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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
七章
176/208

番外編 Once in a Blue Moon ~side Adelbert~ 【2】

 妻を取らず、子を作らず。病を得ても焦りもしない。

 数百年続いた家と心中するようなアデルバートに対して周りが――取り分け使用人たちが――煩かった。

 俸給に関係することなのだから使用人が騒ぐのは当然だろう。

 クラインシュミット家は妻の持参金に頼らなければならないほど金に困ってはいないのだが、下の者がそれを知るはずもない。噂に流されて離れていった者も多くいる。残ったのは、先代の頃から仕えているような者たちばかりだ。

 ある意味ではやり易くなったとアデルバートは却って胸の空く思いだった。

 だが、形だけでも妻は見付けた方が良いのかもしれない。

 社交界では独り身では動き難い場面が若干ある。そこに愛があるかは兎も角、パートナーはいるに越したことはない。侯爵夫人を演じてくれる役者が必要だ。

 教会の慈善活動に参加していたアデルバートはそこで【自分を愛してくれなそうな相手】と出会った。

 最初から愛されないのなら裏切られることもない。

 アデルバートがエレン・ルイーズという年若の少女に目を付けた理由はそれに尽きた。


「相変わらず不機嫌そうだな」


 好色家として有名なアップルガース伯爵が妾に産ませた娘。妾の子は妾に、と男たちが熱を上げる女がどのような人間かを知る為に、アデルバートはちょっかいを掛けた。


「私が不機嫌なのはあんたみたいな、にやついた男に話し掛けられたからよ」

「それは悪いことをした」

「悪いと思っていない癖に」

「そうか?」

「だって、あんたは自分の価値観に従って生きるのでしょう? 私がどうだって何も感じないはずよ」


 心の底からうんざりしているという顔をされ、アデルバートは面白くなった。

 彼女の言うようにアデルバートは彼女がどうだろうと関係ない。楽園を味わっていようが地獄の炎に炙られていようがどうだって良い。ただ、興味があるから関わっているだけだ。

 アデルバートから歪んだ関心を向けられているエレンはそれを理解した上で応対している。だからアデルバートは益々興味深いと感じてしまう。


(この人を気難しくしているのは周りか)


 エレンは男に対しても女に対しても平等に敵意を向けている。

 しかし、伏せがちな目が相手の顔を映すことはとても少ない。

 アデルバートは何度か話す内に、エレンの敵意は他人に向けられたものではなく、己を守る為のものだということに気付いた。


「エレン・ルイーズ」

「……何よ」


 名を呼ぶと、エレンは目を伏せたまま顔だけアデルバートの方を向いた。


「私はキミが笑ったところを見たことがないのだが、キミは笑うことができないのか?」

「笑うほど楽しいことがないだけよ」


 それは真面目な疑問だったのだが、おちょくっているように取られたようでエレンは怖い顔でアデルバートを睨んだ。そこでやっと目が合った。

 長い睫毛に縁取(ふちど)られた青い双眸は見透かすような色をしている。

 自身の美貌を鼻に掛けず、言い寄る男を冷たくあしらう。かといってそんな自分に酔っている様子もない。普通の貴族の娘とは何処か毛色の違う彼女を目にした男は皆、魅せられた。

 本当に彼女は多くの男の心を惑わせた。

 けれど、本人にとってそれは不幸でしかないのだろう。

 男たちに迫られて、拒絶すれば女たちに高慢だと責められて。その様はさながら貴族の玩具だった。


(地獄を見ればそうなるか)


 彼女が世界から受けた理不尽な暴力は、彼女の心を壊しても可笑しくないものだ。

 実際、彼女の目はいつだって悲しみを内包していた。だが、彼女は決して泣かなかった。

 唇を強く噛み締めて――その所為で唇の皮がめくれてしまうほどに――耐えていた。

 どうしてそこまで我慢するのだろう。

 この世界の何処かに楽園があると信じたいのだろうか。だとすれば彼女は莫迦としか言い様がない。


「死にたいなら簡単な方法がある。銃口を頭に当てて、引き金を引けば良い。余程のことがない限り、それでこの世からおさらばできる」

「死にたいなんて言ってないわ」

「だが、この世に楽園はないのだろう?」

「それでもよ。それでも私が……弔わなければならないのよ……」


 家族が死んだから喪服を着ているという。それだけの為に息をし続けているという。

 アデルバートはエレンという人間の理解に苦しんだ。

 足掻くより流れに身を任せる方が楽だ。アデルバートは世界に失望している。呆れ、諦めている。妻の不貞を知った時も、こういうものかと割り切ったから傷付かなかった。

 何故この女はこれほど意地になるのだろう。人のことを、肥溜めで腐った玉葱だと散々莫迦にしてくれたが、彼女自身がその肥溜めで溺れている哀れな子供のようではないか。


(世界はキミの為に歌いはしないのに……)


 アデルバートはエレンの愚かしさに呆れ、けれど、いつものように割り切ることはできなかった。

 この自分が世界の歯車たることを放棄した所為で彼女は消えない傷を負った。そんな自責が何処かにあったのかもしれない。

 己が他者に何かを思うのは稀なことだと自嘲しながら、アデルバートはエレンとの関わりを求めた。

 笑わない彼女を、笑わせてみたかった。


「次の休みは何処へ行こうか?」

「あれが良いわ。犬や猫と遊びながらお茶できるところ」

「良いね。ああいうところは私一人だと行き辛いから」

「あんたって本当に紅茶が好きなのね」

「紅茶と犬は嘘を吐かない」

「歪んでるわ」

「そうだろうか」

「自覚した方が良いわよ。そういう気持ち悪いこと言っていると引かれるから」


 週末になる度にふたりで遊びに出掛けた。

 アデルバートが強引に連れ出していると次第にエレンも行きたい場所を言うようになった。そんなことを繰り返している内に、本当にたまにだが、エレンは笑ってくれるようになった。

 彼女の笑みは朝露のように静かで儚げなものだった。

 冷やかし半分で関わっていたのに、いつしか彼女が幸せで(わらって)いられる場所を作りたいと思うようになった。

 悲しみも、苦しみも、彼女を侵す前に消してしまいたい。彼女を苦しませる全てから遠ざける為なら手段も問わない。彼女に苦しみを与える世界など、どうなろうと知ったことではない。


 そうしてアデルバートはエレンを閉じ込めた。


 綺麗な声で歌う鳥を籠に入れて満足するのが目的ではなかった。

 アデルバートは彼女を汚した男たちを消したかったのだ。彼女に知られずに。


「目は二つ、耳も二つ。指に至っては二十、爪を入れれば四十、手足の関節は百四十四だったか……。私がお前たちに何故こんな話をするか分かるか?」

「俺が悪かった。悪かった……命だけは、助けてくれ……」

「そう言った彼女にお前たちはどう答えた?」


 エレンの左手が不自由なのは男たちが傷を入れた所為だ。男たちは彼女の尊厳を汚しただけでは飽き足りず、反応が面白いからということで拷問を加えていた。

 泣いて嫌がる女に針を刺して凌辱した畜生に、人間らしく命乞いをする権利などない。


「謝罪だけで済むのなら、この世界は彼女の望む楽園に近くなるだろうな」


 ある者は身体中が穴だらけになるほど針を突き立てて、ある者は腐るほどに焼き鏝を何度も当てて、またある者は塩酸を薄めたものを飲ませ内臓を傷付けて。

 エレンが監禁されたのと同じ期間、五人の男に拷問を加えた。血に飢えていた私兵たちはそれはそれは喜んで男の肉を削いでいた。アデルバートは時に己の手を下しつつ、最後の一人が息絶えるまで見届けた。

 外の世界から切り取られたエレンは何も知らなかった。

 アデルバートが地下牢でどれだけ惨い振る舞いをしているのかも、自分に危害を加えた男がどのような最期を迎えたのかも知らず、庭に花を植えていた。

 エレンは花を育てながら心を養っているようだった。


「結構見られる姿になったでしょう」

「そんなに土弄りが好きなら、庭師として雇おうか?」

「あんた、何がなんでも私をここから出さないつもりね」


(そんなことはないよ)


 身勝手だという自覚もあった。彼女が望むなら解放しようとずっと思っていた。

 彼女の人としての尊厳を脅かす存在を排除した以上、彼女をここに留め置くことはできないとアデルバートは理解し、諦めていた。

 けれども。

 最後のつもりで捧げた白い薔薇を、彼女は受け取った。

 不自由な二者択一を迫り、卑怯な手で彼女を手に入れたはずなのに、彼女はそれを自分で選んだ運命なのだと語る。

 自分から籠の中に入るなど酔狂としか言い様がなかった。そして、そんな彼女を守ることで人間の振りをしている自分も大概滑稽だった。


「私たちはきっと心の形が似ているのね」

「詩みたいな言葉だな」

「好きでしょう。こういう抽象的でくどい例えかた」


 惹かれ合ったというよりは、引かれ合った。好きになるよりも先に、愛してしまった。

 アデルバートがエレンを求めた理由も、エレンがアデルバートを受け入れた理由も、言葉で表そうするととても陳腐になってしまうし、他人の理解を得られることでもない。

 だが、周りに理解されずとも構わなかった。

 アデルバートもエレンも相手が不足のある存在だと認めていた。人間として欠落した部分を補い合う為に互いに互いの傍にいるのだ。それ以上の理由を求める意味はふたりの間にはなかった。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 アデルバートが美しい妻を外に出さないことは有名だった。

 外の世界は下らないことだらけだ。彼女の過去を知る人間を全て消したとしても、女である限り――その稀有な血を引く限り、略奪の対象になる。

 アデルバートはエレンに髪を長く伸ばさせ、華奢な靴を履かせる。そのようなことをしなくとも彼女は逃げ出しはしないが、アデルバートは彼女に不自由を科すことで籠から出ないようにした。

 社交場どころか滅多に外出をすることがないエレンは、次第に鳥籠姫だと囁かれるようになった。

 雑音が届かない閉ざされた【世界】で彼女は子供たちと穏やかな日々を過ごしている。

 アデルバートが放棄したはずの歯車としての務めを果たしているのは、偏に【世界】を守る為だ。

 政府とも教会とも寝首を掻かれない程度の付き合いをしているだけで、本心ではどうでも良いと考えている。そう、全ては【世界】の為だ。アデルバートは自分自身でさえも信用していない。

 愛しい妻と子供たちが幸福に過ごせる場所を作れるのであれば、他はどうでも構わなかった。

 白雪のように汚れのないものに満たされた【世界】の実現と存続がアデルバートの夢だ。その道筋に赤い陰が射したのは、とても不快なことだった。


「おひさー」


 仕事帰りに家族への土産を見繕い、店から出たところで、かの人物と出くわした。

 顔を会わせるのは十数年振りになる。組織から姿を消したことで追われている重犯罪者が何の用だろう。


「あれ、無視とかつれないなあ。もしかしてわたしのこと分かんない?」

「用件は何だ、【赤頭巾】」

「覚えててくれて良かった。アデルバートくん、こんなに大きくなっているんだもん。ディアナさん吃驚しちゃった」


 黒いドレスの上に赤いショールを羽織った女は金髪を揺らして笑っている。

 親しげな様子だがアデルバートはこの女と親しく話すような仲ではない。


「用件を話して貰おうか」

「急かすなあ。余裕がない男はモテないよ」

「お前は自分の立場を理解していないのか」

「そんなことないよ。ほら、わたしって複雑な立場でしょ? 【下】のお友達は沢山いるんだけど、【上】のお友達はいないんだよね。だから、昔馴染みの君と仲良くなりたいなあって」


 つまり、反政府集団(テロリスト)の支援者となれということか。

 冗談ではないとアデルバートは即座に切り捨てた。


「私の益にならない」

「気に入らない奴をぶっ殺してあげるよ? 魅力的でしょ?」

「ならばお前が消えてくれないか」

「何でそう意地悪言うかなあ! 君のお父さんは、愛人にしてあげるから無償で働けっていつも言ったよ」

「生憎、お前の雇い主だった父は死んだ。お前に殺されてな」

「あははははっ!」


 アデルバートは頭の螺子が抜けている神父や私兵たちと関わっているが、これは駄目だ。

 これは錆びた剣だ。使い物にならない以前に、扱いを誤ればこちらが傷を負うことになる。


「私が交渉に応じることはない」

「というかね、これはわたしからの一方的なお願いだよ。最近物騒な事件は起きていないようだけど、可愛い奥さんの生首が床に転がるなんて嫌じゃない?」


 首狩り事件というのは上層部が邪魔な人間を消す時に使う常套手段だ。

 女は物騒な脅しを掛けながらアデルバートを見上げてくる。血走った青い目はまるで夢でも見ているかのように焦点が合っていない。


「あははっ、怖い顔しないでよ。わたしがそんな手緩いことすると思う?」

「何をしようとしているんだ」

「奥さんの過去を言い触らしてあげる」


 それは精神の殺人だった。

 自らの過去を暴かれ、子供たちの未来を閉ざすことはエレンにとっては死ぬよりも辛いことだ。

 この女は一度も話したこともないはずのエレンに何の恨みがあるというのか。女の暗い瞳からは脅しというだけでは済まない悪意が見え隠れしている。


「お前は彼女に何の恨みがある?」

「恨み? そんなものないよ。ただ、何も知りませんって顔して守られているのが気に食わないんだよ。良い子ちゃんぶってる子ってぐちゃぐちゃに捻り潰したくなっちゃう」


 これは絶対にエレンの目に触れさせてはならない汚物だ。早急に始末した方が良いだろう。

 背後に控えている私兵二人を動かしても良い。だが、この往来では無関係の人間を巻き込むことになる。

 アデルバートは会話を続けながら、人のいない方へと足を進めた。


「まあ、色々言っちゃったけど、同類嫌悪って言うのかな。わたしと同じなのに幸せになってる奴がムカつくんだよね」

「人の親でもない癖に何が同類だ」

「わたし、これでも親だよ?」


 アデルバートは予想外の言葉に反応が遅れた。

 女は生意気な子供が黙ったことを喜ぶように笑うと、遠くを見た。


「わたしがこんな風になっても生きているのは、あの子の為だもん」


 ここではない何処かを見ている女の眼差しは、子供たちへ注がれる彼女の眼差しとだぶった。


(冗談じゃない……)


 錯覚を拒むように目を閉じる。そうして目を開けると辺りは暗闇に包まれている。

 どうやら夢を見ていたらしい。すぐ隣でエレンが背中を向けて眠っていた。

 小さくて細い彼女の中には絶望が詰まっている。

 アデルバートは、喪服を纏い笑わなかった彼女を知っている。寂しい目に風景以外の何も映さなかった彼女を覚えている。身勝手な親や男共がしたことは精神の殺人だ。彼女は心を殺された。今だって彼女は背後に立たれることを恐れ、抱き締めると身体を強張らせる。

 彼女がこれ以上傷付けられて良いはずがない。だというのにアデルバートはあの女を殺さなかった。

 夢に見るほど不快なことを考えていると、エレンが寝返りを打つ。寝相の悪い彼女が身体を冷やしてしまわないように毛布を掛け直そうとして、そこで目が合った。


「済まない。起こしてしまったか」

「別に。あなたが人のことを起こすのはいつものことでしょう」


 エレンは目覚めたばかりというにははっきりとした口調だった。

 声色から何処と無く機嫌が悪いようにも感じる。アデルバートがどうやって宥めようかと考えていると、エレンはそんな夫の手を取った。

 あたたかな掌は凍えた指先を包んでくれている。

 アデルバートは結婚したばかりの頃のように妻の手を握り返しながら、寝返りを打つ。ふたりは肩を寄せ合い、天井を見つめた。


「具合悪いなら、ちゃんと医者に看て貰いなさいよ」

「悪くないよ」

「……何もしてこないじゃない」

「その言い方は聞き捨てならないな。私はいつだってキミに対して紳士的だろう」

「そういう話し方の時のあなたは信用ならないわ」

「そうだろうか」

「そうよ。胡散臭いのよ気持ち悪いのよ」


 エレンはそう言うが、アデルバートはエレンに無理強いをしたことは一度もない。

 彼女がこちらに対して求めているのは家族の愛だ。父親から貰えなかった分の愛情を求めているのは、婚姻を結ぶ前から承知をしていた。

 男は女の父親になりたい訳ではなく、恋人になりたいのだ。当然、アデルバートの中にも面白く思わない気持ちはある。

 だが、それはどうでも良いことだ。

 六歳も年上なのだという自負はある。子供たちの父親として振る舞わなければならないという責任感もある。何より、彼女への愛だけで彼女へ触れられるほどアデルバートは己が好きではなかった。

 だから、これで良い。

 こうして手を握り合っているだけで充分癒されている。


「まだ、どうでも良いとか思っているの?」

「思っていない」

「本当に?」

「私が意地を張ることでキミたちに迷惑を掛けたくないんだ」

「やっぱり我慢しているんじゃないの?」

「自分のことは自分が分かっているよ」


 腫瘍の痛みにもがき苦しむなんて御免だ。死ぬならエレンの腕の中か、子供たちと昼寝をしている時が良い。

 エレンは身体の不調を疑っているようだったので、アデルバートは【そういうこと】にした。


「私の家、双子家系なのよ」

「……ああ……」


 どうして急にそのような話になるのか読めないままアデルバートは相槌を打つ。


「将来、孫が沢山できるかもしれないわ。お祖父様お祖母様って沢山の子供たちに囲まれるの」

「エレンさんは早くばあさんと呼ばれたいのか。変わっているな」

「そうかしら?」

「誰だって若く見られたいものだ」

「ええ、若いことも良いわ。でも、あなたと年をとっていけたら幸せだと思うの」


 恨みを買ってということもあれば、病が再発してということもある。いつ死んでも良いようにアデルバートが遺書紛いの手紙を残していることはエレンも知っていた。

 アデルバートにしてみれば些細なことだが、エレンがどう感じているかを想像すると少しだけ反省した。


「死ぬのはエレンさん似の孫を見てからにしようか」

「そうするべきよ」

「そうだな……、男だったらシオンで女だったらデイジーかな」

「……はあ……」

「どうしてそこで黙るんだ?」

「呆れてものが言えないのよ」


 エレンは引いたと言わんばかりだ。けれど、わざなのはお見通しだというように、すぐに真面目な顔になった。

 アデルバートは彼女が全てを見透かしているのではないかと思った。


「あなたが何を考えていても良いわ。私にはあなたが必要で、あなたは私を求めてる。それだけで良いの」

「……可笑しなひとだな。私が考えているのはエレンさんのことだけなのに」


 そうだ、答えは初めから出ていた。迷う必要などなかったのだ。

 あれが人の親であろうとこの【世界】には関わりのないことだ。喧嘩を売ってきたのはあちらなのだから、制裁を受けても文句を言える立場ではない。

 アデルバートは繋いでいる手とは反対の手でエレンの頬に触れた。


「私もキミと同じだよ。エレンさんとレヴィとルイがいればそれだけで良い」


 愛しい妻と子供たちと平穏な生活を送れる場所さえあれば他はどうでも良い。必要なのはこの庭だけだ。

 このぬくもりさえ覚えていれば自分はもう迷わないだろう。この永遠を守る為なら、どんな恐れや蔑みを受けようとも構わない。この身を(なげう)っても家族だけは幸せにする。

 白い雪に閉ざされた世界で、孤独な(おとこ)は誓いを立てた。

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