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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
七章
186/208

番外編 夢見るだけでいたくない ~side Louis~

Au Defaut du Silence 【5】以降の話になります。

 その日は多分疲れていたのだと思う。

 初めての環境で、慣れない作業をして、知らない人と関わって。そんなことで疲れていたから咄嗟に取り繕うことができなかった。

 あとからそう思う。これは格好の悪い話だ――――。


「髪、邪魔じゃね? オレの貸してやっから」


 ルイスが副業(アルバイト)を終えて居候先の家に戻ると、レヴェリーとクロエがキッチンで夕飯を作っているところだった。

 レヴェリーはクロエの髪が気になったのだろう。何気なくクロエの頬の横髪を指で掻きあげてヘアピンで留めた。


「あ、うん。楽かも」

「下ろしてないで結べば?」

「うーん、でも……」


 そこでこちらに気付いたのか目が合う。

 クロエとレヴェリーはとても近い距離で、二人とも自然で、ルイスは何となく嫌になって背を向けた。

 リビングの扉を閉めた時にいけないと思った。帰宅の挨拶もしないでいることもだがこの態度は良くない。

 だが、どうにも面白くなくて、その気持ちを処理できないルイスは二階の部屋に引っ込んでしまう。


どうしてあんなことを(メ・ケス・キ・マ・)してしまった(プリ・ドゥ・)んだろう(ファール・サ)


 この感情は何なのだろう。

 もしもクロエとレヴェリーが一緒にいることを妬んだのだとしたら滑稽である。何せ二人は家族だ。

 彼等は家族だから近い距離でも遠慮がなく、互いに意識もしていない。

 初夏に一度、ルイスはクロエにそうしてほしいと伝えたことがある。レヴェリーにしているのと同じように――出会った頃のように話してほしい、と。無理だと言われた。丁寧語を使うのは癖だとか言い訳を並べられた。

 どうして双子の兄のレヴェリーが良くて、弟の自分は駄目なのだろうか。思えばあの頃から自分の中に【面白くない】という感情はある。


(子供じみている……)


 クロエに好きだと言われているのは自分(こちら)だというのに、それでも悋気するというのか。

 二人の家族のような距離感を羨んで、けれど異性として全く意識されないのも嫌だなんて我儘にも程がある。情けない自分に愛想が尽きかけて、猛省していたものだから夕食の席でも会話は少なくなってしまった。

 午後九時を回る頃、一階のバスルームの空く順番を待っているとレヴェリーがルイスの部屋にやってきた。

 ノックもせずに扉を開けられて、流石に気分が悪くなる。


「ルイ、ちょっと下こい」

「何の用……?」

「良いからこい」


 ここで良いだろう訴えると、レヴェリーは無言で廊下を示した。

 二階にあるクロエ専用のバスルームは彼女が使っていた。つまり、彼女に聞かれたくない話ということだろう。

 それほど大声で話すつもりはないし、クロエも暫く出てこない。けれど少し後ろめたさのようなものが張り付いていてルイスはレヴェリーに従った。


「お前、さっきの何なの?」

「何が?」

「何がじゃねぇ。何だよあの態度」


 リビングに入るなりレヴェリーはルイスを責めた。

 夕刻のことを言われているらしい。忘れる努力をしていたことを穿り返され、ルイスはレヴェリーを睨んだ。


「クロエが気にすんだろ」


 そういう態度を取らせた元凶がぬけぬけと言ってくる。


「キミに関係ない」

「思いっきりあるわ。ルイとクロエのごたごたに巻き込まれるのはオレだろ!?」


 だからその原因がお前だと言いたい。いつもは巻き込んでしまっているけれど今日の原因は目の前にいる兄だ。

 ルイスも正直にそのようなことは言いたくなくて、口から出るのは遠回しな言葉になる。後から思えば余計にみっともなかったのだが。


「オレはクロエに何もしてねーじゃん」

「誰とでも仲良くなれるキミには分からない」

「……んだよ、そのクソみたいな言い方。オレだってお前に対して思うもん色々あんだよ」

「具体的に?」

「言いたくねぇ」

「どうせ、ないんだろ」

「弟の癖に何でオレより身長伸びてんだよ。モテんのだっていつもお前じゃん。オレは可愛い(マスコット)扱いで、お前ばっか良いとこ取っていくんだ」

「良いところを取っていくのはレヴィじゃないか」

(クロエ)のことに関してオレは良いとこ取ったことねーわ」

「ライゼンテールの件、忘れていないから」

「は!? それ蒸し返すの!?」

「キミが先に蒸し返したんだろ」

「オレのせいか!?」


 七月の終わり、エルフェの里帰りに同行したレヴェリーとクロエが同室で眠った件は忘れていない。レヴェリーが電話を途中で切って誤魔化したことも覚えている。

 絶叫したレヴェリーに襟を掴まれたルイスは反撃とばかりに相手の前髪を押さえた。


「おま……っ、また髪掴みやがって! 卑怯だ!」

「急所を狙うのは当然だろ」


 体格はそれほど違いはないが喧嘩慣れという意味では兄に劣る。兄が手加減を止め、本気で殴り合ったらこちらはきっと負ける。

 いや、負けるつもりはない。兄に負けたくはないし、あの男(ローゼンハイン)に屈するのも御免だ。


「ふたりとも何してるのっ!」


 騒ぎを聞き付けたクロエが着の儘で飛び込んできた。

 この人はどちらの肩を持つのだろう。レヴェリーの味方をするのか。そもそも何処から会話を聞かれただろう。クロエを正面から見られないルイスは顔を背ける。


「何があったの? どうして急に喧嘩するの?」

「揉め事は急に起きるものだよ」

「こいつが女みたいにすぐキレっから」


 その言い方は腹が立つ。ルイスはレヴェリーが命と語る前髪をしっかり押さえておく。


「離せよ!」

「ならキミから離せ」

「ルイスくん、レヴィくん!」


 彼女の口からレヴェリーよりも自分の名前が先に出てきたことに少しばかり胸がすいて、ルイスはそんなことを考えた自分を呪いたくなる。

 そうして双子が掴み合いを続けていると、クロエが立つところと反対側の扉が開いた。


「おい……お前たち。何時だと思っているんだ」


 凍り付くような家主の声に、咄嗟にレヴェリーが手を離すのでルイスも従う。

 就寝前の穏やかな時間を邪魔されたエルフェの機嫌は悪い。

 噂の拳骨を食らうことになるのだろうか。ルイスが警戒していると、エルフェはクロエに言った。


「そういう格好で下りてくるなと何度言わせたら分かるんだ」

「えっ、喧嘩しているのを無視するのは……。それにエルフェさんだって同じような格好(ナイトウェア)じゃないですか」


 自分が怒られると思っていなかったらしいクロエは抗議するものの、エルフェの顰め面は崩れない。

 年頃の男女が暮らしているのだから大人のエルフェは譲らない。

 そう、だからルイスも色々と気にするのだ。クロエが部屋に入ってくるから、自分の中で決まりを作って夜は九時までしか会わないなどとそんなことを考えて。それなのにレヴェリーは気安くクロエに触れたりするし、今だって彼女の寝間着を見ても何も思っていない。

 化粧をしていない顔も、おさげの髪が珍しくても不躾に見るのは失礼だ。

 ルイスがそうやって目を合わせない努力をしているのに、デリカシーのない男二名は平然としているからまた嫌な気分になる。


「思春期の莫迦どもは放っておいて良い」

「えー……」

「早く寝ろ」

「あの、でも」

「寝なくて良いから部屋に戻れ」

「……は、はーい……お休みなさい」


 食い下がっても拳骨が飛んでくるだけだと察したクロエはそそくさとリビングから出て行った。

 ぱたぱたと階段を上る足音がして、二階の扉が閉じる音が響く。


「お前たちは何をしている?」

「こいつか思春期のバカをやらかしてさー……」

「キミがいけないんだろ。思春期みたいに絡んでくるから」

「あー、うるせー」

「ああ、最悪だ」


 水を差されると冷静になるものだ。どうしてあれほど掴み合っていたのかも分からない。


「座れ」


 レヴェリーとルイスは同時にソファに着席する。面倒事は終わらせるという方向で意見が合致した。

 ダイニングキッチンに消えたエルフェは暫くしてティーカップを二客持って戻ってくる。紅茶はティーバッグで淹れた簡単なものだった。


「それを飲んで落ち着け」

「オレは落ち着いていますよ」

「そもそも本気で喧嘩してねーし」

「掴み合っていたのにか?」

「オレとレヴィは本気で喧嘩したら口も利かないので」

「それな」


 双子の答えにエルフェには納得したようなうんざりしたような顔をした。

 これ以上言い合うも嫌でルイスは紅茶を飲む。しかし、熱すぎて飲めたものではなかった。

 隣ではレヴェリーが平然と紅茶を飲んでいる。


「もう一つカップが必要か?」

「それはマナー違反だと先生に言われました」


 エルフェがカップを移して冷ますかと問うてくるのでルイスは断った。

 珈琲店の店主が持ってきた紅茶は熱い上に渋い。クロエがいつも夕食の後に用意してくれるものとは違う。


(……今日は話せなかった)


 あのような態度を取ったから今日はクロエと共に過ごせなかった。

 花火の日の後から、語らうようになった夜のひと時はルイスにとって楽しみな時間になっていた。


「兄弟喧嘩をするなとは言わんが、クロエを心配させるな」

「いや、だからオレも同じことこいつに言ったんだよ」


 黙り込んでいるルイスは悪者にされる。半分くらいは己に非があることなので反論はしない。

 己のつまらない感情で彼女と過ごす時間を減らしてしまったのだから反省もする。

 結局その日は消化不良のまま眠ることになった。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 夜が明けて、また新たな一日が始まる。

 午前四時からエルフェはケーキの精製に入っているし、六時にはクロエが起きてパンを買いに行ったり朝食を作ったりと忙しそうだ。ルイスも例外ではなく、喫茶店の開店準備を手伝ったらベルシュタインへ出掛ける用事があった。

 慌ただしい朝の時間は過ぎていく。

 朝食の後、食器を片付けていたクロエは幾らか迷ったようにしながらルイスに話し掛けた。


「昨日、体調悪かったんですか?」

「そういう訳ではないけど……」

「夜もレヴィくんと喧嘩しているし何かあったのかって心配しました」

「ごめん。喧嘩じゃないから大丈夫だよ」


 兄に妬いて突っ掛かったとは口が裂けても言わないし、あちらから混ぜ返してきたのだから謝るつもりもない。

 相変わらずクロエはそういうところには気付いてくれそうにない。


「キミはオレに気を遣いすぎだと思う」

「だって気になるんですもん」

「信用されていないな」

「またそういう言い方するんですから。貴方だから気になるんですよ」


 クロエとレヴェリーが仲良さげにしていればつまらない気分になるし、ヴィンセントの傍へ行けば心が乱れる。いつからか、【貴方だから】という言葉を聞くだけでは満足できなくなっている。

 自分の狡さを自覚しつつ、ルイスはクロエの目を見返す。

 クロエは言葉の持つ意味に気が付いたのか、恥ずかしそうにうつむいてしまう。その拍子に髪がするりと肩を滑った。


「髪、伸ばしてる?」

「はい。前ほどにはしないですけど、もう少しだけ伸ばそうかなって」


 出会った頃のクロエは腰を越えるほどの髪をポニーテールにしていたが、今は下ろしていても胸にかかるくらいの長さだ。


「あの……、長いのは変ですか?」

「どうしてオレに訊くんだ?」

「ですから……貴方のことは気になると……」


 これはクロエの話ではないか。どうしてこちらの好みの話のようになっているのだ。いや、そういう話なのか。

 恥ずかしそうにしているクロエの睫毛が震える。彼女は口許よりも目許が雄弁に気持ちを語る。

 朝の慌ただしさも忘れて、ルイスはクロエの瞳を眺めてしまう。


「変ではないよ。キミは髪が綺麗だし、オレもどちらかと言えば長い方が好きだ」


 こういうことなら【好き】と言うことができるのに、別の意味となると口に出せなくなる。

 だけど、クロエは嬉しそうに微笑んだ。

 ここが二階の部屋ならば――この話を昨日、二人でできたら良かったのにと思ってしまう。

 片付けの手もすっかり止まっていた。そんな時に現実を知らせるように入ってくる者がいるのだ。

 ダイニングキッチンで三人は固まる。昨日と位置は違うが状況は同じだ。レヴェリーも真似して無言で出ていくから始末が悪い。


「あ……っ、レヴィくん!?」

「あいつは良いから。じゃあオレも行ってくる」

「行ってらっしゃい」


 ルイスはレヴェリーがキッチンから持って行くはずだった飲み物を掴んで後を追う。

 急ぎ足で玄関に向かうとレヴェリーがいた。


「朝からいちゃつかれてきついわー」

「だったら見なかったことしてくれないか」

「してやっただろ」

「恩着せがましい」

「迷惑料としてマルクレールのアイスクリーム十個な」


 冗談と分かるが、からかわれるのは苦手だ。

 ルイスはレヴェリーにミネラルウォーターのボトルを渡し、共に玄関を出た。


「じゃあな」

「うん」


 噴水広場で別れ、レヴェリーは砂糖菓子屋へ、ルイスは喫茶店【Jardin Secret】へ向かう。

 開店前の店の中には仏頂面の店主がいる。これで客がくればにこやかに接客をするのだから不思議なものだ。

 カウンターの棚から持ち出したベストとショートエプロンを着け、ルイスはテラス席の準備をする。その間にエルフェはケースにケーキを陳列している。


「ルイスくん、こんにちは」

「こんにちは」


 店内から出したテーブルを設置していると声を掛けられた。

 向かいのパン屋の前にいるのは女将だ。あちらは早朝から出勤前の時間が忙しく、今がひと息ついたというところだろう。


「今日のタルトなあに?」

「白桃です」


 【Jardin Secret】で提供しているのは五種類のケーキと日替わりのタルト。コルクボードには既に今日のオススメが書かれてあった。

 女将は「後で伺うね」と言って、自分の店の中へ戻る。

 近所付き合いもあるだろうからエルフェに女将がくる旨を伝えておく。そして、自分の用事も言った。


「今日は午後からと……あと今週は休みをもらいます」

「ああ」


 エルフェに理由は問われない。ルイスも詮索されないことは助かった。

 ルイスが休暇を願い出る理由は【夢】の為だった。

 復讐だけが生きる目的ではないのだ。生きていくには金も必要になる。

 先日、ルイスは副業――施設にピアノを弾きに行った時に昔の知り合いと再会した。老人は楽器店を経営していて、ピアノの調律にきたところだった。

 ルイスがチューニングの様子を横で見ていると老人は工具の扱いを教えてくれた。そして、調律道具を運ぶのは重労働なものだから――トランクケースは十キロ近くある――荷物持ちでもしてくれないかと誘われて、そのまま楽器店に通うようになった。

 ピアノは一日弾かないだけでこんなにも指が硬くなる。音楽の教師の夢は疾うの昔に諦めた。けれど、調律ならば形は違えど耳を活かすことができるのではないか。

 音に艶を持たせるようにピアノを調整していくのはとても楽しい。

 知らないことを学ぶのは喜びがあった。

 実を言えば、昨日も老人に付いて三件家を訪問したのだ。現場でルイスは荷物持ちだが、本職の人間(ピアノチューナー)の客との関わり方やアドバイスを見ているのは勉強になる。 


(考えることばかりだ)


 力も財も才能も足りない。だが、何を利用してでも生きていかねばならないから何でも貰うし使うのだ。

 貴族へ協力も頼むし、親の知人に仕事を教えて貰いもする。復讐をして、名前を取り戻して生きていく。これは夢の為の努力だ。

 将来ことを思うなら考えることは多かった。






 ルイスが午前の内にテーシェルを出て向かったのはベルシュタインだ。

 約束をしているのはディヤマン通りにある花屋の店主シュオン。いつもなら客としてくる店に今日は少し違う理由で訪れた。話があるということも事前に伝えてある。

 臨時休業の札が掛けられているドアを潜ると、柔和な笑みが出迎えた。


「久し振りだね、ルイ」

「久し振り」

「ひと月以上こないなんて初めてだから驚いたよ?」


 ルイスが毎月クラインシュミットの両親の墓に花を持っていっていることをシュオンは知っている。

 シュオンは、墓参りに行かない期間が延びたことを良いとも悪いとも言わなかった。


「毎月行くのはやめようと思っているんだ」


 懐中時計を墓所に埋めた時に考えたのだ。些細なことでも何か報告できる時に来るようにしよう、と。

 二人が眠る場所に通い詰めるよりも、少しは真っ当に生きる努力をしようと思う。きちんと立たなければ二人を安心させられない。


「僕はお父さんを忘れない君の気持ちも美しくて好きだけれど、君が決めたことなら良いんじゃないかな。……うん、今日はそちらの話はなしだね。僕に用件とは何だろう?」


 シュオンは植物のような人だ。少しだけクロエと雰囲気が似ている。

 花が好きなところ、美しいものを愛するところ、そしてルイスの亡き両親への思慕を認めカーネーションの花束を作ってくれるところ。


「シュオンに頼みがあるんだ」

「男として? 友達として? 貴族の子供として?」


 百合のように首を傾げるのはアルヴァース公爵家の凡庸な三男。

 法律家でも学者でもなく、花屋(フローリスト)をしている可笑しな貴族の子息。


「全部かな」

「欲張りだなぁ」


 友情を利用して貴族の力を借りようとしている。彼女といたいという男の望みもあるのだから全てだろう。

 ヘーゼルブラウンの双眸が楽しげに細められて、けれどそこに揶揄の色はない。何処までも穏やかなシュオンにルイスは救われていた。

 救われていたのだと思うようになったのは最近だ。自分を軽視することで、自分に良くしてくれる友人まで軽んじていたのかもしれないと反省している。


「オレに力を貸してほしい」


 手を伸ばせば届くかもしれないものに手を伸ばさずにいるのは止めた。

 叶えたい夢がある。

 そして、欲しいものができた。

 夜空に花が咲いた夜、クロエは「好きになってもらえるように頑張る」と言った。そんな努力など必要ない。ルイスは実の兄に妬くほどに彼女のことを独占したい。みっともなくてもそれが本音だ。


「ルイに協力したとして、僕に見返りはあるのかな」

「ないよ。もし、どうしても何かで返せというなら払うのはとても先になると思う」


 求める未来への道は苦しいこともある。これまで避け続けてきた他人との関わりを持つこと、そして義両親との関係を良い方向へ持っていく為の話し合いも上手くいかない。

 今、足掻いていることを、後から振り返ることができるようになるだろうか。そんなこともあったと穏やかに思い返せるようになるだろうか。

 そうなれたら良い。そういう自分になりたいと思う。


「力になってほしい」

「うん、良いよ。良いに決まってる」


 格好悪くとも見苦しくとも、いつか進んだ道の先で笑えるように。両親の墓の前に後悔と悲しみ以外の気持ちで立てるように。

 先にあるものを掴む為に手を伸ばす。

 花の輪郭はもう霞んではいなかった。

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