクロエはむすりと唇を押し曲げた。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 昼過ぎに飲み物を取りに家へ戻った際、ルイスはリビングのソファに塊を見つけた。

 クロエだった。

 頭からブランケットにくるまっている様はいじけた子供のようだ。ブランケットの端からはミュールを脱いだ白い足がまろび出ている。

 クロエがこのような態度を取るのは珍しい。そして、珍しいのはエルフェもだ。


(あの人はどちらかというと放任だと思っていたけど……)


 エルフェは養子のクロエやレヴェリーが何をしようと我関せず。何かを強く反対するということはないように思えた。

 何故そこまで嫌がるのだろうか。閉店後の店内でルイスはエルフェに疑問をぶつけることにした。


「貴方が反対するのは害虫がくるという理由だけですか?」


 磨き終えたカップを棚に戻し、クロスを置いたエルフェは渋面を作った。

 閉店時間を迎えれば接客中の愛想は途端に消える。喫茶店のマスターとしてのエルフェしか知らない者が見れば思わずぎくりとするほどの冷たい目だ。


「その話はするなと言ったはずだ」

「オレは言われていません」

「他にどのような理由があるという?」

「ないのならそれで構いません。貴方が情けない理由で義娘の願いを退ける奴だと思うだけです」


 ルイスは自分が何故こうまでエルフェのことを許せないと感じるのか今まであまり考えてこなかった。片割れであるレヴェリーが蔑ろにされたから、クロエの傷を見てみぬ振りをしようとしたから。きっとそのような理由だと思っていた。

 けれど、気付いた。ルイスがエルフェに向ける嫌悪は、自分を叱らなかったヴァレンタイン夫妻への憤りと同種のものだ。

 息子であるルイスが何をしても怒らず、腫れ物を触るように遠くから見ているだけ。

 十年間、胸が潰れるような思いで耐えた。結果、限界を迎え家から逃げた。その家出先(いえでさき)で似たようなものを見せつけられたのだから堪ったものではない。


「今の暮らしは彼女にとって楽しいことばかりではないはずです」

「そうだな」

「オレの主観ですが……彼女は真面目に生きている人です。誰かを不幸にするようなことを言っている訳でもない。せめて望みくらい聞いてあげてはどうですか」


 上部だけの優しさでクロエが救われないことを承知しながらも、少しでもエルフェには彼女の為に心を砕いて貰いたい。ルイスは自分がいかに感情的で愚かなことを言っているかという自覚がある。


「……薔薇は根が張るだろう。クロエもいつまでもここにいる訳ではない。ならば薔薇は育てるべきではない」


 この場所に根を張っては困るのだ。


「お前がクロエの望みを叶えてやりたいのは分かったが、俺も譲るつもりはない」

「不躾なことを言って済みませんでした」


 それはクロエには聞かせられない理由だった。

 ルイスは素直に反省した。


「俺は二階は好きにして良いと言った」

「では、鉢植えなら良いんですね。彼女はゼラニウムを飾りたいようなので」

「ああ、あれか。それなら構わない」

「分かりました。そう伝えます」

「……ルイス。クロエの気持ち汲んでやってくれ」

「どういう意味ですか?」

「言わせるな」


 エルフェはそれ以上語らずに厨房へと消えた。


(本当に、どういう意味で言ってるんだか……)


 復讐を思い止まれということか、それとも。

  言われずとも考えている。考えているからこそ、【言葉】が出なくなる。

 今は花を育てたいという気持ちを汲むことからだ。エルフェに押し付けられたような気もするが、そもそもクロエをその気にさせてしまったのは自分なのでルイスはきちんと責任は果たすつもりだ。

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