土地なし住宅
家を買った。
あちこちから、色々言われたけど、ついに決断したのだ。
ある友人は、遅すぎるくらいだと言う。住宅は一生のものだし、他の物と違って値打ちが下がったりしないものだから、なるべく若いうちに手に入れておくべきだ、という論法である。
反対に、早すぎると言って非難する奴もいた。
家みたいな高価なものを、頭金もロクに貯めないうちに買ってしまうと、残りの一生をローンの支払いに費やすだけだという、もっともな言い分である。
家は、確かに毎年値上がりしてはいるが、それにしたってローンの利子よりは遅いから、もっと頭金を貯めてから買うべきだ、という。
その他にも色々言われたけど、結局はどちらも一理あるし、あとは各個人の考え方次第だと思う。
僕も、これまではずっと家なんか買うものか、住むところは短期契約の貸し住宅でいい、と思っていた。
税金もかからないし、どこかが壊れても、全額自分負担ということはまずない。
借り家なら、回りが気に入らなければいつでも出ていけるし、仕事場に近いところに移るのも自由だから、こんなにいいことはないのだ。
でも、ここ数年割合暮らしが安定してきて、持ち物が増えてきたりすると、やっぱり僕も物足りなくなってきたのだった。
借り家だと、基本的な部屋の模様替えも出来ない。
建て増しとか改築も出来ない。
何より、なんとなくだけれど安定感がない。
結局、家を購入する人って、やはり「自分の物」っていう安心感を得たくて、法外な値段にもつい決めてしまうのではないだろうか。
僕も、1年くらい悩んだ末、最後には決断したのだった。
だが、家を買う決心はしたものの、やはり普通の家は今の僕には高すぎた。
色々な不動産会社のパンフや案内を取り寄せてみたが、僕が無理なく払える金額の倍くらい用立てないと、僕の希望するような家は購入不可能と判っただけだった。
一軒家を諦めても、マンションだってそれほど安くない。
特に、数年前のあの大災害以来、集合住宅の安全基準がきびしくなって、ちょっとしたマンションでも管理費を入れると月々の支払いが一軒家のローンと同じくらいになってしまうらしい。
僕の夢は、挫折しかかった。
だが、天は僕を見捨てなかった。
法律が変わって、「土地なし住宅」が認められるようになったのだ。
僕に説明してくれた不動産会社の営業ウーマンによると、「土地なし住宅」と言っても普通の家となんら変わったところはないらしい。
それは、確かに家に土地はついていないけれど、別に土地に直に住むわけでもないし、大体最近の土地はなかなか転売しにくくなって、もう土地を財産と考える風潮は薄れてきているんですよ、と彼女は言った。
地所としての権利は保証されているし、むしろ土地がない分、売るときには有利になるかもしれない、と言う。
僕が、別に財産にしたいわけではなくて、とにかく安心できる「自分の家」が欲しいのだ、というと、まさにそういう人にぴったりの物件がありますよ、ということで、すぐさまつれていかれたのが今の家だったのだ。
一目見て、気に入ってしまった。
一軒家だし、部屋数も多くて、ガレージまでついている。
新築ではなかったが、あまり築年数はたっていないとのことで、内装も新型に近いものが使われている。
ちょっとステーションから遠かったが、どうせクルマを使うから関係がない。
そして、安かった。
土地付き住宅の、半分くらいだったのだ。
僕は、その時は一応迷うフリをしたけれど、もう心は決まっていた。
◇
こうして「家持ち」になった僕だったが、最近、また欲が出てきている。
家を買うのに、蓄えのほとんどと、それからローンまでしょいこんでしまったけれど、土地なしのおかげでローンは10年くらいで払い終える予定だ。
となると、やっぱり土地が欲しくなってしまう。
まったく、人間というのは、どこまでいっても所有欲から逃れられないらしい。
家自体は気に入っているので、あとは土地を買うだけだが、僕は前にも言ったように財産にしようとか、あるいは家庭菜園や池付きの庭を作ろうなんていう大それた野望は持ち合わせていない。
せいぜい、今の家が建つ程度の、こじんまりとした土地でいいのだ。
地所は今の家で確保してあるから、あとは適当な岩を引っ張ってきて、家と合体させればいいだけだ。
だけど、まったく、腐っても土地、財産にならないなどと言う奴は現実を知らないのだ。
高い。
このあたり一帯はアステロイドベルトで、家の土地になる程度の岩はそこら中に転がっているはずなのに、そういうのには全部持ち主がいて、勝手に自分の土地にしたらいけないらしい。
もともとはケレス(この、太陽系アステロイドベルト自治州の首都だ)のベッドタウンとして発達した地所だけに、地所を整備したときに細かい岩のたぐいを全部爆破してしまったことが、この辺りの土地不足につながっているらしい。
不動産屋(それとも、浮遊岩の販売だから「動産」なのだろうか)のパンフを見ると、僕の家に丁度合いそうな岩には、家と同じくらいの値段がついている。
なんのことはない、両方買ったら最初から土地付きの家を買うのと同じくらいになってしまうのだ。
ちょっと遠出すれば、実は家が建ちそうな手ごろな岩などいくらでも転がっているのだが、運ぶには運送業者の免許と専用のレッカー艇がいるし、うまく岩を操って地所にピタリと止めるにはプロの操船技術が必要だから、自分で拾ってくるというわけにもいかない。
やはり、現実は甘くないのだ。
でも、いつかは手に入れるつもりだ。
今の家は、気にいってはいるんだけど、やっぱり家の下にがっちりとした土地がないと、落ち着かない。
仕事を終えて帰ってくる途中で、住宅地の他の家が、それぞれの土地の上に建っているのを見るたびに、焦燥にかられてしまう今日この頃である。
家は買ったが土地はなし。
まあ、家自体は自分の持ち物だし、地所も僕の名前で登記してあるけれど、この状態ではやっぱり「一家の主」とは言えないんだなあ……。
(終わり)