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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
七章
167/208

姫君は花の国を夢みる 【13】

 レヴェリーの傷は幸いにも軽症だった。

 エリーゼが半端な力だったこととレヴェリーが咄嗟に突き飛ばしたことで刃先が滑ったようで、傷は浅く広い。刺し傷というよりは切り傷に近く、シャツが汗を吸っていた為に実際よりも出血が多く見えたらしい。

 とはいっても、傷は傷。治療を終えた今は部屋で休んでいる。

 ルイスをレヴェリーの傍に残し、クロエを含めた大人たちは一階に集まっていた。


「レイフェル、ルイスときて、ヴィンセントに至っては二度、そして今回はレヴェリーときた。このサイクルだと次はお前になりそうだけど、何故こうも流血沙汰が多いのかな。呼び出されるこちらの身にもなって貰いたいものだね」


 エルフェに呼び出されたファウストはとても機嫌が悪い。

 フランツの応急処置が的確で自分が無駄足になったこと以上に、怪我の頻度の高さに憤っている。


「済まない。金は口座に振り込む」

「金銭の問題じゃないよ。私が言いたいのは、お前たちに危険回避という意識がないんじゃないかということだ」


 ここに暮らす面々は裏社会を生きる者として怪我に慣れているところがある。クロエも以前怒られたことがあるが、ファウストはそういうずれた人間性が我慢ならないようだ。


「簡単に死なない身体というのは便利だね。年も取らないから感覚も麻痺するだろう。レヴェリーとルイスは生身だ。こういうことが続くようでは困るんだよ」

「ああ……分かっている。済まない」

「謝る相手は私じゃないだろう」

「待って下さい。エルフェさんは悪くないです」


 エルフェの監督不行き届きのように責めるので、クロエは口を挟む。

 ファウストはそこで漸く今まで存在を無視していた者に目を向けた。

 冷たい宵闇色の目に見下ろされ、心臓が絞られるような心地になりながらクロエは意地で顔を上げた。


「エリーゼちゃんに対するルイスくんの言い方が悪かったのもありますし、あの場にいて止めなかった私にも責任があります。それに……ジルベールという人がエリーゼちゃんに可笑しなこと言ったみたいですから」

「それは困った輩もいたものだね」


 クロエが懸命に絞り出した抗議に取り合わず、ファウストは悪びれもせずにこう言った。


「ともあれ、過ぎたことだ。責任の擦り合いをしても何も変わらない」

「……ええ、そうですね」


 クロエが大人しく引いたのは、エリーゼとの衝突を引き摺っていたからだ。

 自分と彼女がまともな話し合いをできたとは思わないが、それでも分かったことがある。

 エリーゼはルイスの幸せを願っている。何かの歯車がずれてしまっただけで、本来その感情は善意だ。


(この人だってそうなんだから)


 認めたくはないが、この者もルイスの幸せを願っているのだ。

 クロエが願うのは、友人が笑えるようになること。

 エリーゼが望むのは、兄が貴族として生きていくこと。

 ファウストが求めるのは、教え子が復讐を遂げて柵から解放されること。

 描く【幸せ】の形が違うなら、同じ結果を求めていても相容れることはないのだとクロエは知ってしまった。

 ファウストはファウストが考えるルイスの幸せの為に、クロエを否定する。そしてクロエも心の底ではファウストを否定している。

 これは平行線だ。下手に話し合っても意固地になるだけで逆効果だ。


「レヴィくんが無事で良かった。今はそれだけにしましょう」


 クロエはエルフェとファウスト、そして己にそう言い聞かせた。

 それから程なくして、ファウストは用事があると言って帰った。

 エルフェはレヴェリーの怪我とファウストの説教が堪えたようで、机の上で腕組みをして眉根を寄せている。

 他人を慰められるほど余裕がないクロエはもう一人の様子を窺う。


「……冷静かつ効率的に……」


 ダイニングルームにはクロエとエルフェの他にフランツがいた。

 ソファに座った彼はうなだれて譫言のようにぶつぶつと呟いている。

 フランツはレヴェリーの治療を終えてからずっとこの調子で、探し人のファウストのことも目に入っていない様子で身を震わせていた。


「フェーエンベルガーさん。ホテルの部屋まで送りましょうか?」

「戦闘は、機械のように……治療は……」

「……お母様をお呼びしますね?」


 クロエが声を掛けても耳に入っている様子はない。フランツは己の手を見つめ、何かを復唱するように一人呟いていた。

 礼を伝えることも送り届けることできないクロエはメフィストを呼ぶことにした。

 外出用ではないシンプルな形のドレスでやってきたメフィストは、息子に目線を合わせるように床に膝を着く。


「フランツ」


 メフィストは優しく呼び掛ける。すると虚ろだったフランツの目に光が戻り、涙が込み上げた。


「は……ははうえ……っ!」

「あらあら、どうしたの? 何が怖かったの?」

「……血が……血が……」

「ああ……はいはい、分かったわ。あなた、本番に強い癖に終わった途端こうだものね」


 そんな風だから追い出されるのよ、とメフィストは呆れたように言う。

 血液恐怖症の男性は多いというが、母の胸に縋り付いてめそめそ泣いている姿は赤子のようだった。緊急とはいえ、そのような苦手な仕事を頼んでしまったことをクロエは申し訳なく思う。


(ちゃんと謝らないと)


 フランツはレヴェリーの命の恩人だ。先日疑うような発言をしたことを謝らなければならない。

 今は母親と息子の時間が大切だから、日を改めてきちんと謝罪しようとクロエは決めた。


「メフィスト」

「なあに、レイフェル?」


 名を呼ばれたメフィストは息子を胸に抱きながらエルフェを見る。


「今日のことは……感謝する」

「良くってよ。これであなたも私の気持ちが少しは分かったでしょうし。ねえ?」


 からかうような口調のメフィストの眼差しは慈愛に満ちていた。彼女はエルフェから視線を外すとフランツの頭を撫でる。


「それにしてもファウストと入れ違いなんて残念だわ。レイフェルも気を利かせて引き留めておいてくれれば良いのに、本当に気が利かない子ね」

「あんたがくるだろうから気を利かせて帰した」

「あらぁ、別に虐めないわよ? 私は教会がどんなに腐ったところで、この子がどんな辛い目に遇ったのかを知りたいだけだもの」

「あの人は教会のことを話さん」

「私はこの子の苦しみを知るためなら、あれに頭を下げても良いと思っているのよ?」

「あんたたちがそのようだからあの人は俺たちを見限ったんだろう」

「あら……。レイフェルだけは許されているじゃない」


 メフィストは息子の黒髪を撫でている。手付きも眼差しも優しく、母親の鏡といった風だ。けれど、実の弟を【あれ】と呼んだ声は冷たくて、エルフェは顔を顰めた。

 エルフェは、何処となくファウストを軽んじるメフィストを嫌っているようだった。

 クロエはレイヴンズクロフト家の事情を知らないが、エルフェが生家と関わりを絶っているということを聞いて、それにはあの人物のことも関係しているのではないかと想像した。


「エルフェさん。レヴィくんの様子、見てきても良いですか?」

「ルイスが付いているが……」

「あんまり邪魔しないようにします」

「そうしてくれ」


 家に戻ってきてから一度も会っていなかったクロエはレヴェリーの無事な顔を見たかった。

 ルイスに気を遣ってレヴェリーの傍に居られないエルフェはクロエをただ見送るしかできない。クロエもエルフェの心を汲んで、様子を見るだけにすることにした。






 レヴェリーの部屋は玄関ホールに入ってすぐの位置にある。

 クロエはノックをすると、部屋のドアを開けた。


「あ……クロエ」


 あちらから声を掛けられてクロエは驚く。

 レヴェリーはベッドに横になって布団にくるまっていた。


「レヴィくん、具合はどう?」

「縫ったからへーき」

「痛いよね……」

「痛み止め飲んでるし。まあ、明日起きたらやばそうだけどな」


 あっけらかんと答えるのでクロエも拍子抜けする。

 しかし、レヴェリーの顔色を見れば空元気だということはすぐに分かった。

 レヴェリーは心配を掛けまいと無理しているのだ。辛いのに頑張っているレヴェリーの努力を無駄にすることはできず、クロエは演技に騙されことにする。足音を立てないようにベッドの近くへ寄った。


「ルイスくんは眠っているの?」


 床に座り込んだルイスはベッドに突っ伏すように顔を伏せていた。

 初めは泣いているのかと思ったのだが、それにしては静かだ。


「オレが死んだら父さんの隣に埋めて周りに赤いチューリップ植えてやるとか散々喚いて寝たぞ……」

「し、叱咤激励みたいな……?」

「ないわー、ただの嫌がらせだわー……」


 レヴェリーは片割れの頭を軽く小突く。ルイスに起きる様子はなかった。

 クロエは双子の兄弟をじっと見る。

 エリーゼにレヴェリーが刺されてからのルイスは、見ていて可哀想になるほど怯えていた。世界中が敵だと言わんばかりの様子で、必死で片割れを守ろうとしていた。

 義妹が実の兄を傷付けたというのはルイスには受け入れ難いことだろう。その理由も理由だ。


「…………」


 ルイスを責めるべきなのか、エリーゼを混乱させてしまった己を罰するべきなのか、クロエはレヴェリーに何と言って良いのか分からない。

 レヴェリーはやれやれと言いたげに短く息をつくと、こんな頼み事をした。


「こいつの布団持ってきてくれる?」


 クロエは二階から布団を持ってきてルイスの肩に掛けてやった。

 触れられているのにも関わらず目を覚まさない。深く意識が落ちている様子の弟を眺めていたレヴェリーは、顔だけ動かしてクロエを見る。


「説教なら明日な」


 クロエの物言いたげな顔に気付いたレヴェリーはそう言って目を閉じた。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 夜が更け、また新しい一日が始まる。

 エルフェはいつも通り朝食を作り、店の開店準備を始める。ルイスはふらふらしながら何処かへ出掛けた。まるで昨日のことが嘘のように静かな朝だ。

 レヴェリーもベッドに寝転んで漫画を読んでいるので、病人食を持って部屋を訪ねたクロエは言わずにはいられなかった。


「レヴィくんはどうして庇ったりしたの? 死んじゃったかもしれないんだよ」

「凄いこと訊いてね? オレ庇わなかったら、もろ腹に刺さってたぞ」

「ルイスくんはエリーゼちゃんに……きついこと言ったから……」


 クロエはルイスが刺されれば良かったとは思っていない。レヴェリーが咄嗟に庇わなければルイスは腹を刺されて、大変なことになっていたはずだ。

 だが、彼の言動に問題があったのも事実だ。

 レヴェリーが【兄だから】という理由でルイスを庇ったとすれば、それは軽率過ぎる行動だ。クロエはレヴェリーにもルイスにも憤りを感じていた。


「あいつ無理してたじゃん」

「……知ってるよ」

「本気であんなふざけたこと言ってんなら自業自得だし、殴ってやろうと思ったよ。でも、そうじゃないなら放っとけねえよ」

「それでもレヴィくんが怪我するのは違うでしょ?」

「分かってるよ。つーか、あの状況で他にどうしようもねえだろ」


 ルイスがエリーゼを突き放す為にあのような振る舞いに出たのだということは、彼の人間性を知っていれば分かることだ。

 分かっていても責めずにはいられない様子のクロエに面倒臭そうに答えた後、レヴェリーはぽつりと呟く。


「ルイがああなったのは、オレの所為だしさ……」

「……そんなこと……」


 クロエは何と言って良いか分からない。ただ無力感に打ち拉がれる。

 誰かを責めたい訳ではないのだ。けれど、何か理由を見付けなければ割り切ることができなくて、それすらもできないからクロエは苦しかった。

 レヴェリーは漫画を置くと上半身を起こした。その拍子に背中の傷が痛んだようで、いてて……と小さく呻く。ゆっくりと姿勢を正したレヴェリーは、世間話をするように切り出した。


「あんま言ってなかった気がするけど、オレとルイの話、聞く?」

「どうして私に話すの……?」

「だってクロエは身内だしさ。こーゆーのって今更じゃね?」


 互いの過去を詮索しないのは施設育ちをしたクロエとレヴェリーの間では暗黙の了解だった。

 しかし、双子の両親のことに触れたクロエはもう関わりすぎていた。


「レヴィくんが無理していなくて、私が聞いて良ければ」

「というか、オレが誰かに話して楽になりたいだけかもな……」


 レヴェリーは一人で抱え込むことに疲れた様子だった。

 共に暮らして半年が過ぎても、双子の関係性については分からないことが多い。

 クロエは半端な気持ちで彼等と関わっているつもりはない。だから、本来であれば触れてはいけないところに触れることにした。


「ずっと気になっていたんだけど、二人は喧嘩したの?」


 ルイスはレヴェリーを嫌っている訳ではないが、普段は決して兄として認めようとしない。今まで二人の会話から想像するしかなかったクロエは、ずっと疑問に思っていたのだ。


「喧嘩つーか、オレがあいつのことヴァレンタインに押し込んだんだよ」

「それは何か事情があったからなんでしょう」

「親父とお袋が死んで、オレも怪我して、ルイも寝込んでて、そういう時に【弟を助けてやる】って言われたら、頷くしかねーだろ」


 ルイスの言い方は、大人がレヴェリーを取り上げたようだったが、実際はレヴェリーがルイスを大人に預けたのだという。

 取引の結果、レヴェリーは死んだことにされ、ルイスはヴァレンタイン家の養子になった。

 二人は十年もの間、離れることになった。


(人質って言ってた)


 レヴェリーにとってルイスは人質で、ルイスにとってもレヴェリーは人質だったのだろう。そのような状況を作ったレヴェリーに、ルイスが不信感を持ったとしても可笑しくはない。


「レヴィくんは刺されたんだよね……」

「相手の顔はさっぱりだけどな」


 レヴェリーは惨殺事件で脇腹と右腕を刺されている。癒えた今でも天候が悪いと傷が痛むようで、雨の日はじっとしていることが目立った。

 レヴェリーは右腕を擦り、じっと紫の目を細めた。


「うちは限られた人間しか入れない造りになってたし、親父は簡単に人を入れたりもしない。だから……多分、顔見知りで複数なんだよ」

「複数って、どういうこと?」

「お袋が一番酷くやられててさ……。親父のやられ方と違うんだよ……」


 クロエは双子の両親の死因を知らない。父親が首を斬られて窒息したということも、昨日ルイスの言葉から知ったくらいだ。


「ルイは犯罪者のしたことだから考えても仕方ないって言うよ。でも気持ち悪ィんだよ! あの赤い女がオレに意味分かんねえこと言ってきて――!」


 レヴェリーははっとして言葉を切る。それは、【誰にも言ってはいけないこと】だ。

 兄弟の幸せの為に沈黙を選んだレヴェリーはクロエに自分たちの過去を話すことはできても、それだけは話せない。話すことは今の生活を壊すということだ。

 レヴェリーは譲れない想いと、遣る瀬なさを呑み下すように奥歯を噛み締めた。


「……兎に角、厄介なんだ。そういう奴等にオレ等は握り潰されたんだよ」

「レヴィくんは何も悪いことしてないじゃない」

「そうじゃないんだよ。オレは弟の為だって悲劇のヒーロー気取りで……、ルイがどう思うかなんて全然考えてなかった」


 ルイスが家を出ると決めるまでにどれほどの苦悩があったのかは、本人しか知ることはない。ただ、実子がいるという状況は普通ではない。

 実子が上にいるなら未だしも、後から生まれたその存在は養子の立場を揺るがしかねない。

 ルイスもエリーゼも苦しんでいた。互いに自分がいなくなれば良いとずっと思っていた。

 今回の出来事はその想いが悪い形でぶつかってしまったものなのだ。レヴェリーにとっても直視することが辛い現実だろう。


「苦労してでも一緒にいるのが正しかったのかな……」


 例え豊かな暮らしができなくても二人でいれば良かったのかとレヴェリーは後悔する。

 クロエはある思いを告げた。


「あのね……、私もお母さんに置いていかれたことがあるの」


 自分の過去と彼等の過去を重ねるのはお門違いだが、言わずにはいられない。


「私は一緒にいたかったよ」


 どんな事情があっても――苦労したとしても、クロエは母と一緒に行きたかった。

 あの手を離さず、引いていって欲しかった。

 父に疎まれて、母だけが頼りだった。母に置き去りにされてクロエはあの家で一人になってしまった。どうして置いていったの、どうして捨てたのと何度も泣いて、何度も恨んだ。

 恨みの前にはいつも、捨てられた悲しみがあった。


「でもね、レヴィくんたちは違うでしょう。二人とも何とかして生きなきゃって状況だったんだから」

「クロエ……」

「レヴィくんは、ちゃんとお兄さんだよ……。ヒーロー気取りとかじゃなくて、今も昔もルイスくんのこと守っているもの」


 レヴェリーの選択は生きる為に下した決断だ。

 ルイスがクロエと同じように悲しんだ結果、レヴェリーを恨んでしまったのだとしても、生死が絡んだ選択を誰が責められるというのだろう。

 死んでしまったらもう一緒にもいられないのだ。

 仮初めとはいえ、今こうして兄弟が一緒に生活できているのはレヴェリーの選択があったからだ。


「ほら、お前って他人のことは慰められるんだよ」

「……え?」


 思いがけずクロエに慰められたレヴェリーは不思議なことを言った。

 クロエは訳が分からず瞬きを繰り返す。


「最近、辛気臭え顔してっからさ。どうせまた妙なこと考えてたんだろ」

「またって……」

「昨日のことで変に思い詰めてそーゆー顔すんなよ! 周りも気にするし、ルイが変になるとクロエも益々可笑しくなるだろーし」

「え……と……」


 それはどういう意味で言っているのだろうか。

 軽率なレヴェリーを叱るつもりだったのに、何故か自分が諭される側に回ってしまいクロエは弱る。


「取り敢えず、オレは目を瞑ることにしたから!」

「あの……、なんだかレヴィくんだけ元気になってない……?」

「オレが吐き出して楽になりたいだけって言ったじゃん」


 すっきりしたと言わんばかりに背伸びをして、そのままベッドに倒れ込む。

 怪我をしていたことを忘れていたのか、背中からベッドに沈んだレヴェリーは悲鳴を上げることになった。


「大丈夫!?」

「だ、だいじょーぶだって……」

「大丈夫じゃないよ」


 横向きに丸まってしまう様子はとても平気そうには見えなくてクロエはおろおろする。

 今の衝撃で傷が開いてしまった可能性がある。薬を飲ませるべきかエルフェを呼ぶべきかと悩むクロエに、レヴェリーは真剣な口調で言った。


「作り笑いとか空元気って必要な時あるだろ」


 平気でなくても大丈夫と言う時があるのだというそれはルイスとは反対の言葉だった。

 クロエは思わず眼差しを注ぐ。しかし、瞬きの後にはそれは消えていた。

 ゆっくりと瞬きながら表情を削ぎ落としたレヴェリーは、また漫画を読み始めた。

 明るいレヴェリーはこれからもこの素顔を見せることはないのだろう。ルイスとは正反対で、けれど良く似たレヴェリーは自分と他人の為に強がりを続けるのだ。

 愛しい嘘にクロエは騙され、嘘の下手な彼等のことを想った。

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