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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
五章
115/208

番外編 不器用なバラード ~side Louis~

Belle et Bete 【8】直前。

個人サイトで公開している「番外編 少しだけ優しくなる望み-4」の部分になります。

 ヴァレンタイン家に引き取られてから十度目――十九の誕生日。

 もう二度と共に迎えることがないと思っていた日を、ルイスは居候先の家で双子の片割れと共に迎えていた。


「レヴィくん、ルイスくん、誕生日おめでとう」


 生まれた日が分からないなら毎日祝うなどと妙なことを言い出したクロエは言葉通り毎日のように二人の好物を食卓に並べた。

 そして四月十四日。二人が【アルカンジュ】に預けられた日であり、誕生日としている日に贈り物を用意していた。

 その場でレヴェリーはプレゼントの包装紙を豪快に破って開ける。


「新しい時計欲しかったんだ! ありがとな!」


 目覚まし時計だろうか。アイボリーとゴールドのケースに、ブラウンの文字盤が映えるデザインだ。ケースを支える足部分がエイジング加工がされており暖かみのある雰囲気を醸し出している。

 シューリスでは置き時計は贈り物に良くない迷信があった。ここは【ロートレック】ではないし、ルイスもその手の話を気にする性質ではない。


「有難う。部屋で開けるよ」


 パーティーの席でないのなら贈り物は一人で開けたい。

 嬉しくないのではない。贈り物――取り分け誕生日のプレゼントというのは、自分が相手を祝いたいから渡すという気持ちが大きく表れる。相手が喜ぶかどうかというよりは、自分の気持ちが中心だ。――だから、クロエがこうして選んでくれたということ自体がルイスを落ち着かなくさせた。


「この場で見ないのか?」

「落として壊したくないので」

「えー。久々にお前の丁寧な包装紙の開け方、見たかったのに」


 クラインシュミット家でのことを話題に出されるのは決まりが悪い。クロエとエルフェに昔の話をするなとレヴェリーを睨み、ルイスはダイニングからリビングへ逃げた。

 引越しに向けて荷造りを始めている為、リビングは片付いている。

 ヴィンセントは入院中で二階の部屋には居なかったが、何故すぐに角部屋に戻らなかったのかは自分でも良く分からない。掌の傷が痛む。ルイスは両手で持っていた贈り物を机の上に置いた。


(レヴィには家族ができた)


 ヴァレンタイン家に引き取られたばかりの頃は誕生日が苦痛だった。暗い顔をしてばかりではいられず、次第に取り繕うようになった。そして二度目の誕生日には義両親からの祝福に笑顔で感謝を伝えた。

 品行方正な息子。それがあの家での役割だった。だが、その役割すらも演じ続けられずに逃げた。

 レヴェリーとクロエがエルフェの家族になるという話があったのは三日前のことだ。ここでもルイスは独りだった。


(レイフェルさんが悪い人間じゃないのは分かる。受け入れられないのはオレの問題だ)


 気分が晴れなくて見てもいなかった携帯電話の電源を入れると、幾つかのメッセージが届いていた。


【君の誕生日にめいいっぱいの祝福を! 展覧会の日に会えるのを楽しみにしてるよ!】


【今日くらい帰ってこい】


 日付が変わってすぐの時刻に友人と義父。それから朝には従者から。


【誕生日おめでとう、ルイス。今日もこれからも天の祝福が在らんことを。レヴェリーと楽しい一日をね】


 これは皮肉か何かだろうか。使用人として振る舞っている頃のファウストは「今日は貴方の誕生日ですね」と朝から嫌な気分にさせてくる癖に祝福の言葉は言わなかったのだから。

 ルイスは祝われても感謝などしないのだから、空気を読んでいたということでもある。文章ならば多少は冷静に見られるものの、ささくれ立った心では平静な返事をできそうになく、端末の画面をオフにした。

 レヴェリーとエルフェに遠慮してか、ダイニングから移動してきたクロエはルイスを窺うように訊ねる。


「お友達からのメールですか?」

「……いや、ヴァレンタインの使用人」


 昔から交流のあるアルヴァース公爵家の三男もメッセージを寄越したが、個人的なことをクロエに話す理由もない。いつもの従者のうるさいメッセージだということにしておく。

 クロエの目線は机の上に向けられる。

 ルイスはレヴェリーのように嘘でも喜んでいるように振る舞うことができない。クロエに対して後ろめたい気持ちがじわじわと湧いてきて目を伏せた。

 【最低の親が兄を捨てた日】で、【罪を犯した日】。最低としか言いようのない日。どうせなら捨てられた翌日を誕生日にして欲しかったし、役に立たない首飾りなど持たせるくらいなら出生日でも手の平に書いた方がマシだった。そして撲たれてその日を教えてしまったが為に、気が違えた女に殺され掛けた。誕生日などろくなものではない。

 中途半端に切った喉からまるで泡でも出ていくように陸で溺れている。


「あの……、プレゼントが押しつけがましかったらごめんなさい。二人がいてくれて嬉しいっていうのは本心なんです」

「そうじゃない……。有難いと思ってる。ただ……オレが可笑しいんだ」


 ……作り笑いくらいはできるのだ。

 だけど、子供のように思ってしまう。クロエにはそうできない、と。

 何処かで理解を求めている相手に、偽ることをしたくない。居場所のない屋敷での誕生日は苦しかった。今だって苦しくて仕様がない。

 感謝も謝罪も喉で死ぬ。何も言うことができず、その沈黙こそが答えになってしまう。


「実は私も誕生日はどうでも良いって思うほうです。寧ろ【アルカンジュ】ではお金を使わせちゃって申し訳ないなって感じてしまって……」


 机を間に挟んだ距離のまま、クロエは続けた。


「だから感謝する日だって思うことにしました。私がここまでこられたのは助けてくれた大人の人たちや兄妹のお陰です」

「……キミらしい」

「そうですか? そんなに変じゃないと思いますけど」


 主役として扱われない誕生日会などつまらないはずなのに奇特なことだ。

 クロエらしい物事の捉え方だとルイスは思った。

 嫌ではない。けれど自分も同じようにできるかというと難しそうだ。

 オーギュストとファウストに幾度となく正された。あれは正当防衛なのだから罪ではない。亡くなった人の分まで生きることが生者のすることだ、と。表面では納得するように受け答えをしながら、ルイスは心の中で否定をし続けた。十年間そうしてきたから、感謝よりも先に【塵芥の自分などを気にかけないで欲しい】という感情がくる。


「キミは自分の誕生日にも菓子を配りそうだ」

「それってドレヴェスの人たちのやり方ですよね。去年、エルフェさんがチェリーケーキ作ってました」

「オレはキミの話をしているんだけど」


 噛み合わないクロエの会話に付き合っていると先刻の荒んだ気持ちは幾らか薄らいだけれど、それも一時のことだ。


「とっ、とにかく、私が二人をお祝いしたいからプレゼントを選びました。ルイスくんが使わないなら私が貰うからそこのテーブルに置いていて下さい」

「要らないなんて言ってないだろ。テーシェルに行ってから使う」


 会話の流れでつい使うと宣言してしまい、ルイスは己の首を絞めたような気がした。

 クロエはこちらの言い損ないに付け込んでかうようなことはしなかった。飽くまでも贈り物は勝手に用意したものだから返礼も必要ないというように口元を緩めた。


「……はい。それじゃあ、お休みなさい」


 中庭に出て、離れへ向かう彼女の背を途中まで視線で追う。

 クロエのいた舎は彼女にとって良い場所だったのだろう。彼女から施設へ否定的な言葉が出ることはない。そういえばクロエの誕生日を知らなかった。

 ルイスがダイニングルームへのドアを開けると、棚から出した食器を新聞紙に包んでいるエルフェがいた。レヴェリーは自室へ戻ったようだ。

 引越しの準備というのはルイスにとっては物珍しかったが、そんなものを見る為に戻ったのではない。


「レイフェルさんはクロエさんの誕生日をご存知ですか?」

「五月の五日だったか」

「義父になるというならきちんと務めを果たして下さい」


 こういう言い方ならばエルフェにクロエの誕生日を訊ねることも不審ではない。

 ルイスは五日五日という日を記憶した。友人でもない相手から貰う品など迷惑ではないかという考えが頭を過ったものの、先に渡してきたのはクロエなのだからこれは例外とする。


「なら一つ言うが、贈り物はその席で中身を確かめることがマナーだ。あいつのことだ。あのようなお前の態度では不安がる」

「知っています。昔から言われます」


 余計な一言を付けた為に、叱責が返ってくる。


「相手が自分の為に用意してくれたカードやプレゼントを一人で見たいと思うのはいけませんか」

「そういう考え方もあるにはあるが、言わなければ伝わらないことだ」

「言葉にしても伝わらないことがあるのだからそうでしょうね」

「お前も面倒な奴だな」

「育ちが悪いもので」


 感謝を伝えてハグとビズをすれば満足か。

 今改めたところで、復讐をして自害するという夢を追う自分が次の誕生日を迎えるという保証はない。

 失礼しますと告げて部屋を後にする。リビングの机に置いていた贈り物を手に取り二階へ向かった。

 ルイスは自分の使っている部屋に入ると椅子に座り、包装をそっと開いた。時計はレヴェリーのものと同じと思いきや文字盤の色がプルシアンブルーだ。添えられたカードに目を落とす。


【ルイスくんへ お誕生日おめでとうございます。ふたりの誕生日を一緒に過ごせて幸せです。人生の庭園でこの日が鮮やかな花を咲かせますように ――クロエより】


 手書きのメッセージがそこにはあった。

 やはり、あの場で贈り物を開けなくて良かったとルイスは思う。このような心のこめられた言葉を、素面で読めた自信がない。


(感謝する日だと言っていた。なら彼女は何を貰ったら喜ぶ?)


 こちらを慰める為に胸の奥に仕舞った想いを語ったのだろうクロエは、己が誕生日を祝福される側に回ることを考えていそうになかった。

 彼女は草花を育てられないと人間にも優しくできないと語りながら己は平凡な人間だと嘯く。


(クロエさんの好きな花は何だろう)


 今日の返礼をしなければならないという義理めいた思いと、相手を知りたいという純粋な関心。ルイスは後者に気が付かない振りをする。

 数日後、ルイスはクロエと友人関係を結ぶことになる。そして【林檎の花が好き】という答えを得たが、誕生日プレゼントの参考にするには難しく、悩み続けることになった。

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