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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
五章
113/208

番外編 Kyrie Eleison ~side Louis~ 【5】

※この話は流血表現が含まれます。閲覧にはご注意下さい。

 虻蜂取らずという言葉があるように、欲を出せばどちらも上手くいかない。

 人殺しの癖に彼女を助けたいと思うし、他人を助けたいと思うのに復讐心もなくならない。

 本当に訳が分からない。

 まともな人間でないからこうも矛盾しているのだろうか。考えれば不安や戸惑いにぶつかるばかりだが、夢の中で考える時間は幾らでもあった。

 目覚めたルイスは執事から二日も眠っていたという事実を聞かされ、頭痛を感じている。

 抵抗する気力もなく着替えさせられて、二杯目のミルクティーを飲んでいると侯爵がやってきた。


「呆れていますか?」

「何をだ」

「人を殺したいと言った口で、人を救いたいと語るオレの矛盾振りに」


 今更繕っても無駄な気がして、目上へ使う最低限の言葉遣いで訊ねる。


「人殺しが人助けなんて可笑しいじゃないですか。人を殺して後戻りができないのに、この程度のことで揺れるなんてどうかしている。潔くもない。そうは思いませんか?」


 殺人犯の腕の手当てをするのか、とルイスはクロエを詰ったことがあるがこれでは批難できない。

 自分の首を絞めるような生き方をするルイスに、侯爵は労りを含んだ声を掛けた。


「お前のその潔癖さは長所でもあるが、短所でもあるな」

「清く正しく生きるのが人間の在り方なのに何が短所だというんですか」

「自分の行動に一々理由を求め、否定するのは疲れないか。辛くはないか?」

「辛くは――」

「ないとは言わせんぞ。もしそうであれば、そのような顔をしているはずがないからな」


 ルイスは痛いところを突かれ、黙り込む。

 辛くはない。絶望もしていない。ただ、虚しかった。

 諦めることも、否定することも、拒むことも、ただ虚しい。虚しいことばかりで疲れていた。


「私は呆れるというよりは、安心した。子供はそれくらい我が儘な方が可愛いげがある」

「……つまり、愚かで惨めな子供が愛しく思えると言うんですか?」

「愚かで惨め? 何がだ?」

「分不相応な願いを抱くことです」

「願うことは愚かか」

「夢は恵まれた人間の持つものと言うつもりじゃありません。持っていようとなかろうと人は望んだり願ったりする生き物なんでしょう。……でも、その中にオレが含まれてはいけないと思う。それに叶わない夢を見続けるのは滑稽でしょう」


 ルイスは未来に夢を見ることも、過去を思い出にすることもできない。


「確かに、宗教だ革命だと時代遅れのことを叫んでいる穀潰し(アリスト)共には呆れるしかないな。叶わぬ夢を見続けるのはお前の言うように潔くないだろう。だがな、望まなければ何も手に入らないだろう」

「……それは……」

「夢を見られないというのも虚しいものだ」


 そう語った侯爵の顔は僅かに歪んでいた。

 十数年前、【ヴァレンタイン社】の菓子に毒物が混入され、同時期に侯爵令嬢――オーギュストの姉――が毒殺されるという事件があった。その時に先代の侯爵夫妻は自害したのだ。夢も希望も失った夫妻は自害という自己完結を選び、息子に全てを託した。

 家族を失い、若くして爵位を継いだ侯爵は会社を立て直し、養護施設への援助を精力的に行い、ルイスのような孤児も引き取った。清廉に生きる彼は出来た人間だ。

 恵まれた人間だと一蹴できないほどに多くのものを抱えながらも、普段それをおくびにも出さない侯爵は暫しの沈黙の後、感傷を断ち切るように短く息をついた。


「復讐をしたいにしろ、誰かを救いたいにしろ、それは望みだ。形はどうであれ、望んだ時点でお前は進めているのだと私は思うぞ」


 父親としてここにいる侯爵――オーギュストは、手袋を着けていない手を息子の頭に置いた。

 知らない内に俯いていたルイスは、はっと顔を上げる。オーギュストの目から哀れみの色は消えていた。

 反発をすれば虚勢を張る子供のようだし、受け入れるのも素直な子供のようで、ルイスは動けなくなる。


(……やっぱり、苦手だ)


 つくづく自分の周りの碧眼は厄介な人物ばかりだと思う。

 何を言われても引かず絆されず、徹底抗戦の心構えでいたルイスは諦めた。すると、途端に自己嫌悪を伴う敗北感がやってきてどっと疲れた。借りてきた猫のように大人しくなったルイスの頭から手を退けると、オーギュストは切り出した。


「子細はジルベールから聞いた。上層部に入れるよう許可を取ってやろう」

「何か条件でもあるんですか?」

「薬を飲み、明日まで休め。まだ熱が下がっていないだろう」


 今日一日休み、明日になってから動けということだった。てっきり謹慎を命じられると思っていたルイスは拍子抜けする。


「では、私はそろそろ行こう」


 オーギュストはそう言って椅子から立ち、部屋を出ようとする。

 その足がふと止まった。


「もし許してくれるのなら、また話をさせてくれ。お前の話をもっと聞きたい」


 青い双眸は変わらず静かだったが、言葉の端に僅かな遠慮が見え隠れしていた。

 だからこそ、ルイスは言葉を発した。


「オレも貴方と話がしたい。貴方のことを何も知らないから」

「では、お前の用事が終わったら外で会おう。ここは女たちが煩いからな」

「そうですね。ここは何かと騒がしいですから」

「そこは形だけでも否定しろ」

「……済み、ません」


 妻と娘がいては横槍が入れられそうだと肩を竦めたオーギュストは、ルイスの素直すぎる肯定に破顔した。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 上層部上部【レミュザ】は国の管理者たちの街だ。そこにクラインシュミットの邸宅はあった。

 立ち入り禁止の表札が掛けられた邸宅を通り過ぎルイスが向かったのは、下法や下界の問題を扱う政府の機関【アルカナ】の施設の一つ監獄(ヴァルハラ)だ。

 ヴァレンタイン侯爵家の家紋入りの短剣を提示すると、鉄の門はすぐに開かれた。

 門番から尋ね人のいる場所を示され、そこへ辿り着いたルイスは扉をノックした。


「どうぞ」


 応えたのは、何処か舌足らずな娘の声。ルイスは扉を開けた。

 アンティーク調の家具を設えた部屋は監獄に似つかわしくない優雅な雰囲気だが、部屋の中にあるには異様で、けれどその名に相応しいものがある。壁には鎖が埋め込まれていた。

 斧を使った程度では断ち切れないだろう太い鎖。辿っていくと足枷があり、そこには娘が繋がれている。


「アンジェリカ・グラッツィア・カールトン」


 カウチにゆったりと座り、動物の写真が載った雑誌を眺めている彼女の眦は優しげに下がっている。だが、視界にルイスの姿を捉えた瞬間、その眼差しは険しく挑戦的なものに変わった。

 アンジェリカは膝の上の雑誌を閉じると居住まいを正し、橙眼(じょうがん)をすっと細めた。


「何の用……と訊くまでもありませんわ。あの子供が倒れたのですね」


 全て解っているという様子で赤い唇をにんまりと曲げ、芝居掛かった口調で言う。


「消してあげても良いですわよ。わたくしの血を飲めばあんな傷はたちまち癒えます」

「条件は?」

「あの者の代わりにおまえが死ねば良いだけです」


 アンジェリカはカウチから立ち上がり、鎖を引き摺りながら歩く。

 じゃらりと重たい金属音が部屋に響く。

 足の拘束など意に介した風でもなく歩くアンジェリカは、テーブルの上にあったフルーツナイフを持つ。そして、ナイフの切っ先をルイスの眼前に突き付けた。


「ここで潔く自決して下さいな。おまえの息が止まった時、わたくしは(はらわた)を食らい、救いの血を流しましょう」

「そんなことか」

「できますか? 他者の命を救う為に己を投げ打つことが」


 アンジェリカはせせら笑うように赤い唇の端を吊り上げた。

 できないだろうと高を括り、高圧的な視線を向けてくる。

 差し出されたナイフを掴み取ったルイスは短く息をつく。


(血が解毒に使えるというなら方法は幾らでもあるか)


 彼女の条件を正直に聞く必要はない。

 外法とはいえアンジェリカは女性で、足枷を嵌められている。死なない程度に痛め付けて従わせることもできれば、こちらは得物を取り上げられてはいないので射殺することも可能だ。ただ、女子供に暴力を働く人間には嫌悪を覚える。そういった存在と自分が同じ次元に陥ることは避けたい。

 ルイスはナイフを持ったまま右腕の袖を捲った。


「な……っ」


 黒い袖の下から現れた肌には、醜いケロイドが幾つもある。傷で埋め尽くされた腕を見てアンジェリカは頬を引き攣らせた。

 他人がこの傷をどう思うかは知っていた。

 この忌々しい腕に傷を付けることなど何の躊躇いもない。ルイスは腕に宛がったナイフを一閃した。


「な……な、何やっているのです!?」


 生肉を引き裂いた音とほぼ同時に、大量の血液が床にぶちまけられる。


「そ、そ、そそんなところを傷付けたら失血死するですよ!!」


 心臓が鼓動する度に傷口までも脈打つような感覚があり、鼓動と共に血液が溢れ出る。湧き上がった血は床へ落ちて飛沫を飛ばす。

 神経が焼き切れそうな激しい痛みと出血に目眩がする。

 掌を握り締めることで痛みを堪えたルイスはアンジェリカを真っ直ぐと見た。


「悪いけど、今はまだ死ねないんだ」

「……ゃ……なん…………」

「その代わり、この腕を千切るでも、この目を抉るでも貴女の好きにしてくれて良い。オレは貴女に従う。今はそれで勘弁してくれないか」


 いずれ殺されても良い。

 しかし、目的を達するまで死ねはしない。ここで死ぬ訳にはいかない。


(自己犠牲だとしても、手段だ)


 こんな手段を用いたことを侯爵は怒るかもしれないが、今は方法が思い付かなかった。

 アンジェリカにとってルイスは敵だ。そんな相手からどのような説得を受けようと彼女は動かないだろう。ならば、代価を払うしかない。


「地に頭を着けようか。それとも爪先に口付けでも?」

「…………です……」

「ならば、このキャンバスに傷を刻むか?」


 かの貴婦人のようにナイフという筆で肌に絵を描くも良い。他人に優越感を与え、悦ばせる方法は他にもあるだろう。だがルイスは悪趣味を限りを尽くした方法しか知らない。それしか教えられなかった。

 腕から零れた血は床に水溜まりを作っていく。


「死を怖れる訳じゃない……ただ、今だけは……」

「もういいです黙りやがれです!!」


 言い掛けた言葉を遮ったアンジェリカはルイスの手からナイフを奪い取り、ドレスの裾を破ると紐を作る。そして傷口にハンカチを宛がい、その上に帯を巻き付けた。

 血はすぐに滲み出してくる。アンジェリカは圧迫でも出血が止まらない様子を見ると今度は上腕を強く縛った。


「……どうしてだ?」


 敵からこのような施しを受けるとは思わず、ルイスは訊ねる。アンジェリカは何も答えない。

 霞む視界の中で血で手を赤く染めたアンジェリカはただ震えていた。






 ぼうっと頭に蟠る熱が意識を侵す。

 どうやら意識が落ちて眠ってしまっていたようだ。

 光を避けるように視線を動かすと、カウチに横になっていることに気付いた。


(不様だ……)


 敵を脅す為に腕を切り、本当に倒れてしまっては意味がない。

 鈍く痛む腕を見やると傷口は手当てが施されていた。


「無茶をしたね」

「……先生……?」


 霞む目を動かして声の主がどのような表情をしているかを確かめようとすると、濡れたタオルが置かれた。

 視界が閉ざされると目眩も幾らか軽くなった。


「アンジェリカが話をしたいそうだ」


 席を外しているから、と言い残してファウストは部屋を出て行った。

 立ち去るファウストの足音を聞きながら、ルイスは額の上のタオルが作る暗闇の中で考える。

 アンジェリカは一体何を話したいというのだろう。仲間の仇だと詰られるのだろうか。

 熱に侵された頭でぐるぐると考えていると、カツンと冷たい足音が響いた。


「生きているですか?」

「……ああ」


 体温ですっかり生温くなったタオルを退け、カウチから起き上がった。その瞬間、一気に頭から血の気が引いて目の前が暗くなり、ルイスは床に膝を着いた。

 酷く暗い視界の中で、床はどういう訳なのか真っ赤だった。

 白いタイルに広がる血溜まりは十年前に見たあの光景と重なる。

 首を斬られて息絶えた父と、青いドレスを緋色に染めて泣いていた母。無惨に転がる使用人たち。

 噎せ返るような血脂の臭いと、目眩がするような赤。

 氷のように冷たい掌の感触。

 夢のように現実感のない、優しい声。

 大きくなったら恩返しをしたいと――幸せにしたいと思った家族は死んでしまった。それはルイスの夢が永遠に潰えた瞬間だった。ぞわ、と絶望が胸の中に広がった。


「どうしたのです?」


 声が出ないルイスの上にアンジェリカの声が投げ掛けられた。

 ヒールが床を踏む足音が、鎖が床を這う音がルイスに近付く。喪服のような漆黒のドレスの裾がすぐ傍で翻る。腕が伸ばされ、身体に絡み付いてくる。

 この自分を鎖で繋ぎ、刃物を振り翳してきた女を殺した。家族を救えず、女を救わなかった――三人の人間を見殺しにしたような自分が何を救えるというのか。


「大丈夫です?」

「――――――……!」


 肩を掴まれ、身体を揺さぶられる。ルイスはそこでやっと正気に返る。

 幻覚だ。だがそう理解しても、天井が回りそうなほどの目眩の所為で冷静な思考ができない。痙攣しそうな肺でどうにか呼吸をする。沈黙の中に自分の心臓の音だけが聞こえる。

 噴き出したトラウマに、頭と心が壊れそうなほどに悲鳴を上げていた。

 凍り付くルイスの前に座ったアンジェリカは今気付いたというように呟く。


「おまえ、魔除けの目をしているですね」

「……魔除け……?」

「アメシストの目は災いを引き受け、持ち主に永遠の幸福をもたらす魔除け人形のものです」

「そう、なんだ……」


 所有者に不幸を押し付けるの間違いではないかと思いもしたが、反論する気力はない。自制心を総動員して平静を繕っても心臓は騒いでいた。


「本気でやる奴がいるとは思わなかったです」


 アンジェリカは意地悪を本気にするとは思わなかったと青い顔をした。泣き叫んで懇願する姿が見たかったらしく、よもや本当に自身を傷付けるとは思っていなかったようだ。


「死んでいたかもしれないのですよ」

「ああ、そうみたいだね」


 この様子だと包帯の下の傷口は縫われている。輸血の量と気分の悪さからしても、アンジェリカの言う「死んでいたかもしれない」というのは間違いではないだろう。


「どうしてオレを助けた?」

「おまえが見逃せと言ったのです」

「それでも素直に聞く必要はないだろ。莫迦なのか?」

「な、な、何でおまえに莫迦にされなきゃならないです!?」

「……敵なら躊躇わずに討つべきだ」


 ルイスはアンジェリカに救われる理由を見付けられなかった。

 自分なら、敵を前にしたら問答無用で引き金を引く。命乞いをしようものならその口を塞ぎ、いっそ死を選びたくなるような苦痛を与えて殺す。二人の受けた屈辱と悲しみに釣り合うだけの苦しみを与えて敵を――そして、自分を殺す。

 敵に対しての恨みが軽くないルイスはアンジェリカが理解できなかった。


「おまえは確かに敵ですけど、恩人でもあるのです」


 理不尽な罵倒を受け止めたアンジェリカは俯いて言う。


「あいつ等はパパとママの敵です。……わたくしが殺したかった人たちを殺したからおまえが憎い。だけど、仕様がありません。おまえを八つ裂きにしたところで何も帰ってきません。それに、一瞬で終わらせるよりも生きて償ってもらった方がわたくしは気分が良いです」


 人殺しの罪を永遠に背負って苦しめば良い。

 アンジェリカは沈んでいた。けれど、確信めいた口調で静かにそう結論した。


「ファウストからおまえの話は聞きました。家族を殺されたそうですね」

「………………」

「そのおまえが、憎い敵と同じ理由でわたくしに恨まれるのです、それも一生。愉快だと思いません?」


 一言一句に圧縮するように込められた強い憎悪と哀しみ。

 身体と心が軋み、痛んだ。

 アンジェリカは何も言えないルイスの手を掴むと、その手を引き寄せ、自らの頬に当てた。慈悲のようであり、呪縛のようでもある。押し当てられた頬は熱かった。


「わたくしは贖罪をする為にここにいるのです。だから、おまえの頼みは聞くのです」


 その言葉と共に、ぽた、と涙が落ちる。

 瞳から溢れた雫が指先に触れ、伝って手の甲に染みてゆく。涙が触れる熱さと涙が過ぎた冷たさ。その後に残るのは、ただ焼け付くような痛みだけだ。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 朝から降り続いた雪は、空が藍色に染まる頃には止んでいた。

 やけに冷え冷えとした月光が射す中【クレベル】に戻ったルイスは、レヴェリーの口から出た言葉に果てしない疲れを感じた。


「クロエが引きこもって出てこねえんだよ!」

「出てこない? いつから?」

「一昨日、かな……」


 自分が去ってからの一週間、何があったのかを聞いたルイスは怒りを通り越して呆れた。

 この家の住人たちはつくづく人間性に問題があると、自分のことを棚に上げてうんざりする。

 数日程度、家を空けたくらいで何故こうも厄介なことになっているのだろう。大怪我をしたクロエを医者に診せる訳でもなく、口論している姿を見た時にヴィンセントとエルフェについては諦めたが、レヴェリーがここまで酷いとは思わなかった。


「それでキミは今までここで何もしないで狼狽えていたのか?」

「だ、だってさあ……クロエってたまに気難しいし……? 声掛けても、大丈夫だから放っておいてとか言うしさ……。オレもクロエも気まずくなるくらいなら、そっとしておくべきなんじゃねーかなと思って……」

「言い訳は聞きたくないな。大体、それは腫れ物扱いをするからだろ」

「腫れ物っつーか、実際可哀想じゃん」

「キミにはがっかりした」


 親身になるといってもそこには同情と愛情がある。

 哀れみで接せられるととても惨めな気持ちになることに、レヴェリーは気付いていない。


「なら、どうしろってんだよ?」

「甘やかすだけが優しさじゃないだろ」


 出でこないというなら無理矢理踏み込み、引き摺り出すくらいしなければ駄目だ。相手を思うなら時に厳しくすることも必要になる。

 ルイスもレヴェリーの言う、クロエの【気難しさ】を知らない訳ではない。

 あの夜、ルイスは必要以上に関わるのはクロエの心を歪めることになると思い、立ち去った。

 クロエがルイスの境界に極力触れないよう距離を置いているように、ルイスも触れてはいけないラインというものは把握して接している。

 境界線を越えれば、何かが壊れる。

 惨めで辛い思いをしない為なら一人で良い。クロエの想いは結局それに尽きるのだ。その想いは、何かを失うことで立ち行かなくなることを恐れて一人を望むルイスと似ている。

 分からないけれど、それだけは分かる。

 迷い子のようなあの様は人形である自分と同じだ。そう感じてしまったからこそ、ルイスはクロエを怖いと思った。

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