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林檎の木の下で  作者: 瑠樺
五章
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番外編 籠鳥は握り潰してこそ可憐 ~side Faust~ 【1】

本編より十年以上前の話になります。

 静謐(せいひつ)な空気が涙声によって掻き乱される。

 ごめんなさい、ごめんなさいと際限なく謝罪が繰り返される。


『私は、罪深いから……』


 繊細な飴細工を思わせる明るい金色の髪が細い肩を滑る。

 少女の頬に艶はなく、涙ばかりが伝っている。

 だが、ステンドグラス越しに斜めに射す光に映えたその幼い横顔は将来の美貌の片鱗を窺わせていた。


『どうされましたか?』

『罪を犯した私は死んでも天国の門を潜ることはできない……、あの子も……きっとそう……』


 慰めの言葉の一つも掛けられなかった。

 神は全ての人間を平等に愛している。そもそも人間は生まれながらに罪人だ。 人間に罪を悔い改める心があり、煉獄と呼ばれる苦しみを乗り越えれば等しく天国へ迎えられるのだと、そう教えてやれば良い。

 けれど、そんなものは気休めだ。傷付いた少女の涙を止めることはできないだろう。


『……貴方を…………のは、私だから…………』


 成す術もなく立ち尽くす司祭の前で、濃紺のドレスを纏った少女は慟哭(どうこく)の涙を流し続けた。



*☆*――*☆*――*☆*――*☆*――*☆*



 教会の【死神】(モルト)とは、諜報員であり異端審問員でもある。

 神に仕える教会の名が付けば清く正しい存在のように感じるかもしれないが、神の代行と称して異端を狩る殺し屋。政府の【外法狩り】(シュヴァリエ)と、中立の職業斡旋所の【賞金稼ぎ】(レギオン)と大して変わりない血に塗れた存在なのだ。

 その役目には侯爵家及びに伯爵家の二男が就く。

 俗世を離れて心穏やかに暮らすというのは建前で、言ってしまえば人質だった。


「ああ、可哀想なわたくしの愛し子(ファウスト)。あと数日早く生まれていれば貴方が家を継ぐことができたのに」


 レイヴンズクロフト侯爵家は代々男子が生まれ難い家系だった。

 四人の男子の上に八人の姉がいるというのは、それだけ男子が生まれなかったということだ。

 レイヴンズクロフト侯爵は正妻の他に二人の妾を持ち、子を産ませた。そんなこともあり十二人兄弟は銀髪碧眼でありながらも少しずつ髪や瞳の色が違う。


「あんな溝鼠みたいな女の息子が跡継ぎだなんて……。わたくしの子供の何がいけないというの?」


 生来から虚弱だった正妻が産んだのは上から八番目のメフィストと、十一番目のファウストだ。


「たった十三日の違いでどうしてこんな目に…………」


 殆ど同時に二人の妻が身籠ったので、長男で双子のミヒャエルとリュシフェル、次男のファウストとの歳の差は殆どない。

 一夫多妻が認められているドレヴェスでは、妾の子供も貴族として扱われる。男子を産みはしたものの、数日の差で自分の子供が家を継げないと知った侯爵夫人の嘆きはそれは哀れなものだった。

 それから時は止まることなく流れ、五年の月日が経った。

 貴族の次男が教会に預けられるのは五歳の誕生日を迎えるその日だ。


「今まで育ててくださってありがとうございました」

「ごめんなさい、ファウスト。母を許してね……」

「お身体には気をつけて。父様と姉様にもよろしくお伝えください」


 悲しむ侯爵夫人とは裏腹に、人質としての在り方を教育されてきたファウストの態度は落ち着いている。

 侯爵夫人との別れを済ませ、教会の使いの者が待つ応接間に向かうファウストに小さな影が飛び付いた。


「にいさま!」

「見送りにきてくれたのか、レイフェル?」

「行っちゃいやだ……!」


 人質は所詮人質。愛着など持ってはならない。そんな侯爵の言葉から、他の兄弟たちと離して育てられたファウストは家族に思い入れというものはなかったし、他の兄弟もいずれ家を出る弟を存在しない者として扱った。

 だが、ファウストが生まれてから一年をして誕生した末の弟レイフェルだけは違った。

 レイフェルは屋敷の離れに軟禁されるファウストの元に里の畑で摘んだ葡萄や花を持ってきては、一緒に遊ぶことをせがんだ。

 侯爵夫人は妾の子であるレイフェルと関わるのを良く思わなかったが、ファウストにとって自分を慕ってくれる異母弟は、同腹の姉以上に大切な存在だった。


「ありがとう、レイフェル。でも、これは私の運命なんだ」

「うんめい……?」

「私はしっかり務めを果たしてくるから、お前は兄様たちの助けになるんだよ」


 侯爵や兄姉の保身には興味がないが、この弟を守れるなら自分が人質になることも悪くないように感じた。

 人生の半分を奪われるだろう教会に行くこともそれなら納得ができる。

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