プロローグ
幼い頃は今よりもずっと世界は広かった。
あれが欲しい、今どんな気持ちで、こうして欲しい。貴方が好きで、貴方は嫌い。
思うがまま、感じるまま振る舞うことを許された――そんな自分を許すことができたあの日々。
けれど、人は大きくなると自由を失ってしまう。
成長する過程で思慮深くなって、周りのことを色々と気にしてしまうようになる。
嫌われるのが嫌だから言いたいことを誰にも言えない。変に思われたくない、皆から外れたくない、失望されたくない。皆に合わせて、前へ習えをするように振る舞って、雁字搦めになって動けなくなる。
狭い世界にどんどん閉じ込められていく。
『何、君って言いたいことも言えないの? つならない顔の通り、つまらない人生だね』
嘲るように誰かが言う。憐れみの込められた、けれど棘のある独特な声。
誰だろうか。いや、別に誰だって良い。普通ではないことに関わり合いたくはない。
(……別につまらなくたって良いの。普通なら、平凡ならそれで良い)
『ふうん、そう。君はつまらなく生きてつまらなく死んでいくんだ?』
そうやって莫迦にするが、つまらなくたって――平凡だって良いではないか。
その平凡こそが一番の幸せだ。当たり前のことが幸せなのだ。
何も知らない癖に決め付けるのは止めて欲しい。人の人生を不幸のように言わないで欲しい。
怒鳴ってやりたい気持ちになったが、胸の奥から奇妙な塊が込み上げてきて声を潰した。
『じゃあ、このまま死んでも構わないね』
それは胸の反り返った様子が想像できる、横暴な物言いだった。