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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
七章
177/208

番外編 白雪姫は王子を選べない ~side Gloria~

姫君は花の国を夢みる 【1】以前の話になります。

 七月中旬、例年の如く郊外の別宅で休暇を過ごす侯爵令嬢の御供をすることになったグロリア(ビアンカ)は、屋敷の地下室で荷造りをしていた。

 屋敷の離れにあるこの地下は傭兵用に与えられたもので、武器庫と薬棚がある。

 装備の基本は軽装。袖口の仕込みナイフとピストルがあれば大抵は事足りる。

 しかし、不測の事態はいつ起こるか分からない。拳銃をもう二丁と、停電爆弾も一つくらいは持った方が良いかもしれない。折角だから新しく手に入れたテイザー銃も携帯しよう。

 侯爵令嬢付きの侍女としてのグロリアは非致死性兵器の所持しか認められていないが、外出の際はボディーガードとして交戦許可が下りる。

 首輪を緩められたグロリアは水を得た魚のように得物を漁り、仕着せのドレスと共に大切にトランクケースに押し込んだ。

 旅支度を済ませたら次は身支度だ。

 肌の露出が少ないスタンドカラーの上衣に同色のスカートを合わせる。裾の長い衣服は秘密を隠すのには何かと具合が良かったりもする。グロリアはそうして物騒な着替えをしながら、同じ室内にいる上官に訊ねた。


「ファウスト。ルイスを連れ戻さないのは何故(なぜ)?」


 先日ルイスはオーギュストと大喧嘩をして家を出て行ってしまったのだ。

 家出はこれで二度目になる。グロリアも知る前回の家出は確か一週間もしない内に終わった。

 侯爵の命によって連れ戻されたルイスは二ヶ月間軟禁され、もう懲りたかと思っていた。

 性懲りもなく繰り返された今回の家出もそうなるだろうとグロリアは予想していた。けれど、侯爵からルイスの説得を命じられたファウストは従わなかった。


「連れ戻す必要がないからですよ」

「あそこにいるとあいつは惑わされると言ったのはファウストだ」

「そうですね」

「ならば、何故?」


 初めは喜んでルイスを送り出したかと思えば、あそこにいるのは彼の為にならないと語り、今はこのままで良いと言う。ファウストは状況によって言動を百八十度変える。

 ルイスがエレンとアデルバートの仇討ちをするというただ一つの目的の為だけに、ファウストは悪人にも聖人にもなる。グロリアもその辺りのことは理解しているが、今の状況を良しとできる根拠が知りたかった。


「六人です」

「はっきり言って」

「あの方がエレン様の真実を知ってから、私が命じて死に追いやった者の数です。上々でしょう」


 不信者も脱落者も内通者も目撃者も全て殺してきた【死神】にすれば軽い数だろう。グロリアにとってもそれは同じだ。

 殺した人数を一々数えているようではプロとは言えない。

 だが、それはその道に生きる者の視点だ。平穏を貪っている人間にとってその数は軽くない。何せこの世界の法では三人殺せば死刑になるのだ。ルイスは立派な人殺しだ。


「同情する」

「……おや、貴女がそう言うなんて珍しいこともありますね」


 ルイスが自発的にやったかのように語るが、ファウストが唆して引き金に指を掛けさせただけではないか。

 父親と母親が恋しいだけの子供を洗脳して殺し屋に仕立てた。殺人という外せない罪の鎖で縛ったのだ。

 一役買っているグロリアはファウストの外道を詰ることはできないし、そうしたところで何の意味もないことは承知している。

 ただ、同じような経緯で人殺しになったグロリアは気の毒に思う。本当にほんの少しだけだけれど。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 グロリアが両親を失ったのは十歳の時だ。

 母親のキリエは【死神】に殺され、父親のリュカは仕事から帰ってこなかった。

 母親の罪は神に仕える身でありながら外法の父親と通じたこと。父親の罪はその存在そのもの。母親の死後、父親は身の潔白を証明する為に同族殺しの任に就き、とうとう帰ってこなかった。

 一人残されたグロリアはその稀有な血に価値を見出(みい)だされ、政府の研究機関で投薬実験を受けていた。

 新人類計画という莫迦げた研究を始めて六百年が過ぎても、欲深い人類は諦めていなかったのだ。

 過酷な臨床試験によって髪が抜け落ち、片側の視力と聴力を失い、自力で立つこともできない廃人となったグロリアは廃棄処分されることになった。

 処分が目前に迫ったある日、グロリアはたまたま視察にきた貴族の若君に拾われた。


「私の下僕として不自由に生きるか、死んで自由になるか。私はお前の意思を聞きたいんだ」


 生の苦しみに比べたら死の安息は甘美なものだろう。

 母親と父親が死んでしまった今、生きる理由もない。グロリアは死んで良いと思っていた。

 それなのに何故だろうか、グロリアの口から出た返答は不自由な生だったのだ。


『敬ってはいないよ。ただ、命は救ってもらったしね』

『世間から疎まれ行き場所がない俺たちを旦那様は拾ってくれた』

『恩返しだよ』

『私は私の為にアデルバート様にお仕えしているのです』

『ここにいる皆は貴方と同じような境遇なの。貴方を歓迎するわ、グロリア』


 クラインシュミット家の当主アデルバートは、ぼろ雑巾のようになった外法を飼う趣味があった。

 暖かい部屋、温かい食事、同胞とのささやかな時間。ある者は恩返しと語り、ある者は自分の利益と語った。腹黒い人間に使い潰された過去を持つ者たちにとってここは楽園だった。


「ねえ、アデルバート。私も外で働きたい!」

「お前は身体を治すことが先だ」


 年長者は屋敷の外での任に就いていたが、まだ幼く投薬の後遺症もあったグロリアは下級使用人(ハウスメイド)として雑用をこなしていた。

 昼は家具磨きをして、夜は先輩から戦闘訓練を受ける日々。

 母親と父親を失い、生きる為に選んだ場所での生活は決して楽ではなかったが孤独ではなかった。

 風変わりな仲間とその仲間を従える奇特な主人はグロリアの新たな家族になった。


「グロリア。お前に仕事を与えよう」

「外に出られるの?」

「いや、違う。彼女の話し相手になって貰いたい」


 酷いほどの結果至上主義者。それがアデルバートの裏の顔だ。グロリアは彼のそんなところを好いていたというのに、彼は何の利益も齎さないような者を連れてきた。

 エレン・ルイーズ・アップルガース。後にアデルバートの妻となる女性だ。

 クラインシュミット家の使用人及び兵士は主人の奇行に呆れ、監禁されたエレンを哀れんだ。


「グロリアは髪が短い方が好きなの?」

「……そういう訳じゃない」


 グロリアがエレンに付き合っていたのはアデルバートの命令だからで、同情などはしていない。

 アデルバートから特別扱いを受ける彼女との時間はただ苦痛だった。


「綺麗な黒髪なんだから活かすべきよ」

「面倒だ」

「そう?」

「私の髪を切ってくれていた母は死んでしまった。もう伸ばす意味もない」

「面倒なら私が切ってあげるわよ。私もお母様が死んでからは自分で髪を切っていたの」


 嫌いから好きへ変わる切欠は何気ないこと。エレンが母親を亡くしたということを知ってから妙に馬が合って、グロリアはあっという間に彼女を好きになってしまった。

 エレンがアデルバートとの結婚を決めた時、祝福したのは侍女コリンナかと思われがちだが、実はグロリアが一番喜んでいたのだ。

 やがてエレンは施設から双子を引き取り、使用人と茶の時間を過ごすこともなくなった。ハウスメイドから外されたグロリアは手を血で染めたが、エレンは変わらない笑みを向けてくれた。

 エレンの関心が双子に移ってもグロリアはエレンが好きだったし、変わらず家族も大切で、任務を終えて屋敷に立ち寄る一時に安らぎを感じていた。

 けれど、夢のような日々の終わりは突然訪れた。

 後にクラインシュミット家惨殺事件と呼ばれるその事件で、侯爵夫妻と使用人十数名が殺害された。

 グロリア以外の兵は屋敷に集められていたので、敵にすれば一網打尽だっただろう。自分に武術を教えた者たちの無惨な死に姿を見たグロリアは察した。

 敵はエレンを人質にして一人ずつ殺していったのだろう。

 始めに少しだけエレンを傷付け、彼女を殺されたくなければ武器を捨てろと命じる。それだけで総崩れだ。


(アデルバートはエレンの為に死ねたんだ……?)


 アデルバートが殺され、兵たちも殺され、エレンだけ放置された。苦しんだ末にエレンは失血死した。

 復讐の刃を取らなかったのは、グロリアが脱け殻になってしまったからだ。

 二番目の家族を失くした虚しさに押し潰されて何かがぷつりと切れてしまった。


「そこでそうして死ぬのなら私に命をくれませんか」

「あでるばーと?」

「いいえ、私はアデルバート様ではありません」


 長い冬の間、都を彷徨い続けて飢えと寒さで動けなくなったグロリアに手を差し伸べたのは、任期を終えて教会を抜けた【死神】のファウストだった。

 繰り返された家族の死で磨耗し、すっかり感情が抜け落ちた兵士はさぞや使い易い駒だっただろう。ファウストはグロリアを珍重した。

 機械のように冷静かつ効率的に敵を仕留める。報酬は寒さを凌げる小さな部屋での生活。

 生き甲斐のない日々に埋もれながらそれでも生きて何年かが過ぎた頃、ファウストは言った。


「クラインシュミットの生き残りに――あの方の息子に会ってみませんか?」


 それは男だった。エレンのように甘えさせてくれる訳でもなく、アデルバートのように居場所を与えてくれる訳でもない、ただの子供だった。

 ファウストにそんな子供の指導を任されたグロリアは頭が痛かった。


「もっと脇を締めて、肩を固定して」

「はい」

「筋力じゃない。きちんと固定できるかだ」


 十六のエレンにできて同じ十六のこいつができないとは何事だ。グロリアは銃の扱いがまるでなっていないルイスに苛立つと同時に、ファウストに殺意を覚えた。

 基礎を教えるならファウストがやれば良いのだ。弟子にした癖に最初の肝心なところを部下に丸投げにするなど教官失格だろう。

 これがどういった経緯であれに弟子入りしたかは分からないが、どちらも問題があるように思えた。


「屈辱じゃないか?」

「……何が?」

「私のような女にあれこれ言われて貴族様は面白くないだろう」


 自分よりも背の高い女に見下されて、ルイスはさぞやプライドを傷付けられたことだろう。グロリアは悪びれずに挑発する。


「本音は家に帰ってベッドで寝てしまいたいところだろう?」

「そんなことはないよ」

「そうか、引っ込みが付かないのか」

「師事する相手の性別も年齢も関係ない。技術が得られれば良いんだ」


 ルイスはグロリアの意地の悪い指導に屈しなかった。

 何を言われようと淡々と従い、貪欲に技術を盗もうとした。


(お前はエレンの死を暴こうというの?)


 それほどまでに復讐をしたいのか。それほどまでに彼等を愛しているのか。

 あの事件は既に風化し、人々から忘れ去られていた。グロリアの嘆きも疾うに枯れ、諦めの境地に達していた。

 二人の敵を討ちたいのだと語るルイスはまだ怒りが風化していないのだろうか。だとすれば羨ましいものだと思う。

 そうしてグロリアが渋々ながらも認めた頃、ファウストはルイスの調教を始めた。


(……同情するよ)


 ファウストはグロリアのように甘くはない。

 彼の遣り方は恐怖指導というもので、少しでも甘いところがあれば手に教鞭を打った。

 痛い思いをしたくなければファウストの望むレベルの技術を習得しなければならず、日々追い詰められるルイスは酷い顔をするようになった。


(お前もあいつも異常だ)


 血が滲むような鍛錬とはいうが、折檻で手がぼろぼろになるのはグロリアも見たことがない。

 けれど、そんな惨い振る舞いをする癖にファウストは訓練が終わるととても優しくルイスを介抱した。軟膏を塗り、丁寧に包帯を巻く姿にはその傷は誰が作ったものだと問い質したくなる。

 グロリアから見てもファウストは異常だった。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



「――そうかな。私は人格破綻者に執着されている奴には心から同情するよ」


 明け方の薄暗い地下室でグロリアは目を細める。視線の先でファウストは棚から薬を集めていた。

 ルイスが出て行ってしまった今、ファウストと部下のグロリアがヴァレンタイン家にいる理由はないが、ファウストはエリーゼの為に留まっている。

 ルイスを十年も養った侯爵夫妻には感謝しているのだろう。その義理だけでエリーゼは見捨てられずにいた。

 実際のところ勉強を教えたのも武器の扱いを教えたのもファウストなのだから、こちらが親のようなものだ。口では信用しないと散々に語っているルイスも彼を頼っているところがある。

 それは、ファウストが【子供をきちんと叱ってくれる親】だからだ。


「見事に後釜だね」


 エレンの子をアデルバートは自分の子にした。二人が死んだ後、ファウストはその子供を育てた。


「何を言いたいのですか?」

「……本当に、気色悪い」


 グロリアは考えるよりも早く蹴りを食らわせた。

 弱点らしい弱点のないこの男の弱点。ファウストは殺意のない攻撃に対応できない。

 殺気さえ込めなければ素人でも刺せるなと、床に落ちた薬瓶をテーブルに置きながらグロリアは思った。

 しかし、壁に背を預けて座り込むファウストは半分笑っていた。


「鈍ったね」

「はははっ、貴女からの攻撃は想定していませんからねえ」

「飼い犬に手を噛まれることってあるよ」


 軽薄な従者としての態度を崩さないことに神経を逆撫でされる。グロリアは相手の膝を押さえて動けなくすると、眼鏡を奪い取った。そして容赦なく指を目に入れた。


「ビアンカ」

「動くと潰す」


 目を抉るように二本指を差し入れる。けれど、グロリアが欲しいのは眼球ではなく仮面だ。

 然して抵抗のない相手の目からレンズを剥ぎ取ってしまう。偽りの下に現れた青い目には理不尽な攻撃によって浮かんだ生理的な涙があった。

 やはり暴力に勝る武器はない。

 グロリアはファウストの膝に乗ったまま体重を掛け、強く壁に押し付ける。


「こんな年寄りを襲ってどうするのですか」

「ねえ、ファウスト。エレンとこういうことしたくなかった?」


 数瞬、呼吸が止まる。

 秘密は思う以上に単純だった。この男の弱味に触れられたことが痛快でグロリアは唇を歪める。


「身体に付いている傷を数えて、一つずつ舐め取って欲しいでしょ?」


 エレンが似合うと言った赤いマニキュアを塗った指で、首切りが得意な男の首の動脈をなぞって遊ぶ。


「何を下らないことを言っているのです」

「下らなくないよ。愛ってそういうものだから」


 どれだけ綺麗事を言っても好きだったら想いを遂げたくなる。

 目と目を合わせ、手と手を絡めたら、抱き締めたくなる。抱き締めたら、唇を合わせたくなる。唇を合わせたら、身体を重ねたくなる。欲望は際限ない。どこまでもどこまでも続いていく。


「あいつが男で残念だったね」


 ファウストは髪と目の色を変え、男の癖に化粧までしているのだ。プライドなど捨てているその様子には恐ろしいものを感じる。グロリアは彼がそれほどまでにあの子供に――エレンの息子に入れ込む理由を知ろうとして、漸く辿り着いた。

 グロリアは呪うように云う。


「ファウストが復讐させようとするのはあいつが男だからでしょ? あいつが女だったら自分のものにした。そうじゃない?」


 あの子供の中で、自分が惚れた女の一部が生き続けているのだ。優しくもするはずだ。

 叶わぬ片想いをする仲間かと理解すると何だかとても哀れになった。

 相手の唇にそっと舌を這わせる。

 甘くもなく、苦くもない。柔らかくもない。ただ少しだけあたたかい。可哀想なひと、と呟いてゆっくりと唇を重ねた。すると肩を押し返された。

 思わぬ抵抗にグロリアは目を見張る。


「いい加減にしなさい」

「何故? 男はこういうことされると喜ぶって本に書いてあった」

「時と場合と相手によりますね」

「私じゃ不満?」

「貴女もあの方も若過ぎる。確かにあの方が女性であれば可愛げもあったと思いますが、それ以上の感情を持つことなど有り得ませんよ」


 このままではグロリアが引かないと観念したのかファウストは白状した。

 けれど、愛した女の子供に恋慕を抱くほど若くないのだという回答は何処か言い訳のように聞こえた。


「私とファウストは犯罪というほど年が離れているとは思わないけど?」

「貴女はアブノーマル過ぎて色々と無理です」


 欲情できないと身も蓋もない言われ方をしたグロリアは気持ちが萎えてファウストの膝から下りた。

 異常な人間にとっての異常は正常のような気がしたが胸が悪いので言わず、黙って乱れた裾を整える。

 触れた余韻は冷たく洗い流されていく。

 ファウストは床に投げ捨てられた眼鏡を拾い、嘆息する。


「グロリア、もう少し自分を大切にしなさい。……他でもこんなことをしているのかと心配になります」

「何それ可笑しい」

「可笑しくありません。大事なことです」


 親愛のキスをしただけで「自分を大切にしろ」などと気遣われるとは笑ってしまう。そういえばこの男は曲がりなりにも聖職者だったかと思い出して吐き気がした。


「……私は化け物が増えないようにって母様に腹を壊されたんだ。ならば私にできるのは一匹でも多くの化け物を殺し、最後にこの身体を土に還すだけ」


 政府のろくでなしに捕まり半殺しにされたあの夜から他人に期待するものはない。

 グロリアにはあの夜に敵う最悪は有り得ない。


「アデルバート様は他の生き方を貴女に示さなかったのですか?」

「今となってはどちらでも関係ない」


 アデルバートはずっとエレンの飯事(ままごと)に付き合っていても良いと言ってくれた。

 戦わずに使用人として穏やかに暮らすこともできた。しかし、グロリアは戦うことを選んだ。


「人は肉と骨が詰まった皮袋だ。私もファウストもそれは同じ。死んだら砕かれて砂になり、幾億の砂塵に呑まれて消えるだけ」

「それも……真理ですね」

「だから貴様があいつに仇討ちさせても誰も喜ばないし、死んだエレンは貴様のものにはならない。様を見ろ」


 この自分と同じ、永遠に片想いなのだとせせら笑う。

 ファウストは諦めたように暗い目を閉じた。


「貴女は今でもエレン様が死を望んでいたと思っているのですね」

「エレンは死を望んでたんだ」


 グロリアは断言する。

 死は救済だ。死ぬことによってエレンは【永遠】になった。エレンはもう苦しむこともない。

 だから悲しむことはない。エレンの死を悲しんで己の生を放棄することはエレンへの冒涜なのだから。


(ねえ、そうでしょうエレン?)


 エレンを冒涜する者は許さない。永遠になったエレンを否定する者は殺す。

 泣かず、復讐もせず、ただ受け入れる。それがグロリアが唯一の友であるエレンへ捧げる愛だ。

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